表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/85

試験の夜に①

三人称視点です。


「今年は、不作(・・)を通り越して、凶作(・・)であるな」


 夜。

 大学校のある一室で、そんな落胆の声が聞かれた。

 それが誰のものであるか、ここでは言及するまい。特定の何者かを指定する前に、その場にいる誰もが、同じことを思ったに違いないのだ。


 そこは審議の場である。

 大学校を受験した人間が、果たして入学に足る人物なのか、教員たちが頭を合わせ、確認し、討論をして、決断する場だった。

 無論、採点作業はまだ続いている。

 3000人を超す受験生の採点が、学力試験の夜に全て出揃うわけもない。

 ただ、出揃ってから審議をしたのでは遅すぎる。合格の発表には間に合わない。

 なので、この日はある特定の(・・・)受験生のみを抽出し、審議をするのだ。

 特定の、というのは、特待生や奨学生の認定を希望する、一定程度以上の実力やのびしろ(・・・・)を持つ受験生を指す。

 この大学校では、特に定員数を決めてはいない。将来において役立つ可能性があるならば、受験生全員を合格にさせても構わない。別に全員の採点を待つ必要はない。

 だからこうして、6と7の日の休日を返上してまで、大学校を経営する国側と。実際に運営する学校側、加えて国の有識者が集い、審議をするのだ。


 その夜審議の場に列席したのは、まず国側にマグマ=リン=ウィングルド王子。数年前までは王自らが頭を合わせていたが、加齢により、王位継承権一位の彼を出席させている。彼自身もまた曰く付き(・・・・)で大学校に入学し卒業したのだから、その内情にはある程度詳しい。

 ただこのときばかりは、つい昼間に、クリウスらに見せた(おど)けた様子はない。王族たる威厳を持った、険しい表情で審議会に臨んでいる。

 さらには行政を司る人間のひとりとして、ギギルガーノ=フォレスト学務副大臣が。またパイク=フィールン外交副大臣が列席していた。

 彼らはこの世界のこの国の、省庁たる官舎の長官とまでいかないが、それなりに功績のある、また人を見る目の豊かな人物である。

 国側がそんな三人を審議の場に出すということに、大学校受験に賭ける姿勢が伺えよう。


 対する大学校側には、広い会議室の中央に座する、学長のシオーネ=ラル=ウィングルドがある。彼女は現国王の妹君だ。マグマ=リンにとっては叔母に当たる。

 齢43にしてなお壮健。王族であるからという理由以上に、後身の教育に余念ないことから、大学校の学長として、3年前より赴任している。

 また彼女の片腕たる副学長ロード=スウォン。理屈ぽく話が長く、頭が堅い72歳である。ただそういう短所も、教員として国に貢献してきた40余年の経験の前には、黙殺できる玉の(きず)だった。

 さらには各学術部門――戦術・武術・魔術・医術・可学(カガク)・農林水産・建築土木――の部長教員が加わっていた。


 加えて列席するものには、第三者機関として神聖七賢人(ホーリ・フオース)の姿が三つ見られた。

 その内のひとりは、トゥルジロー=リン=タカノだった。彼は自身が偉大な魔術師(エーテリスト)であると同時に、教育者でもある。現にこの大学校では、客員教官として席を置く。

 厳密に言うと、第三者機関の人間が大学校寄りというのは、忌避されるべきなのだが、その状況に異を唱える者はない。それはトゥルジロー本人の魔術師としての能力が高いこともあるが、後身の育成能力が抜きん出て優れているという点が大きい。その尊大な態度ゆえに反発もあるが、その懸念は全て、彼に教育された優秀な生徒らが払拭していた。

 タカノの他には、器械(エーテライト)研究の第一人者と称されるミュゼリオン=ロンボルク。

 また、気象や天候、自然災害を可学によって修めんとする、クラウゼ=バルバローザも同席していた。

 神聖七賢人は、その個人の性質上、ほとんどが表に立つことはない。己の研究や学問を生業にする面々が大部分であり、大学校とか、後身の教育などは歯牙にもかけない。無関心なのだ。

 この三人は、他と比べて些かであるが、他者との交流を得手としているために、この場にあった。


 審議会は、このような人間たちによって始められた。

 しかしながら、受験生の試験の資料を覗くその表情は険しく、厳しい。

 誰もが、今年も不作であると考えていた。

 

「――では、はじめましょう。まずは特待生の選定です。手渡された資料のなかに、相応しいものがあれば、番号を述べてください」


 この大学校の特待生という制度は、試験内容が極めて優秀であり、今後も成長が見込まれるが故に、学費の全額と生活費の一部を、大学校が負担するものである。

 まだ受験生全員の結果が揃ったわけでもないのに、いきなり特待生などという大それたものを決めるのか?

