魔術試験②
「私がこの会場を担当する。光栄に思え。貴賤の区別なく、私に合間見えられるのは、今日で最後の者が多いだろう」
指定された会場に集合してみると、先ほどと同じく尊大に威張り散らしているトゥルジロー=リン=タカノの姿があった。
え、こんなひとも試験官なんてやるの? というのが率直な疑問だ。
大学校の監督業務なんて、下々の人間に任せて、どっかりと座って眺めていてくれれば良いのに。
ぼくがうんざりとした、加えて吐き気すら催しているような気分の顔色をしていると。
「うげぇ」
隣では同じく、モエもとっても嫌そうな表情でいた。心なしか顔色は悪い。
紳士淑女足る者、こういう場面では平然としているのが当然じゃないの? アキみたいにさ。
ぼく? ぼくはいいでしょ。どうせ貴賤の賤の方なんだから。
「二人とも、そう嫌な顔をするな。魔術師には変わり者も多い。加えて身分の高いものともあらば、ああで当然だ。
そんなことでは、これからの人生は苦労をするぞ」
「そうですよ。気楽にいきましょう、気楽に」
真実に淑女であろうアキ=ベースライン嬢は、やはり平気な顔で言ってのける。
まあ、考えてみれば、前の世界でも地位の上下はあった。社長は平社員に偉そうな大口を吐くし、お祖父さんは孫に長々と説教を垂れる。
そこで上手く立ち振る舞えないと、疎まれて出世しないし、親戚付き合いも悪くなる。
ここだって同じ。神様にでも生まれない限り、みんな誰かの部下であり、目下の人間なんだ。
割り切っていかないと、それは只の我が儘だ。
「えっと――リンだっけ? なんであなたがここにいるの?」
「さっきも言ったじゃないですか、ひどいなあ。昨日は試験官なんてやってましたけど、今日は見学です。折角の休日に、後輩となるかもしれないみなさんの受験を見学して、悪いことはないでしょう?」
さて。ここにぼくとアキ、モエに加えて、新たな知り合いが同席している。
黒服の護衛三人娘は別会場だ。
この少年、実は、もなにも、昨日の剣術試験の試験官だ。
試験中にノックアウトされたけど、流石にそれは覚えていたよ。
目立つからね、この世界で小柄な人間は。
少年(のように見える)は、リンとだけ名乗った。
年齢不詳、職業不定。栗色の髪に大きな瞳は、どこか栗鼠を想像させる――まるで胡散臭さに服を着させて歩いているような存在である。
アキはリンを知っているのか? 声をかけられたときに、一瞬だけ顔をしかめたけれど、すぐに元の表情に戻っていたな。
ちなみに『リン』ていうのは、この世界で『最初の』とか『初めての』を意味する形容詞だ。
トゥルジロー様も名前に『リン』が入っているけれど、これは長男ていう意味。
トゥルジロー=リン=タカノは、日本語で言うところの『高野さんちの長男の鶴治郎くん』みたいな意味合いだ。
え? 本当にトゥルジローは響きの通りに『鶴治郎』なのかって? 勿論違うけど、あんなのは鶴治郎で十分だと思わない?
『タカノ』の意味は知らない。先史文明から続く由緒正しい家柄の名字だとか。
目の前にいるリンは、つまり一郎君、てことだ。
「試験官が、休日だからってこんなところにいるのぉ?」
モエは訝しく、いかにも疑問の視線を投げ掛けている。
ぼくにしても、今日はダウーさんやターヤさんとは会わなかったから、てっきり、会場には立ち入れないものと思っていた。
「いいじゃないですか。皆さんの邪魔なんてしませんから」
「ぼくはそんなことよりも、昨日の試験の採点の方が気になるんだけど――」
「クリウスくん、それは秘密ですよ、ひみつ」
個人的には、この少年が何者であって、なぜここにいるのかなんて些末なこと。
ぼくにとっての彼は剣術の試験官であり、彼にとってのぼくは受験生だ。その関係性だけ分かっていれば、他はぶっちゃけどうでも良かった。
しかし、リンは人差し指をちっちっ、と口元で横に振る。凄いしたり顔で。
――その人差し指、折ってやろうか。
「二人とも。魔術試験はもう始まるのだ。すぐに呼ばれるとは限らないが、いつでも全力で当たれるよう、集中しておけよ。
リン――が、何者でも関係はないだろう。彼はこの試験の試験官ではないのだから」
アキは眉を寄せながら、いまいち集中できないでいるぼくとモエに苦言を呈した。
ぼくらは二人して「はーい」なんて返事をするが。やっぱり、気になるものは気になるよね。
モエも未だ訊きたいことがあるようだが、ぐっと堪えたようだ。顔を、見たくもなさそうなトゥルジロー様に向けて、話を聞いている――ように見えて、横目でちらちらと、アキとリン少年を伺っていた。
うーん。確かに、少年のことも気になると言えば気になる。
アキは何かを知っているようだ。
昨日の彼女の印象だと、こういうときは『気張りすぎるな』とか『気楽にいけ』とか言うと思ったのだが。
いまに限っては、注意をリン少年から逸らすような物言いである。
リンの名前を呼んだときにも、僅かに言い澱んだのを、ぼくは聴き逃していない。
――怪しい。交遊関係の広そうなアキだ。絶対に彼が何者かを知っていて、あるいは気付いていて、隠している。
しかしそれを言いたいような雰囲気ではなさそうだ。
試験が終わった後で、訊いてみるしかあるまい。
「それでは試験を開始する。番号を呼ばれた者より前へ出よ。先も言ったが、魔術を現出できない者は前へ出た際に、必ず申し出よ。また試験は一度きりだ。やり直しはいかなる理由があっても認めない。精々、ない魔力を振り絞る準備をせよ」
トゥルジロー様が言う言葉は、必ずどこか鼻に掛かるなあ。
アキが言うように、そういうものだと頭では解っているんだけど。
「クリウスくん」
「なんでしょう、リン試験官」
「思いきりやるんだよ、思いきり」
何を当然なことを、今さら。
リンに呼び掛けられて耳を向けたら、そんな当然の言葉があった。
ぼくは自分でも分かるくらいに眉をしかめながらも、ひとつ首肯いてみせる。
するとリンは、年相応な? 可愛らしい笑顔で、「きっとだからね」なんて言った。
この大事な試験の場で、ぼくが手加減なんてすると思っているのかな?
――いや、昨日のアキとの試験は、また別として。
「3番、前へ!」
そうこうしているうちに、最初の受験生の番号が呼ばれた。
いよいよ二日目の試験の開始だ。