魔術試験⑦
あれれー?
ぼくは自分の耳を疑った。
いや、結構ね、自信はあったんですよ?
そりゃあアキやモエほどではないにしろ、塵芥呼ばわりをされないくらいには。
でも、結果は先ほどの通り。
トゥルジロー様は驚きとか呆れとか、そんなものをどこか超越してしまったかのような無表情で、無慈悲に結果を知らしめた。
ぼくには、結果通知の紙ぺらが手渡される。
『計測値 5』とだけ記された紙ぺらだ。
当然のように、どれだけじっくりと観察しても、『億』だの『兆』だのといった馬鹿げた文字はない。
正真正銘、お前は塵芥である、と通知する紙ぺらだった。
「な、な、なにかの間違いじゃ――」
何事か言葉を発しようとしたわけではない、と思う。
けれどぼくの口からは、ほとんど自然に、無意識にそんな言葉が出てしまった。
それを聴いてしまったトゥルジロー様は、烈火の如く怒り出した。
「小僧! 先史文明が遺した、国宝級の器械にけちを付けるか!」
「い、いえ。そんなつもりでは――」
「そもそもにして、最初に規定の説明をしたはずだ! 『この器械を使い』『一度きり』であると! 試験の前ならいざ知らず、終わったあとに難癖を付けるとは! 恥を知れい!」
どうやらこの試験官様には、後になって結果が出てからのぼくの一言に、大層腹を立てたようだ。
確かに前世でだって、大学受験や国家試験のような大事な試験で名前を書き忘れたとか、解答欄がひとつずつずれてしまい大幅減点だったとか、よく聞く間抜けな話だ。
それらはどんなに文句を言ったって、嘆願したって、やり直しは出来ない。一回勝負でどじを踏む人間が悪いのだ。
だから、全面的にぼくが悪い。
トゥルジロー様も、あまりにも酷な結果に泣き言やけちを付け、醜態を晒すようなぼくには、こうして激しい叱責をするのだろう。
頭では解っている。解っているけれど、前世と足しても55年しか生きていないぼくには、納得できる結果でなかった。
「ちょっと、おかしいじゃないのよ!」
「うむ。端から観ていても感じる魔素の量は、尋常でなかったはずだ。あれで『計測値 5』とは、観ていただけとはいえ、承服しかねる」
うわっ。
ぼくがトゥルジロー様に怒られて、ほとんど半べそかいていたら、アキとモエが割って入ってきた。
ありがとう! やはり持つべきものは友だ。
しかしながら、この尊大で頭の難そうな手合いに、助け船は火に油なんじゃあないかな?
「小僧、貴様。自分が不利とあっては、女も使うのか。この軟弱者め! しかもベースラインとクルガンだと? どれだけ軟派な男か!」
ああ、やっぱり。
アキとモエの顔を見た瞬間に、こちらへ掴み掛からんばかりの勢いになった。
立派な鬚のお顔が、ぼくのすぐ目の前まで迫り来る。
飛竜なんて足元にも及ばないくらいの威圧感だ。
「そ、そんなつもりではありません――」
「ではどういうつもりか!」
「いえ、だから、あの、計測値はちょっと、いや、かなり、おかしいんじゃないかと――」
「まだ言うか!」
ぼくと言えば、怒り狂うトゥルジロー様のご尊顔がすぐ間近に迫っていることもあり、ほとんど恐慌状態。
発する言葉は要領を得ず、小さく、しどろもどろである。
――なんかもう、非常に格好が悪い。百年の恋も覚めてしまうんじゃないかな。恋されている相手はいないけど。
「あたしも変だと思うわ! 今日の魔術にしても、昨日の能力にしても! やり直しなさいよ!」
「まるでクリウスのような人間を排斥しようとせんがばかりの、謀に見えるな。これが最高学府たるウィズダムのやり方とあっては、看過するわけにいくまい」
あ、あ、あ。
なんかもうね、火に油どころの騒ぎじゃない。
核燃料でも火に焼べているのではないか、と錯覚する程度だ。
見る見るうちにトゥルジロー様の顔色は紅く染まる。
爆発寸前の火山とは、もしやこんな感じなのだろうか? と想起するくらいには、彼の心情が読み取れた。
怒髪衝天てやつだ。
「小僧! お前のような軟弱な人間は、この国の――中男子たる資格がない! 即刻で失格とする!」
「ひいぃ、そんなあ」
なんかもう、最上級に格好の悪いぼく。
成績が悪かったのを他のせいにして、美少女と美女に助け船を出してもらい、挙げ句に失格の烙印をもらうなんて。
前世で泣きながら逮捕され、パトカーに押し込まれた経験と、なんの遜色もないほど惨めな体験じゃないかな、これ?
「口答えし、余分に加勢せんとした二人も減点だ!」
ぼくだけの処分ならまだしも、怒りの収まらない試験官は、アキとモエにまで矛先を向ける。
アキは、見た目では平静を装っているけれど――だめだ、モエは今にも殴りかからんばかりの形相だ。
ぼくなんかのために、会って一日と半分くらいの男のために、青春爆発を後悔することなんてないんだから。
「まあまあ。みなさん落ち着いて」
ぼくがモエを押さえ込んでいると、こんな状況だっていうのに、大変に落ち着き払った声が聞かれた。
リン少年である。
彼はぱんぱん、なんて手を叩いて、まるで喧嘩する子ども同士の仲裁でも入るかのように、笑顔のままでぼくらの間に割り込んだ。
「ぬ。あなたは――」
「タカノ。この試験の結果は、後で厳正に採点するのであって、あなたの一存で合否を決定する権限はありません。失格は無効です」
「しかし!」
「確かにクリウスくんの結果は散々でしたが――あなたの物言いも、関心できるものではありませんよ?」
「――――」
トゥルジロー様は、リンの姿を認めるなり、先ほどまでの勢いを急激に萎ませていった。
マジでこのリンなる少年、いったい何者なんだ?