 そう憂慮するのは、定員の決められた機構制度を経験した人間ならば当然だろう。

 何点以下は不合格、こいつはあいつより劣っているから不合格、という相対評価に慣れ親しんだ者には、違和感のある話である。

 しかしながらこの大学校は、建前上は絶対評価制だ。何人合格で、何人を不合格としなければならないということはない。

 極端な話、全員が優秀であれば全員を合格にしても構わないし、全員が特待生であっても、規則上は問題ない。


「――これだけか」


 ただ、そうもいかないのが現実だ。

 この審議会に臨んでいる者のほとんどは、この大学校の出身である。自分も苦労して入学した。是非とも全員に合格という栄誉を与えたいところではある。が、点数が規定に満たないものは、ふるい落とされる運命だ。

 それもここ数年、受験者数は横這いで推移しているものの、合格者は減少を続けている。

 今年も例外でない。不作(・・)とされた去年でさえ、第一日目の審議の場には、50名近い受験生があった。

 それが今年は、たったの13名である。

 薄っぺらな受験生の資料を流し読んで、副学長ロードは嘆息する。顔には落胆の色が隠しきれなかった。


「採点の終わっている数は?」

「番号の若い順から、およそ300です」


 マグマ=リンの問いに可学部長が答える。その言葉は、合格率が約4パーセントという意味を持っていた。

 受験者数が3000余名だから、予想される合格者はおおよそ120名。3クラス分であろう。昨年の入学者は257名、半分以下だった。


「最近の試験は厳しすぎるのでは? 10年前の事件(・・)から規定を厳しくしたのは良いが、これでは――」

「ロンボルク卿、いまになってのその議論は詮なきことです。後の受験生たちが優秀であることを願いましょう」


 ロンボルクの言を、学長シオーネは静かに切って棄てた。試験の問題はかなり前から決まっていたし、合格となる基準点も定めてある。確かに、いまこの場になってそれを見直すというのは、乱暴な論理に違いない。


「特待生は、128番だ。異論はあるまい」


 先立ってトゥルジローが口火を切る。ロンボルクは慌てて視線を学長から外し、資料に落とした。

 128番とは、当代(アクタル)ベースラインである、アキのものだった。


「武術は剣という不得手(・・・)なものなれど、力の能力(ステイタス)で上回る相手に辛勝。魔術は過去50年間で比肩する者のない8万超。さらに学術試験ではほぼ満点だ。文句のつけようがない」


 トゥルジローの言葉に、異議の申し立てはない。

 形式上、受験生を番号で呼んではいるが、手元の資料には名前や出自がしっかりと記載されている。当代ベースラインとは全員が知れるのだから、文句のつけようがなかった。

 会議の場には沈黙の時間が流れる。それは暗黙の了解といえるものだった。


「他には?」


 学長の次を促す言葉に反応はない。

 一日目の審議では、これ以上の特待生の存在は期待できそうになかった。


「では、特待生はここまでに――次は奨学生の選定です」


 この大学校では、特待生と別に、奨学生という制度もあった。前者のそれが首脳陣による、ある意味押し付け(・・・・)に対し。後者は受験生の志願による。

 試験の成績の良し悪しによるが、もし奨学生の認定を受けたならば、学費の半分は一時的に大学校が負担する。勿論、後に色を付けての返済義務はあるのだが。

 これは特待生と違い、事前に申し込みが必要だった。具体的には、書類に奨学生希望の旨を記し、幾分か受験料に割増の金額を支払っておく必要がある。割増とはいえ、大した金額ではない。精々が封筒代だ。

 収入の多い商家や軍属の子は、申し込まないことが多い。入学後の待遇が他と変わらないのであれば、わざわざ利子を借りて学校に通わせることはない。どうせ学費くらいはすぐに払えるのだから。

 なので、将軍(ゼネラル)家のモエ=クルガンは、奨学生に申し込んでいない。もし申請していたなら、即座に了承を得ていた実力ながら、ごく普通の生徒であることを望んでいる。

 ――モエ=クルガンも、この審議の場で話題に上らなかったが、当然のように合格を手にしていた。


「3番はどうか?」


 それはそれとして。アキやモエの話題は一旦置いておこう。これより重要なのは、それではない。

 真に重大と言えるのは、果たしてクリウス=オルドカームが、合格たる点数を叩き出しているかどうかだ。


「――沈黙は、了承の証とします」


「96番は?」

「学力は申し分ないが、武術と魔術に難がある。合格点ではあるが、やや低い」

「255番はいかがでしょう」

「武術の出来が悪い。いまは奨学生に値しない」


 誰かが推挙し、誰かが客観的に判断する。

 そういう問答がいくらか続き、推されたほとんどの受験生が、奨学生たる資格なし、と断ぜられた。


「――他にはありませんか?」


 副学長が列席者に訪う。

 そもそもが、この場では13人しか候補がない。たとい全員を誰かが推挙したところで、大した時間は掛かるまい。

 ――ただここで。それまでだんまり(・・・・)を決め込んでいた、マグマ=リンが口を開いた。


「――129番は?」


 その番号は、クリウス=オルドカームのものだった。彼もまた、この場で議論に上がるくらいには、それなりに高い成績であるようだった。

 ただその番号を聴いた途端に、トゥルジローは険しい表情を見せる。

 彼にとり、その番号には覚えがある。魔術試験のおり、アキの直後に試験を受けた、あのなよなよ(・・・・)とした小柄な男の番号だった。

毎度のごとく、きりが悪いですがここで更新致しますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