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反省会かもしくは飲み会か三日目②

食事風景が書きたくなりました。


「もうちょっと、酒精の弱いお酒はないのかなあ」

「なによクリウス! あたしの酒が飲めないっていうの!」


 やはりここの蒸溜酒(ブーテイ)は口に合わない。

 特に変な酔っぱらいと化したモエと同席だと、尚更だ。

 きみ、本当に15歳? こんなお酒、前世では15歳で飲めなかったよ?


 まあ、彼女のお酒を飲みたくなる気持ちは解らなくもない。

 ぼくにとっては今日は試験の失敗があった。前世では、こういう日はビールか、はたまた少量のウイスキーのオンザロックでも飲んで、すぐに眠りたいところだ。

 モエは試験の出来は判らないけど、リンとの交流があり、試験があり、なぜかぼくの結果を聴いて落涙までする始末だった。

 彼女の美徳のひとつには、感情豊かである性格があると思う。

 前世も今世も通じて、ここまで喜怒哀楽の起伏が激しいひとは、知人にはいなかった。

 人間、怒るにもエネルギーが要る。泣くにも悲しむにも、喜びだって、平静のときよりは、より多くの力が必要なんだ。

 モエは、その内に溜まったエネルギーを、酒で発散させようとしている。

 いまはいいけれど、彼女の将来は心配だなあ。


「あれ? こんなもの頼んでないよ?」


 ぼくとモエが悪いお酒で騒がしくなり、アキが淡々と甘いものを肴に酒を呑んでいると。

 ウェイターが、なにやら頼んだ記憶のないグラスを人数分運んできた。

 ほんの少しだけ乳白色の濁りがあるそれは、ぼくらの前に供される。


「店主からのサービスです」


 ウェイターは言った。

 彼は細身で、肌艶から見て年若い印象だ。こちらよりは当然歳上なんだろうけれど、物腰は落ち着いて柔らかく、何事にも動じない雰囲気をしている。


「ふむ。米酒(ボンテイ)か」


 アキはグラスを見るなり、そう言った。

 この世界、米のお酒も当然にしてあるらしい。よかった。

 

 考えてみれば当たり前、主食の素材を酒にしたり、身近な食材を酒にするのは、前世では古来からよくよく見られたことだ。

 日本人の主食は米。日本酒の原料も米。

 麦が主食ならビールやウイスキー。

 確か最古の酒といわれるのは蜂蜜だったかな?

 

