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学力試験②


「どんな問題が出るのかな?」

「クリウス、どんな問題が出るかより、どれだけ(・・・・)問題が出るかが重要だ」


 あれからしばらく。

 学園都市ウィズダムに着いたあと、リンとは別れた。

 流石に学力試験にまで同行して、茶々を入れることはしないらしい。

 そうしたら、先ほどまで顔色の悪かったモエも、段々と元の様子に戻っていった。

 そりゃ、これ以上の不興を買うわけにはいかないから、黙って喋らず、緊張しながら応対するしかない。

 ようやく解放された、という気分なのだろう。

 ぼくとアキは普通だった。

 ぼくは一介の農民ですし? 流石に王太子殿下も、そんな下っ端から搾取をするような器量の小さいひとではあるまい。

 友人として接しろ、という勅命があったしね。従わないといけない。

 前世でも、まだイケメンだったころ、夜の仕事をしていたときに、遊び好きそうな大物女優がお忍びで遊びに来ていたことがある。今回もそれと同じ。顧客と従業員なんて関係ではないけど、友人となった以上、彼の秘密は明かさないし、言われた通りに接する。

 でも、例えが夜の仕事とか、ぼくの経験の偏りが見えてやだなあ。

 アキはこういうことも慣れているのか? いや、そもそも既に面識があったようだし、どういう人格なのか知っていたのか。

 特に王太子殿下、と気にする風ではなかった。いや、最低限の礼は持っていたと思うけど。


 で。

 間もなく大事なに到着というところで、ぼくがアキに質問したわけ。

 それで返ってきた答えが前述の通り。

 小学校の教師に言われたように、やはり問題数が多いらしい。


「あたしも聞いたけど、やっぱり問題が多いのかしら」

「うむ。何人か知り合いに大学校を受けた人間がいてな、彼らから聞いた話では、毎年多いらしい。

 問題も制限時間も毎年変わるらしく、今年はどうなるか判然としないが。どの年も、総じて同じ傾向のようだ」

「あたしの家庭教師だったひとが受けた年は、制限時間三時間で、問題200問だったって」


 うへえ。予想はしていたけど、凄まじいな。

 モエの言う通りだとしたら、一問につき割り当てられる時間は一分もない。

 あんまりにも難しい問題は出ないと思うけど、書くだけで大変だ。


「採点や合格水準は毎年非公開だしな。果たしてどの程度の正答率なら合格なのか判断がつかない、と、誰もが口を揃えて言う」

「じゃあ、問題自体は難しくないのかな?」

「そりゃそうでしょ。あたしは『小学校で習うことを丸暗記していたら、迷うことなくすぐに解ける』て言われたわ」


 うん。丸暗記ね。それができれば確かに、苦労しないんじゃない?

 まあ、ぼくはしたけど。

 この生まれ変わった身体、優秀だからね。

 子どもの成長が早いからとか、前世の記憶て言うアドバンテージを抜きにしても、覚えるのが早かった。

 暗記は得意なんだよ、前から。


「武術試験も魔術試験も、今回も全て同じだ。いままでの努力が試される。君たちは、これまで他人に誇れるくらいの努力をしたのだろう?」

「もちろん!」

「ま、まあ。それなりには」

「ならこれ以上案ずることはない。いま余計な心配をしたなら、それは後悔だ。後悔は、試験の合否が出てからすればいい。いまは、胸を張れ。私のように」


 アキの言う通りではある。

 後悔なんて、いまするべきじゃない。そんなの、前世のぼくみたいに、試験の後でも、死ぬ間際でも、いつだってできる。

 そうじゃない。現にすべきは、己を信じ、まだ見ぬ試験に立ち向かうしかないのだ。

 アキはぼくら二人よりも、きっと努力をしてきた自信がある。だからこれだけ胸を張って、ぼくらを諭すこともできるのだ。

 ――張るには、ちょっとばかり凹凸が足りない気がするけれど。


「はーい、アキせんせーい。クリウスが(よこしま)な目で先生を見てまーす」

「死刑」

「うわっ、いや、そんなんじゃなくて、ていうか死刑て酷い!」


 そんなこんなで、間もなく大学校に到着する。

 今日は週の5の日。6、7が休みで、週を明けた1の日が合格発表だ。

 

