魔術試験③
ざっくりとだけれど、説明しておこう。
まず、魔術とはなにか。
魔力を用い、世界を通し、森羅万象が持つ魔素に働き掛け、現象を恣意的に起こすこと。
それが魔術である。また、魔術とは、この世界では可学と同義語だ。なんでか知らないけれど、一般には全部を魔法、と言う。
魔術、あるいは可学は、体系付けられたもの。いわゆる属性として区別されるものを指す。
火、水、地、風、光、闇。これらを扱うものは魔術として認識されている。
それぞれどんなものか? 読んで字の如くだよ。はっきり言ってしまうと、ぼくが前世でかじってきたファンタジー物語に出てくるものと同じだ。
火は物質を燃焼させる炎を起こすことができるし、水はなにもないところから水を出せる。他もそのまま、その通り。
そしてこの魔術を扱う人間を、可学では魔術師と規定している。
ちなみに、世間一般では全部『魔法』と便宜上は言っているけれど、魔術と魔法は区別される。
魔術=可学は、学問によりその現出までの過程が証明されたもの。
魔法とは、それ以外のもの。
例を挙げるなら――時間移動とか|死んだ人間を生き返らせる《リザレクシヨン》がそうなるかな。
実現されていない技術、解明されていない超常現象は、全て魔法の範疇にある。
それを扱えるものが魔法使い。
たた、魔法使いは実在していない。大災害を引き起こしたとされる二人くらいかな? ぼくは全然信じていないけど。
なんで実在しないのか? 実在していたら、とっくに魔法が解明されていて、魔術になっちゃってるよ。
前の世界で言うなら、火を点けるマッチ。あれを石器時代で使ったら、当時の人類はなんて思うかな? 魔法使いだ、なんて思われるでしょ。
じゃあ平成の時代でマッチを使ったら? ライター使えば良いじゃん、なんて言われるよね、きっと。
つまりは、文明が発展していくにつれて、魔法は魔法でなくなっていくのだ。
――まあ、魔術とか魔法とかの概念は、この世界ではこんな感じ。
アキならもっと上手く説明できるのかなあ?
で。今日これから、今まさに実施されようとしているのが、魔術試験だ。
なにをするのかと言えば、説明を聴いている限りでは、瞬間最大魔力量――略称として一般的には魔力量と呼ばれる値を計測するのだろう。
この数値は、魔術使用者の魔力に集積する魔素の量を掛け算し。加えて昼や夜、暑い寒いなどの条件定数をさらに乗法して。自然抵抗数を引き算したもの。それが魔力量だ。
元の数値である魔術使用者の魔力が大きな係数になるから、『魔力』が高ければ高いほど、より効果のある、強力な魔術が使える計算だ。
え? ぼくの魔力6とアキの魔力110ではどのくらい違いがあるか?
