学力試験③
少しきりが悪いかもですが、長くなりそうなので一度投稿致しますm(_ _)m
愚かであった。
誰が愚かだったのか? ぼく、クリウス=オルドカーム。
どう愚かだったのか? 信じてもいない神様にお願いごとをしてしまったのだ。
配布された問題用紙は、厚さ半指寸ほど。
1指寸が大体前世でいうところの5センチメートルだから、その厚さは2~3センチメートルになる。
図鑑か辞典みたいなボリュームだ。
まあ製本技術が発達していなくて、たぶん手作業だから、厚みが出てしまうのも判る。
それにしたって、頁数多くない?
配布されたのは一冊の問題用紙のみ。他に配布される気配はない。
まだ受験生全員分を配り終えたわけではなさそうで、開始の合図もない。
嫌な予感しかしない。
前世ではぼくは、まず問題用紙か解答用紙を広げてみて、全部で何問あるか確認していた。
大抵にして、何問くらいあるのか判るものだったから。
で、おおよその問題数を制限時間で割り算すると、1問当たりに割り振る時間の目安がつく。大体一問を5分で解ければ余裕があるなー、とか、時間配分の検討を付けるのだ。
今回は制限時間は三時間。仮にモエの言っていた数の200問あったとして、ひとつに割り振られる時間は1分に満たない。
本当に小学校で習ったことを丸暗記して臨まないと、全部を解答するなんて不可能な分量だ。
そして今回も、見る限りはかなりの問題数だろう。
ちらりと横目で、モエを見る。まだ試験開始の合図はないから、不正とは思われまい。
モエは分厚い問題用紙を見ても、顔色を変えていない。
まだ怒りが収まらないのか、顔を赤くし、凝っと問題用紙を見つめていた。
今度はその隣に座るアキを見る。
彼女は目を閉じて、正とした姿勢のまま、正面を向いていた。
なんかこう、試験官の挨拶から一言も発していなくて、本当に寝てしまったのではないかと思うくらい、静かに座っている。
「まだー、用紙が届いていない方はー、いませんかー?」
女性試験官の声が聞かれる。
それに対する言葉はない。沈黙は、全員に問題用紙が配布されたことを証明するものだった。
いよいよ、最後の試験か始まるのだ。
「ではー、これ以降の横見、余所見は禁止ですー。用紙が破れたーとか、ペンのインクがなくなったーとか、ありましたらー、静かに手を挙げてくださーい。
終了のときはー、こちらから合図しまーす」
言うが早いか、試験官は大教室の正面に掛けられた時計を外してしまった。
え、まじ? もしかしてこの試験、タイムリミットが判らない状態でやるの?
この世界に腕時計なんてものはない。
いや、あるにはあるが、とても高価で、庶民の手に入る代物ではなかった。
アキもモエも、付けてはいない。
その代わりに、街では一時間毎に時報を告げる鐘を鳴らす。
ぼくのいた村でも、小さかったけれど、時報の鐘はあった。
――よく当番のひとが居眠りしていて、あまり時間通りに鐘が鳴らなかったけど。
この2日間を通して分かっていることだが、学園都市でも時報はある。
しかもかなり正確だ。
試験開始がおよそ12:15だったから、終了は15:15。
3回目の鐘の音があったら、間もなく試験終了の時間ということだ。
「それではー、はじめー」
試験官の、相変わらず緊張感のない開始の合図と共に、受験生は一斉に裏返された問題用紙を広げる。
これより、学力試験が始まった。
で。
冒頭のぼくの述懐に至る。
簡単な問題を、と切に願っていた、それは叶えられた。
村の教師が言っていた通り、ほとんどの問題は、少し見た限りでは難しくはなさそうだ。
ただやはり問題は、その出題数。問題用紙の厚さからして、かなりの量だとは思っていたけれど、やはり半端ない。