 ――アキはああ言っていたけど、やはりぼくの頭には心配と不安が尽きなかった。

 なにせ、前世では後悔の多い人生だったから。

 この身体はどうあれ、ぼくの頭は、後悔と反省で、常に満たされているのだ。



  ※



「それではー、これより試験の開始ですー。

 試験時間は三時間でーす」


 試験開始の時間となり、また今回もぼくらは同じ教室に案内された。

 100人は座れる大教室。

 長机ではなく、一人一人に座席が(しつら)えてある。

 勿論、席は全て埋まっている。隙間なんてひとつもない。

 受験番号が近いぼくらは、やっぱり同じ教室で、横並びに三人座っていた。

 やや後ろの遠い席には、黒服護衛三姉妹がひとり、ミモザさんもいる。

 ――体格が良いし黒服だから、すぐに分かるなあ。


 で。

 いまは試験開始前の、ありがたい試験官様のお言葉を頂戴するところだ。

 問題用紙などはまだ配布されていない。


「まず重要なことはー、説明するまでもないと思いますがー、不正行為はいけませーん」


 そしてこの試験官様。

 女性なのだけど、とにかく凄い。

 なにが凄いって、話し方がいちいちおっとりのんびりしていて、試験前という緊張感がなければ即寝落ちしそうな子守唄のような口調というのもある。

 だけど、それより目につくのは身体(ボデイ)。この世界に現れた女神(ヴイナス)である。現人神であらせられる。

 巨乳。神乳。言い方は人それぞれだと思う。ただ彼女のそこ(・・)は、筆舌に尽くしがたい神々しさだ。

 それでいてきちんと腰回りはくびれ(・・・)ていて、脚もすらりと長い。

 筋肉だるまかまな板とかとは全く違う、この世界で始めて見るタイプである。

 ぼくが転生者でなくて、この世界で生まれ、未だ童貞であったなら。絶対にガン見しているね。

 他の男子受験生も、何人かは目を見開き、視線を一点に集中させている。

 ただ残念、ぼくは青臭い童貞なんかではない。前世では優に2ダースは女性を買い、買われ、遊んだ男なのだ。君たちとは、違う。


「あたっ」


 と思っていたら、横から何かが飛んできて、ぼくの頭を小突いた。

 見ると、小さくちぎった消ゴムのようだった。

 ちらりと飛んできた、ぼくの横に座るモエを見てみると。


(じろじろ見てんじゃないわよ!)


 なんかいまにも噛み付いて来そうな形相で、小声で文句を垂れるモエの姿があった。

 あれ、そんなに見てないと思うけどなあ。


「不正行為が発覚した時点でー、その受験生は大幅なー、減点となりますー。即失格ではありませんがー、事実上のー不合格と思ってくださいー」


 それにしても、緊張感の失せる声色だ。

 表情は真剣そのものなのに、声だけがお(ふざ)けを疑うもの。

 いろんな教師や試験官がいるのは分かるけれども、このひとが担任とかだったら、毎日よく眠れそうだよ。


「あとー、よくあるのがー、名前の書き忘れですー。こちらも気を付けて下さいー。これは失格となりますー」


 ただ、いくら眠気を誘う声だからといって、ここで緊張感を失うわけにはいかない。

 ぼくにとって最後の汚名返上、名誉挽回の機会なのだ。絶対に、失敗するわけにはいかない。

 ぼくは表情に気概を込めて、()ッと目を(みひら)いて、前を向く。具体的には試験官の方向だ。


「あたたっ」


 すると、先ほどよりも強い衝撃が、ぼくの頭を直撃した。

 隣を見ると、


(クリウス! ちょっとは緊張してなさい!)


 なんて、相変わらず憤った顔のモエがあった。

 やだなあ、こんなに緊張感を持って臨もうとしているのに。

 なにをそんなに憤っているのか、理解できないよ。

 これだから貧乳は。


(あとでコロス!)


 ぼくが冷静な視線を、主に彼女の胸元に向けると、そんな言葉が聞かれた。

 モエは顔を真っ赤にさせて、ぷいっと前を向いてしまった。

 なに、モエ。君は思考が読める能力者かなにか?


「それとー、最後にー。

 皆さんも聞いているとはー、思いますがー、今回も問題は多いでーす。これはー、将来を担うー、優秀な人材を集めるためでーす。皆さんがー、どう考えてー、どう合格という目的を果たすのかー、それが問われまーす」


 最後の最後まで、試験官は間延びした緊張感のない声だった。

 どこかで聞いたことがあるような内容も、こう言い方が違うだけで、初めて聞いたように聴こえる。

 挨拶が終わると、20人ほどの試験官? と思わしき男女が大部屋に入ってきた。

 それぞれ台車に、試験の問題用紙みたいなものを載せている。

 きっと大学校の生徒だろう。

 問題用紙を配布したあとは、そのまま不正がないように見守る監督員になるのかな。

 ――流石にダウーさんもターヤさんも、リンも姿はなかった。


 ぼくはひとつ、ごくりと唾を飲む。

 緊迫しているのかいないのか、微妙な空気に、己を引き締める。

 泣いても笑ってもこれが最後の試験。

 いままでは全然信じていなかったけれど。

 この世界を大災害(ブラツクエンド)から救われました豊穣の女神(カーム・ヴイナス)様!

 貴女を信じます。

 信じますから、どうか、ぼくに力をお与え下さい!


 やがて問題用紙が配布され、試験開始の合図の声が聞かれる。

 ぼくは恐る恐る、裏返しになった分厚い紙の束(・・・・・・)を手に取るのであった。

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