王都観光①
だらだら食べ物の話をしています。
あと、世界観の説明を少しばかり。
「まず王都の王都たる象徴の、王宮から案内をしよう」
朝から紆余曲折というか、どたばたがあったけれども、なんとかぼくとモエは、アキに合流した。
ベースライン御一行は、当然のようにみんな阿に乗っていた。誰かと相乗りなんかはしていない。
ぼくら? ぼくらはもちろん恋人乗りだよ。
でも、モエはマリンに振り落とされまいと、自ら手綱を握っている。ぼくはその後ろに跨がっているという、なんともしまりのない格好だ。
こんなことなら、モエも大人しく阿を借りてくれば良かったのに。
「やっぱり、王宮ていうくらいだから、立派なのかな?」
「大昔ならそうだったかもしれんが。小学校で習っただろう? 王族が管理するのは行政の一部と国軍だけだ。建物自体はそう大きくもなければ、豪華絢爛なわけでもない。首相官邸の方がよほどご立派だ。ただ――」
「ただ?」
「隣の森は良いところだ。一般解放されている範囲は限られるが、夏には涼しく、冬は暖かだ。動植物も、そこらの山や森よりも豊かにある」
なるほどねえ。少しは話に聞いたことがあるけれど、やはりこの国の王様は、やや肩身が狭いらしい。
まあ前世の日本では、天皇陛下は象徴であって、実権は少しもなかった。日本一優秀な外交官だ、とは、中学校くらいに先生が言っていた気がする。
どちらかと言えば、イギリスとかフランスがイメージに近いのかな? 悔やむべくは、前の人生で詳しくその辺りを勉強しなかったことだ。
そして森の中に家があるというのも、どこか前世の記憶に引っ掛かる。王居には自然がセットなのだ。新宿御苑とかね。
「さて。ここが王宮だ――というか、王宮のある森の端だ」
近っ!
集合しておしゃべりをはじめてから、ほんの5分とかで着きましたよ?
集まった場所は、王都の中央集会場みたいなところだった。そこからこんなに近距離に、王宮はあるのか。
とはいえ、ここからだと王の居住いと思わしき建物は、木に隠れて見えないけど。
「随分深い森なのね」
モエはマリンに跨がったまま、どこか感心したように言う。
その言葉に対して、アキは、
「ああ。万が一の襲撃に備えるためだ。平坦な場所では、有事の際に防御できないからな」
なんて答えた。
森は自然の防御壁である。過去の歴史を振り返るなら、その昔には敵国がここまで攻め込んできたこともあるだろう。民衆の暴動なんてのもあったはずだ。
それらを防ぐために、わざわざ森の奥に居を構えているわけか。
マグマ=リン=ウィングルド殿下は、こんなところを這い出して、ぼくらに会いに来てたのかな?
「とはいえ、ここ数十年は、その万が一は訪れていない。王と首相たちの手腕と言って良いだろう――まあ実際は、ここを襲撃するくらいなら、先に首相官邸を占拠した方が効率がいい」
アキはそんな風に言った。それもそうか。言葉尻を捕まえると、首相官邸とやらには案内してくれないみたいだけれど、なんとなく意味は解る。
この国の行政を司っているのは、大部分が首相なのだから、こんなところを無理に押さえる必要はない。首相が倒れたときには、臨時政権を王族が担うとは小学校で習ったけど、急拵えで、王様が手腕を発揮できるはずもない。できるのなら、首相なんかを任命せず、自分で仕切った方が早いし経費削減できるよね。
「あと、ここに来たのなら、見逃せない屋台がある。氷屋だ」
うん? 先ほどから真面目な話をしつつ、アキが視線をきょろきょろとさせていたのは、なんとなく感じていたが。
どうやら彼女は、その氷屋という屋台を探していたらしい。
ぼくの村にはなかったから、一度もお目にかかったことはない。でも、概念は知っている。要するに、かき氷を売っているお店だ。
「あったあった。ここの氷蜜は、食べておいた方が良い」
程なくしてその屋台とやらを見つけたアキは、黒服護衛に指示することもなく、自分で駆け出していった。
その先にはけばけばしいまでの、赤とピンクで装飾された、屋台があった。
――前世の感覚だと、絶対に近寄りたくない色合いだ。なんていうか、スイーツでなくて、女の子とか売ってそうな、そんな色。
もちろん、若い頃の以前のぼくなら、興味本意で立ち寄ったかもしれないけどね。
「待たせた。ほら、全員分を買ってきた」
早っ!
アキが屋台に向かって、ぼくがほんの少し昔のことを思い出している間に、アキは戻ってきた。その腕には、本当に全員分の氷蜜を持っている。
その氷蜜とやらの見た目は、まんまかき氷だった。唯一前世の記憶と違うのは、イチゴとかブルーハワイとかの原色の絵の具をぶっかけたようなものではなくて、氷が自然な桃色をしてあるところだ。そこに、これでもかと練乳ぽい液体が掛かっている。
――見ただけで胸やけしそうなんだけど。え、これ。もしかして食べなきゃいけない雰囲気?
