表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/85

学力試験⑤

また少し短いですm(_ _)m


「それではー、そこまででーす。ペンを置いてー、用紙を裏返して下さいー。係が回収しまーす」


 終了の合図は、今まで忘れていた疲労がどっと沸き上がるような、気の抜けたものだった。

 ぼくはペンを置き、用紙を裏返す。

 最早為すすべなし。

 監督員が回収に来るまで、ほんの数分だろう。そんな時間で解けるような問題は残していない。

 終了の合図の後も、必死で解答を書き込むような悪足掻きはしないよ。


「どうだった、モエ」


 隣のとなりから、そんな声が聞かれた。ちらりと横を向く。

 ぼくにとって辛い三時間は、アキ=ベースライン様には日常となんら変わりがないものなのかもしれない。

 そう思えるくらいには、彼女の様子は冷静で飄々としていた。


「話には聞いていたけど、なにこれ。この問題量。最後まで辿り着くのがやっとだったわ」


 対するモエも、三時間前の怒りは流石に収まって、平然とした態度だ。彼女もどこか手応えがあったのか、取り乱す素振りはない。

 そうか。ダメだったのはぼくだけか。


「どうだった? 変態農民クリウスくん?」


 うわ、ここで話を振ってくるのか。

 彼女らにとってなんの障壁でもない239問も、ぼくにとっては到底乗り越えられない高い壁だったのだ。

 たとえ『変態農民』という紳士にとり最大限の侮辱を受けたとしても、彼女らが望むであろう返答をする気概は、既にない。


 監督員と思わしきひとが、台車を押しながら問題用紙を回収しに来た。

 ぼくは相変わらず無言で、その台車に自分の分を乗せる。


「えーと――どうだったの? クリウス?」


 モエは改めてぼくに回答を求めた。

 ぼくに対する蔑称が行き過ぎたと反省してか、にやにや笑いは(なり)を潜めて、真剣な表情で、でも口調は優しく問い掛けてくる。

 ――これはきっと、反省したとかではない。ぼくの様子に、試験の出来を心配しているのだ。


「――駄目だったよ」

「え?」

「駄目だった。半分とちょっとしか、自信がないんだ。これじゃあたぶん、学力試験は受からない。

 能力(ステイタス)には傷があり、武術は負け、魔法は見かけ倒しで、学力もなかった。

 ――モエの言う通り、明日からは変態農民として生きることにするよ」


 ぼくの言葉に、モエだけでなく、アキも目を(みひら)いて驚いている。

 その表情には、『あんな簡単な問題も解らなかったの?』という蔑みの感情があるように思えた。

 だからぼくは、一瞬だけ二人を見たあと、項垂れて、視線を下に逸らす。

 まだ解散の合図はない。

 早く席を立ち、宿に戻って、帰る荷支度をしたい。

 このままアキとモエの傍にいたままでは、余りに自分が惨めすぎる。


「――そんなのって、ないよ」

「え?」

「あんただって、それなりに頑張ったんでしょう?」

「もちろんさ。ぼくはぼくなりに、精一杯取り組んだんだ」


 なにを今更、そんな当然のことを訊くのか。

 ぼくは若干の苛立ちすら覚えて、モエの顔を見た。

 彼女はこちらと目が合うと、途端に美しい顔を歪める。

 そして綺麗な瞳から、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。


「それで、だめだったなんて、あんまり(・・・・)よ。

 折角、同年代の友だちが二人も出来ると思ったのに――。

 取り消しなさい、取り消しなさいよ、クリウス。『完璧だ』て、自信満々で言い直しなさい――!」


 モエが何をそんなに悲しむのか、あるいは憤るのか。ぼくには理解出来なかった。

 おそらくは『友だち』という単語が鍵なんだろうけれど、彼女の涙の理由を知るには、ぼくはあまりにも彼女を知らな過ぎた。

 まあ、性格としては、なんとなく、友だちが凄く多いか少ないかに別れるのかもしれないな。

 なんて考えていると、(がし)ッと両肩を掴まれて、激しく揺さぶられた。


「言い直してよ! あんたは絶対に大学校(ここ)に受かるの! アキと一緒に、ついでにミモザとシェーラとパティエラも、みんな一緒に、通うんだから!」


 ちょ、ちょっと待ってモエ。

 泣きながら顔を真っ赤にして、何を言っているのかよく判らない。少し落ち着いて、深呼吸して、頭を整理してから話し合おう。

 あと。極度の緊張から解放された脱力感のあるぼくに、急にそんな刺激を与えないで! きみ、力強いんだからさ。出る、出ちゃうよ? 具体的には朝とか昼に食べたものが。


「落ち着け、モエ。試験の出来栄えを評価するのは、私たちでもクリウスでもない、教官だ。クリウスがなんと言おうが、採点者には関係ない。自信がない問題も、正解しているかもしれんからな。

 ――ただクリウス。モエの言うことも一理ある。きみは己を過小評価し過ぎるきらい(・・・)がある。それは望ましくない。自分はこの程度、などと思えば、やはりその程度にしかなれない。

 もっと自信を持て、クリウス=オルドカーム。

 ここに受かるにしても受からないにしても、きみには自信を持つことが肝要だ」


 こちらの様子を見かねたアキが、モエを引き剥がす。

 それからよしよし、と、モエの頭を優しく撫で、なだめすかした。

 これでは、どちらが年上か判らない――間違った、身長差がかなりあるけど、二人は同じ歳だった。


「――分かったよ、アキ。モエ。次から(・・・)は、もっと自信を持てるようにする」


 ぼくが未だに揺れる脳を動かして、やっと出た言葉がそれ。

 今さら、一度下した自己評価を覆すなんて出来ない。

 だから『次から』と言った。その()を、彼女らが見ることはないのだろうけど。


「それではー、これで試験はー全て終わりですー。この後はー、軽く今後の説明をしてー、解散でーす。お疲れ様でしたー」


 ぼくら三人の会話の合間をぬうように、気の抜ける声が聞かれる。

 あの巨乳もこれで見納めとは、ほんの少しばかり悲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