絶対に200問はあるだろう。しかも可学、数学、歴史の問題がてんでバラバラに出されている。
数学の問題があったかと思えば、次に歴史。さらに次は可学、とか、項目毎に分けられていない。
加えて、総問題数が判らない。
大抵さ、前世では問題用紙に『問10』とかあったじゃない? だから、それを見ていけば、全部の問題数の見当がつく。
ただ、どこを見たってそんなものは見つからなかった。
最後の頁にも、途中の頁にも、問題の頭に『問.』とあるだけだ。
一つ一つを数えていけば、必然と分かるのだろうけれど。
そんな時間はない。数えるだけで数分を要する作業だ。
ここはあたりを付けて、モエの言った200問だと考えておこう。
パッと見は簡単そうな問題ばかりだ。一問につき30秒を割り当てられれば、時間も余ろう。
――時計がないから、見積もったペースが早いのか遅いのか、判らないんだけどね。
それはともかく。ぼくにとっては一秒たりとも無駄にはできない。
早速、記念すべき第一問に、ペンを走らせる――。
はずだったのだが。
いきなり、問題を見た瞬間に、ぼくの手は止まった。
『問.【数学】九九九の52の段を、計算式も含めて全て記せ』
はあ?
ぼくは思わず首を捻ったあとで、頭を抱えた。
九九九は、前世でいうところの九九の延長線にある。
九九は9×9までだったけれど、九九九は99×99まで。その段ということは、52×1~52×99までを全て書かなければならない、ということだ。
いやね、答えはすぐに解るんだ。小学校を真面目に通って、真面目に授業を受けていれば、必然と全部暗記するまで覚え込まされるから。
ただそれを全て書け、なんて、大学校の試験とは考えがたい。
あまりにも簡単すぎるし――何より書ききるのに時間が掛かる。
ひとつ書くのに一秒使ったとして、全部に2分近く時間を取られるのだ。
問題用紙をぺらりと捲ると、白紙が数枚続く。5枚目でようやく次の問題だった。
確かに、このくらいの頁数があれば、はみ出さずに書き込めるんだろうけどさ。
取り敢えずパス! 次に行こう。時間さえかければ簡単だからね、もし出来なくとも、採点は低いだろう。たぶん。
そうして、ぼくの満点を取って名誉挽回と汚名返上の計画は、脆くも崩れ去った。
こんな問題もあった。
『問.【歴史】大災害後の人類と可学との関係について、器械の発達を踏まえて【400字以上】で説明せよ』
いきなり難しいものが来たなー。いや、解るんだけれど、いざ言葉で書いて説明するとなると、結構な苦労を要する。しかもご丁寧に文字数まで指定してきた。時間ばかりかかるなあ。
問題の内容からして、採点は高そうだけど――パス! 次だ次。
『問.【可学】魔力85の魔術師が環境値120の土地で火の魔術を使用するときに発生する熱量を計算せよ。なお、抵抗値は-35とする。また、途中の計算式も記せ』
いきなり簡単な問題になったりするんだよなー。本当に出題範囲は、小学校の年少から年長までに学習するものを網羅しているようだ。
大体だけど、簡単ですぐ解ける問題7割、簡単だけど書くのに時間が掛かる問題が2割、滅茶苦茶難しくて解くにも書くにも時間の掛かる問題が1割という印象。
ぼくはまず、とにかく最後まで先に解答していくことにした。
問のところに通し番号を付けていき、残りの時間をおおよそ計算する。
まだまだまた13時を告げる鐘は鳴らない。
焦る必要はない。とにかく、得点は低くかったとしても、簡単に解ける問題からどんどん先に片付けていくのだ。
ぼくは頭を思わず掻きむしりながら、どんどんと頁を繰っていく。
そして取り敢えず最後の問題まで一通り目を通したとき。
頁数183、総問題数239なんて、呆れるほどのボリュームが明らかとなった。
これ、満点を取るのなんて、不可能なんじゃない?