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お伽噺


 遠い遠い昔、世界は平和でした。

 大きな争いはなくなって、世界中のいろんな人々が手に手を取り、歌い合い、躍り回って、平和を楽しんでいました。


 遠い昔のそのときは、いまよりずっと可学(カガク)が発展していました。

 外へ出るときは、()のいらない自動車というものに乗り出掛けました。

 また鳥でもないのに、自由に空を飛んで、この世界のどこへでも、すぐに行くことができました。


 欲しいものはなんでも手に入ります。

 畑仕事や山仕事なんて、辛いものはありませんでした。

 遠い昔のそのときは、空気すら、人々の財産だったのです。

 

 魔術師(エーテリスト)も、いまよりずっとたくさんいました。

 彼らは可学の担い手でした。

 彼らは人々の幸福で平和な毎日のために、自分の大切な時間を費やして、働きました。

 彼らは世界の人々から、それはそれは尊敬されて、崇められていたので、自分たちの仕事に誇りを持っていました。

 彼らの新しい仕事の度に、人々は喜んで、彼らを激励しました。


 国はありました。

 でも、遠い昔のそのときは、争いなんてありませんでした。

 新しい国へ行くときも、護衛の兵士とか、たくさんのお金とか、人質とか、なんにも要りませんでした。

 必要なのは、あなたが何者であるかを知らしめる、紙ぺら(・・・)一枚です。

 それだけで人々は、どんなところへも自由に行くことができました。


 犯罪もありませんでした。

 悪いことをしなくても、なんでも手に入るのですから、当然です。

 手に入らないのは、ひとの心だけでしたが、直に、それも自由に手に入るようになったのでしょう。


 魔素(エーテル)が空気に満ち満ちて、人々は活力に溢れ、毎日の幸福と平和を謳歌していました。

 遠い昔のそのときに生きていた人々は、その時代に生きていることを神様に感謝して、毎日祈りを捧げていました。

 それはそれは、幸福な毎日でした。


 でも、遠い昔のそのときは、何十億人もの人々がいました。

 ほとんどの人々が平和で幸福でしたが、中には、大変に不幸せなひとたちもいました。

 彼らは可学の恩恵に与らず、人種も思想も、世界の人々と違っていたので、(いじ)められました。

 わけもなく殴られたり、酷い言葉を向けられたり、相手にされなかったり、まるで同じ人間ではないように扱われました。


 遠い昔のあるときに、ほんの少しの不幸せな人々は、平和な世界に刃向かいました。

 二人の魔法使い(ウイザード)もその中にいました。


 まず一人目の、炎の魔法使いは、上の世界に火を()けました。

 灯けた火は、すぐに大きな火の玉になりました。

 それはそれは大きくて狂暴な火の玉で、雲の遥か上まで真っ赤に染め上げて、高くて険しい山も平らにしてしまいました。

 あんまりにも大きくて、中心から700陸里(デイ・ベト)離れた場所まで、火の粉が降り注ぎました。

 火の中にいた、なんにも知らない平和な人々は、自分の身体が燃えているのに気付く暇もなく、あっという間に骨も残らない消し炭になってしまいました。

 この魔法使いが、激怒の魔王(フアイアマン)でした。


 もう一人の魔法使いは、逆に、下の世界をかちこち(・・・・)に凍らせてしまいました。

 そのときできた氷はとても硬く、とても冷たくて、海という海を全て凍らせました。

 見渡す限り、遥か300海里(ル・ベト)先の海まで、凍ってしまいました。

 あんまりにも冷たいものだから、空の上の雲まで凍って、地面に落ちてくるほどでした。

 氷の中にいた、なんにも知らない幸福な人々は、自分の身体が凍っていくのも気付かず、あっという間に砕け散ってしまいました。

 この魔法使いが、冷徹の魔王(アイス・ウオリア)でした。


 二人の魔法使いは、あっという間に世界を滅ぼしました。

 これが大災害(ブラックエンド)でした。


 でも、この二人に立ち向かうものがありました。

 豊穣の女神(カーム・ヴイナス)ルゥと、叡智の剣士(エリクス・ウオリア)のバッズです。

 ルゥは上の世界の魔王と。バッズは下の世界の魔王と。それぞれ戦いました。


 ルゥはよく戦いましたが、元々は自然の恵みを与える存在です。

 戦いを戦うべく生まれた魔王には歯が立ちませんでした。

 ルゥは最後の力を振り絞って、魔王の額に傷を付けました。

 上の世界の魔王は、その傷が原因で、それ以降に戦うことはできなくなりました。


 バッズは下の世界の魔王と、ほとんど互角に戦いました。

 二人の戦いは激しく苛烈を極め、周りを気にする余裕もありませんでした。

 バッズは勝ちましたが、彼の周りには、瓦礫だけが残っていました。


 こうして大災害は、可学の栄えた文明をほとんど滅ぼして終わったのです。

 残された僅かな人間たちは、それから千年を掛けて、また新しい世界を創りあげました。

 そのうちのひとつが、いまわたしたちが生活している、(アカ)の国なのです。




 小休止をして、身体を芝生に投げ出しているうちに、ぼくは幼い頃から聴いていた、お伽噺の夢を見ていた。


 このお噺の教訓はふたつ。

 ひとつは、他人を虐めると、自分に(かえ)ってくる。

 だから、思想や人種が違っても、みんなで仲良くしなきゃいけないよ。ということ。

 もうひとつは。魔法使いには、絶対に関わるな、ということだった。


 前世の記憶を持つぼくとしては、たぶんこのお話の真実は、巨大隕石の衝突かなんかじゃないかと思った。

 北半球に衝突した隕石は、大爆発を起こして、文明を焼き払った。

 舞い上がった塵や土砂が地表を覆い、直撃を免れた南半球には氷河期が訪れた。

 そう考えるのが自然だろう。



 ――でもなんでか知らないけど。

 このお噺を思い出す度に、脳裏にある光景が浮かぶんだ。


 大きな山の火口の上で、くすくすと嗤う白髪の少女の姿と。

 氷河の下で、真っ黒な瞳をギラつかせる青い髪の青年の姿が。


 それがなにを意味しているのかは判らない。

 でもぼくは、その光景を思い浮かべるとき、ぶるりと寒気を感じたものだった。

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