「あまっちょろいお酒だけど、甘ちゃん(・・・・)のクリウスくんにはちょうどいいかしら?」

「え、なにそれ、モエ。ぼくはそんなんじゃ――」

「いいから飲みなさい。話はそれからよ」


 ウェイターが来たことで、やや冷静さを取り戻した様子のモエ。

 流石に見ず知らずの人間を前にして、チ〇コ発言することはないらしい。

 ――かなりの大声だったと思うから、この場のほとんどのひとは聴いていると思うけれど。


「あ、美味しい」


 少しだけ静かになったモエの様子を横目で見ながら、ぼくは供されたボンティをひと口飲む。

 まず初めに感じるのは、お米の自然な甘さ。鼻で息を吸い込むと、その甘さがより強く感じられる。

 それでいて後味はすっきりと。ややお米の薫りを残しつつ、呼吸と共に緩やかに消えていく。

 上等とは言えないにしろ、前世の日本で飲んだ、日本酒とほとんど同じだった。

 それはそれは、美味しく感じられる。

 お米だからね。前世と合わせて、現在も米農家で15年を生きていたんだ。延べ55年のお米に対する執着は、人並みにはあろう。

 そのお米のお酒なんだから、美味しいに決まっている。


「うん、美味い。ただ蒸しパン(ステイブ・バン)とはやや相性が悪いか。これはこれひとつで完成形だな」


 アキの論評は尤もだ。

 名物が甘い甘い蒸しパンなのに、甘さを感じるボンティは、確かに相性が悪いのかもしれない。


「確かに、素材の薫りは楽しめるわねえ。でも、あたしはもうちょっと辛口がいいかな」


 モエのようなざる(・・)には、やや酒精が足りず、蒸溜酒特有の苦味や辛みは薄い。物足りなさを感じている様子だ。

 しかし、この世界のこの身体にとっては、このくらいがちょうど良いらしい。

 自然な甘さは一日の疲労を癒し、適度な酒精が身体を温め、全身をリラックスさせてくれる。

 こういうのがあるなら、もっと早く注文しておけぱ良かったよ。


「こちらもどうぞ」

「これは? これも頼んでいないぞ?」

「店主からのサービスです」


 ボンティをちびりと飲みつつ、そのどこか懐かしさすら感じられる味わいを楽しんでいると。

 すぐにまた、ウェイターが戻ってきて、やはり注文していない皿をテーブルに載せた。


「うわ! 胆羹(カン・ジヨウ・ルー)じゃないの! あたし、好きなのよ」


 そこには、ぼくもこの世界で何度か食べたことのある料理があった。

 カン・ジョウ・ルーとは、なんとなく日本語に訳すると、胆の香草炒め煮。カンは胆、ジョウは野菜をたっぷり使って作った甘辛い味付けのことで、ルーは煮物という意味。早い話が、異世界版レバニラだ。ニラはないから、別の野菜を使うけど。

 米農家で、守銭奴の父を持つぼくには、肉料理は贅沢品だ。お祭りとか誕生日とか、特別なときにしか食べたことはない。

 ――考えてみれば、パーティーの料理がレバニラ、てどうなの? と首を傾げるけども。

 とにかく。そんな料理がサービスで提供された。何故だろう?

 もちろん、ぼくは嬉しい。サービスだろうがなかろうが、一介の農民であるぼくは、これまで盛場で1統一貨幣(ノート)も出していないからね。


「美味しい! 濃厚な胆の旨味が舌でぐんにゃりと解れて、その濃厚さに負けないくらい強いコクのソース。それにこれ、これよねやっぱり、ほくほくの大蒜(ガークー)!」


 モエ。あんまり美味しそうなコメントではないよね、それ。

 ただまあ、彼女の言わんとすることは解る。

 レバー独特のあの舌触りは、確かにモエのような表現で合っている。と思う。

 おそらくはじっくりと時間をかけて処理し、火にかけたのだろう。鶏のものらしいそれは、臭みは少なく、旨味は凝縮されている。

 それにソース。ぴりっとした辛さがあるこれは、前世でいうところのウスターソースに、唐辛子ぽい香辛料を加えて煮込んだものだろう。胆が濃厚なので、結構スパイシーに仕上げてあり、旨味を引き立てている。

 加えて大蒜。前世のものとはちょっと違うけど、やはり一般的な家庭料理には欠かせない。味は、ニンニクに(つん)とした辛さを足したような感じ。もちろん食べ過ぎた後は、強烈な口臭に悩まされることになる。

 それを油で揚げたものが、付け合わせだった。


 ――なんか、随分元気の出る料理だなあ。

 こんなのがあるのなら、昨日か一昨日に食べたかった。

 ぼくはちらりと、店主らしい、見事な(くちひげ)の男性を見やった。

 彼は店の奥に(しつら)えられたカウンターで、常連客らしいひとたちと話をしていて――。

 ぼくの視線に気付くと、()ッと親指を立てた。

 ――うん。その指の立て方は知っているぞ。人差し指と中指に、親指を挟んでいる、とてもお下劣(・・・)なやつだ。

 たぶん、この世界でも、前世と同じ意味を持つんだろう。

 その指、へし折ってやろうか!

 ぼくは店主は見なかったことにして、サービスの料理を堪能することにした。




「二人とも、明日の予定はあるのか?」


 それからしばらく。モエに罵声を浴びつつ、飲み食いをしていると、アキが訊いてきた。

 その質問は、あまり歓迎できないなあ。

 『明日、故郷に帰ります』なんて応えたら、狂暴な酔っ払いに絡まれそうだよ。


「あたしは、特にはないわ。家のある街まで丸一日掛かるしねえ。1の日には結果発表だから、帰りにくいし。王都観光でもしてるわ。

 ママのおっぱいが恋しいクリウスと一緒に」


 はあ? なにを勝手にひとの予定を決めてんのさ!

 別におっぱいが恋しくなった訳じゃないよ。

 落ちるのが判っていて、王都に留まり続けるのなんて、お金の無駄だしね。

 まあ、試験に手応えがあったら、モエと同じく、滅多に来られない王都の観光をしようとは考えていたけどさ。


「そうなのか、クリウス?」

「いやいや。ぼくは家に帰るよ――」

「なに言ってんのよ! どうせあんた、すっかり落ちる気でいて、このまま滞在するのは金の無駄遣いとか考えてるんでしょ!」


 きみは心が読めるのかい、モエ?