ちらりと前を向くと、モエの顔は盛大にひきつっていた。彼女は甘いものが苦手な節がある。見ただけで、それがどれだけ甘いか判断がついたのだろう。
ぼくも、二日酔いが未だ居座る頭に、これを食べるのは、少しばかり憚られるけれど――
「食べないのか?」
折角に当代ベースラインのアキが買ってきてくれたのだ。食べなければ、なるまい。
「い、いただきます」
ぼくとモエは、揃って震える指先を抑えながら、アキから氷蜜を受け取った。
――甘かった。考えが甘い? もちろんそれもある。なにより甘かったのは、その氷蜜だったけど。
大体にして、アイスクリームの類いは極めて甘いのだ。凍っている状態なら、甘さはさして感じないが、溶かして温めたりなんかしたら、絶対に食べられる代物じゃない。
目の前のそれは凍っていたから、食べられると踏んだんだけど。
なにこれ?
練乳ぽいのが掛かっているから、てっきりそれが甘いのかと思っていたら。氷自体も凄く甘い。まるでシロップと練乳をかき混ぜた後に凍らせて削り出したみたいな、そんな甘い氷だ。加えて掛かっている練乳ぽいのも甘い。
いや、甘いものは嫌いじゃないよ? この身体はまだまだお子様だから、辛いの苦いのよりは、甘い方が美味しく感じる。
にしたって、これは行きすぎだ。砂糖を直接舐めるよりも甘いんじゃないの?
「なんだ、二人とも。これは苦手か?」
ただ、そんなに甘いものを、アキはぺろりと平らげてしまった。黒服護衛三姉妹も同様。
――君ら、いまは良いかもだけど、将来絶対太るからね?
「いやいや。美味しく頂いてますよ? うん」
「あたしは――もうちょっと甘さを抑えた方が良いかも――」
貰い物に、それもアキの好物に、文句なんてつけられようもない。
けれど、やっぱり二日酔いにはきつい甘さだよねえ。
※
次にアキが案内をしてくれたのは、王宮からやや北に進んだ場所に位置する、中央商店街だった。
曰く、大学校に入ったならば、絶対にここを利用するであろう。また入学できなかったとしても、自分たちが育てた米や野菜が、どう売られているか、一度は見ておけ。とのことだった。
一理あるけどね。父や母が、丹精込めて作ったお米が、果たしてどんな値段で、どういう販売のされ方をしているか。気にはなるものだ。
――まあ、過去に何度か王都には来たことがあるから、当然知っているんだけどね。
「お米も主食のひとつではあるけどさ。あたしは、塩だけの堅焼パンが好きね。それをバター付けてさ」
モエはのんびりした風で言う。
ただ、ぼくらの周りはとんでもない人の波だ。時間は昼前。昼食や夕食を買い求める、世のお母様方でごった返している。
みんなして阿に乗っているんだけど、ぼくはひやひやだ。子どもも多いから、うっかり轢いたりしちゃわないか心配だよ。
「モエはサハラザードの出身だったか。このくらいの人混みは平気か?」
「ええ。ここは路が広くて良いわね。あたしの地元じゃあ、路幅はこの半分で、露天がここの倍は出てて、人は三倍くらいかな」
うへえ。想像しただけで人酔いしそうだね、それ。
わざわざそんな狭いところで買い物なんてしたくないな。田舎者のぼくとしては。
でも、モエの余裕そうな態度には、合点がいった。
「それよりも。どうなの、クリウス。あんたのところのお米はあるの?」
「わざわざ誰それさんの作品です、なんて銘を打つのは、美術品だけだよ。ぼくの家のお米は、そりゃ出来は村一番だと思うけれど」
前世では、たまにスーパーなんかで『田中さんちのお米』みたいに付加価値を演出して販売されていたのを見たことはある。
スーパーや問屋が、農家と直接取引をして、安く仕入れて高く販売する方法だよね。きっと。
まあ、大体にして、そんな高価なお米は買ったことがなかったなあ。いつも、秋田県産あきたこまちだった記憶がある。何故だかは判らない。
「あった。ぼくの家のものではないと思うけど、同じ産地のお米はこんな感じ」
言いながら、ぼくは目に入った店の、その前に堆く積まれた米袋を指差した。
『東の3地区産。20中量で1000統一貨幣!』
うん。ぼくの家のお米でないことを願いたい。
「ちょっと安すぎじゃないの? あんまりお米を買うことなんてないけど、小麦の半額くらいの相場じゃない」
ちなみに、中量とは物の重さを指すときに使う単位だ。実際に比べて量ったことはないから、大体の感覚だけど、1中量=600グラム。20中量だと12キログラムくらい。
で、1統一貨幣が0.9円とすると。12キログラムのお米が、なんと千円弱で買えるんですよ、奥さん!
「――まあ、これは流石にやりすぎ。たぶんお金に困った農家から、大量に現金で買い叩いたんだよ。こういうのをやられると、真っ当に商売しているぼくらのお米が、まともな値段で売れなくなるんだ」
こういうのがあるから、ぼくの家も主戦場は王都でない。東の商都である。そちらの方が高く買ってくれるからね。とはいえ、そっちは遠すぎて、仲買に任せて、実際に見に行ったことはない。
「農業というか、商売て大変なのね」
「うむ。どんな仕事にも、その仕事なりに大変な悩みはあるものだ」
アキ、ありがとう。
きみの言葉は、この世界の商売に携わる人間にとって、大変にありがたい言葉だよ。
「――お。モエ、クリウス。まだ腹に余裕はあるか?
あちらに、果実飴の美味い店がある――」
――うん。良い話が、即座に飴に取って変わられてしまったよ。
というか、君さ。もう解ってはいたけど。甘いもの好きすぎじゃない?
ぼくとモエとは、一瞬だけ二人して顔を見合わせて。同時に、溜め息を吐いた。
まだまだ観光は始まったばかりだった。
お付き合いいただきありがとうございます。