雲泥の差だよ、雲泥の差。
ぼくが飛竜を一撃で貫通できるのなら、アキは国ひとつを一瞬で灰燼に帰すくらいは朝飯前でやってのける、そのくらいの差だ。
まあ自然抵抗数もあるから、実際にその通りになるとは言えないんだけどね。
ちなみに、これらの計算式は、おそらく大学校受験の必須だ。絶対に、かなりの数が出題される。だからぼくも必死に勉強したよ。
地元の小学校では、一番の成績だったんだからね。えっへん。
――それはさておき。
これから行われるのは、そういう数値を計測する試験だった。
「なに、真剣な顔してるの? 気持ち悪いんだけど」
「ひどっ!」
ぼくが順番を真剣に集中して待っていると、モエがからかってきた。
先ほどアキに『集中しておけよ』なんて言われたのに、既に緊張感は薄れてしまっているらしい。
ぼくが声を荒らげると、軽々と笑っている。
むう、と膨れっ面するぼくと。やや冷ややかな視線のアキ。それと、やはり何を考えているのか解らないリン少年。そんな緊張感のない面々が、試験の順番を待っている。
――訂正。リンは待っていない。ただの休日の暇潰しだ。
「では始める。地面に目印があるから、そこに立て。一の合図で魔力を集中させ、二の合図で海に向かって放出せよ。計測値が出たら通知する」
会場は海沿いだった。切り立った崖の上、もう2立寸も前に出れば、海に真っ逆さまだ。
確かに火とか点くと危ないから、平原とか屋内でやるわけにはいかないけどさ。
これはこれで、おっかないと思うんだ。
「海の向こうは敵国だ。なんの遠慮も必要ない。できれば諸君らの中に、ここから50海里離れた敵まで、魔法を撃ち込めるような輩がおれば良いが」
そんなことは諸君らには不可能か、なんて続けて、トゥルジロー様は覇覇覇っ、なんて盛大に笑っていた。
きっと、彼なりに最大限面白い冗句だったのだろう。
勿論、ぼくを含めた全ての受験生は、ぴくりとも笑っていない。
傍にいるリン少年だけが面白そうにニコニコしていたけど、彼は受験生でないので除外だ。
「では始めよう」
それまでの高笑いをぴたりと収め、戦国武将みたいな鬚をまさぐりながら、トゥルジロー様は言う。
途端に目付きがぎらり、とした鋭いものに変わった。
辺りの空気が、更にぴんと張り詰めたのが判った。
――彼もまた、その名に漏れず、魔術師である。
「一!」
一の合図があった。
瞬間、3番の受験生の緊張は最大となった。
周囲の魔素が一ヶ所に集中し、凝縮されていくのが、端から観ていても解る。
彼は自身の3立寸ほど前に集中し、そこで魔術を現出させるつもりだろう。ちょうど海の上だ。
「――二!」
たっぷりと溜めの時間を作ったあと、トゥルジロー様は二の合図を出した。
きちんと最大出力になるまで待ってくれているのかな?
斬ッ!
ぼくがそんなことを考えていると、魔術が現出した。
彼が用いたのは水である。
海水はふんだんにあるから、こういう海に近い場所で水の魔術は有利だよね。
彼の現出した水は刃となり、剣となって、多くの人間が見守る目の前の空間を薙いだ。
もしあの切っ先の向かう先に人間がいたとしたら――あっという間に真っ二つになっていたであろう威力。それが最初の受験生の魔術だった。
トゥルジロー様は魔術の発動が終わると、受験生のすぐ横にある器械に向かう。
やっぱり、前世で言うところのボーリングの球を大きくしたような、丸いものだ。
ぼくがそれを見るのは初めてだから、どういう原理かは解らない。
でも瞬時に複雑な計算を一瞬で行い、魔力量を算出するのだろう。
――あ、トゥルジロー様がなにやら画面みたいなところを見て頷いている。
それから紙ぺらが一枚出てきて、最初の受験生に手渡された。
「測定値552だ。最初の受験生にしては上出来だ。お前を塵芥ではないと認定しよう。
だが、使えるのならば水以外の魔術の研鑽も忘れてはならない。敵国は我らが豊かな風土と違い、酷土も多い。たとえ雨のない砂漠でも力を出せるよう、常に研鑽を重ねよ」
あれ? 結果発表をしちゃうの?
50人くらいしかこの場にいないから、大体の人には聴こえちゃうよ。
それにありがた迷惑な論評まで付け加えてくれちゃって。
「どのくらいが合格基準なのかな?」
「知らん。あれはおそらく、タカノの勝手な論評だ。採点には影響しまい。採点基準は非公表だからな。
あと、モエ。私語は慎みたまえ」
こそりと隣のアキに訊くモエだったが、アキはとりつく島もなかった。
まあアキの言ったことは、全くどうして正論なのだから、モエは頬を膨らませるしかない。
ただ、アキ。どうしてさっきから、そんなにかりかりしてるの?
「次、7番!」
そうこうしているうちに、次の番号が呼ばれた。
一人頭およそ3分くらいの試験時間だろうか?
ぼくの出番はまだ先だけど――やっぱり、緊張してくるな。