 そのものずばりを言い当てられると、返答に窮する。

 とはいえ、お金の無駄以外にも理由はある。

 ――やっぱり、父や母に会いたいし。我が家や村が、恋しくなったんだよ。


「その考えは感心しないな、クリウス。何度でも言うが、君はもう少し自信を持て」

「そうよそうよ! なにあんた、もしかしてキン〇マついてないんじゃないの、キ〇タマ!」


 モエのとんでも発言は無視するとして。

 どうしたって、ぼくには自信の持ちようがない。試験の結果はともかく、過程は変えようがない。


「――放っておいてよ。ぼくなんか、受かっているはずがないんだ。アキにも、モエにも、ミモザにもシェーラにもパティエラにも、みんなと並んで歩く資格なんて、ない」


 酒に酔っているからか。ぼくの瞳からは、謀らずもぽたり、と滴が落ちた。

 いかんいかん。精神年齢55歳だからか、涙もろいたらありはしない。


「――――」


 ぼくのそんな様子に、アキもモエも、一瞬押し黙った。

 彼女らは目と目でなにか合図をする。


「――やはり、家に帰すわけにはいかん。クリウス、君に王都の案内をしてやろう。ベースラインのエスコートだ、光栄に思えよ」

「だから、ぼくは――」

「うるさーい!」


 アキの強引な提案を、ぼくは固辞しようとし。その言葉を遮るように、モエが叫んだ。

 何故か知らないが。彼女もまた、ぼろぼろと落涙している。


「あたしたちが信じているのに、なんで、あんたはあんたを信じられないの!? 考えられない!

 その根性、あんたが嫌だって喚いても、このあたしが叩き直してやるわよ!

 いい、クリウス! あんたを男にしてあげるわ!」


 ――ああ。そうだ。昨日も一昨日もそうだった。

 彼女らの信頼を、ぼくは裏切っている。

 なんでぼくなんか、会って間もない一介の農民の子を、ここまで信頼してくれるのかは判然としない。

 でも、ここで現実(ふごうかく)から逃げて、なんになる?

 前世でだって、ぼくは現実逃避(じさつ)したんだ。

 後悔しないために、逃げてなんか、いられない。


 ぼくは涙を拭って、精一杯の力強い真摯な表情を作って言った。


「――ありがとう、ふたりとも。ふたりの言う通りだ。

 ぼくはここで、男になる――!」


 瞬間、周囲からどよめきがあった。

 なにごとか、ぼくらは周囲を見渡す。

 するといつの間にやら、大の大人たちがぼくらのテーブルを取り囲んでいた。

 そしてぼくがその様子に気付くと、口々に、

「よかったな、少年! 君は今日おとこになる(・・・・・・)んだ」

「こんな美少女と美女が相手だなんて――羨ましいぜ!」

 なんて声をかけてくる。


 うん? あなたたちなんの話をしているのかな?

 訝しんで、ふと視線を向けた先には。

 先程と同じく、酷く下品に親指を立てる、店主の姿があった。


 ――盛大に勘違いされてない? ぼくら、そんな関係じゃないよ?

 ああでも。考えてみれば、下ネタ連発の酔っ払った美女がいて。その女性が男にしてやる(・・・・・・)なんて口走ったのだ。

 そう(・・)聞こうと思えば、聞こえなくもない、かな?


「こらー! あんたたち、これは見せ物じゃないのよ!」


 前にも聞いたような雄叫びをモエが上げる。

 それにも構わず、群がった大人たちは、バンバンとぼくの肩を叩いては、祝福の言葉をくれた。


 うん。ここまできたら、なるようにしかならない。じたばたしてもしようがない。

 アキとモエと、こうして馬鹿話ができるのも、長くてあと数日。

 いまはこの一期一会を大切に。楽しまないといけないよね?


「こら、クリウス! なにひとりで納得した顔してんのよ!」


 モエに思いきり殴られた頭を擦りながら、ぼくはそんな風に思っていた。

 

 これにて第一章『大学校入試奮闘編』は終わり。

 次回『農地改革激闘編~辺境領主は頑固者~』です。

 またみてね!

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