「モエさんも。一時の感情に任せて行動していては、将来を担う人材足り得ません」
「なっ――!」
「またアキさん。学園都市は王国の直接的な管理下にあります。あなたの批判は、ともすれば、直接王国への批判と見なされます」
「はっ」
「そしてクリウスくん」
「はい」
「試験の採点は非公表ですから、まだ気に病むことはありません。気持ちを切り替え、明日に臨みなさい」
「ははーっ」
前世の日本で聞いた、なんとか裁判てやつ? みんな少年の姿をした彼に平伏し、一語一句を聴いていた。
いや、違った。モエは未だに消化不良で、何か言いたげである。
ぼくにしっかりと押さえられているから、飛び出したりしないけど。
「各自、解ってくれたのなら解散しましょう。まだ数人、後の試験があるんですから」
まるで小学校の、それも幼い生徒をあやすように、手を叩いてことの終息を宣言する。
確かに、ぼくで試験は最後でない。
後に続く受験生たちは――あらら、可哀想に、顔を恐怖でひきつらせているよ。
まあ、ぼくの方が、彼らより断然酷い顔をしているのだろうけれど。
「リン。あんた、こうなることが分かっていたわけ?」
なんとかその場を凌ぎ、ぼくの失格も、アキとモエの減点も有耶無耶になったところで。
元の場所に戻った途端、モエはそう口走った。
かなり鋭い目付きで、リンを睨み付けている。
「ええ、まあ。
クリウスくんはお人好しで大人しそうだし、タカノはあんな性格ですからね。二人はおそらく相性が悪い。だから、もしクリウスくんの成績がいまいちだったら、きっと一悶着あると思っていましたが――」
「思ってましたが?」
「いやいや。想像以上に、いい休暇潰しができました」
「あんたねぇ!」
まだまだ怒りが冷めやらぬモエは、あろうことか、恩人とも言うべきリンに掴み掛かった。
彼女の感情の起伏は、出会ってからほんの僅かな時間しかなくても、手に取るように判る。
リンはリンで、わざとらしく機嫌を害する物言いをして、煽っているのではないか。そんな感じがする。
それにしても、モエ。
君のその身長で、そんな小柄なひとを掴みあげてしまったら、遠目で見ても近くで見ても、まんま虐待だから!
いじめ、だめ、絶対。
「待て、モエ。君は些か浅慮であるな。おう――リンの言うことは、それは言い方に難はあれど、決して間違いはない。私たちに救いの手を差し伸べたのだ。感謝こそすれ、手を上げていいわけがない」
綺麗な顔を真っ赤にして怒り収まらぬモエと、必死で押さえるぼく。そして胸倉を掴み上げられ宙ぶらりとなってしまったリンの間に、アキが入ってきた。
モエはその仲裁に、怒りをぐっと飲み込んでくれて、小柄な少年を地面に下ろした。
握った拳は震えていたけれど、どうやら、我慢してくれるらしい。
「いやはや。今年の受験生は、存外に活きがいいですね。けっこうけっこう!」
「リン。あなたも、『けっこう』ではないですよ。道楽はここまでにしておいて下さい」
アキの言葉に少年は笑いながらも頷いた。
これで丸く収まったのかな?
まあ、ぼく個人としては散々な結果で、まるで落着なんてしていないんだけどさ。
「――ねえ、ところで、クリウス」
「なんだい、モエ?」
「あんたはいつまで、あたしの身体に抱きついているのかしら!」
げげっ!
場が落ち着いたかと思ったら、今度はこっちに矛先が向いたぞ!
違うんだ、モエ。幼気な少年に襲いかかろうとした君を、必死で止めていたんじゃないか。
確かにモエの身体はこの世界ではほっそりとしていて華奢だとか、おっぱいはもう少しあった方が良いなとか、役得役得とか、は心の片隅で考えていたりしたけども!
「手つきがやらしいのよ、あんたは!
折角ひとが気を揉んでやってるのに!」
それならぼくは、モエの身体を揉んでますよ。
なんてことは言わない。恐ろしいから。
それに、まるで下品なおっさんみたいだからね。
――まあ、精神年齢は55歳だから、間違いではないけれど。
「これにてめでたしめでたし。クリウスくんも、失格ではないのです。明日の学術試験で、名誉挽回して下さいね」
リンがにこにこしながら言った。
こちらとしては全然めでたくはない。
ただついさっきまでの剣呑な空気は和らいで、ぼくらの間には、いつもの雰囲気が漂っている。
出会って数日で、いつももない、という突っ込みは、この際忘れておこう。
なんにせよ、失格でないのならば、まだ酌量の余地はあろう。
途中退場でないのだ。リンの言う通り、明日の試験では、満点を取るつもりで挑まなければならない。
――本当に挽回なんて、できるのかな?
ところで。
さっき、アキがリンを呼ぶとき。何だか言い澱んだ風だった。
『おう――』なんとかと言おうとして、リンと言い直していた。
アキは一体、何を隠しているのか。
そして、リンは果たして何者であるのか。
この謎の問が、彼らの口から聞かれることはあるのだろうか。




