魔術試験①
「これより試験の説明を行う。一度しか言わぬ。聴き漏らさぬように。聴き損じたものは、隣の受験生にでも詫びて尋ねよ」
ぼくらは無事に試験会場に到着し、そのまま何事も起こらず、こうして説明を聞き入っている。
相変わらずすごい数の受験生だ。
「魔術試験はまず、およそ50人ずつに別れる。試験に使う器械は数に限りがあるからな。受験票の番号と、それぞれの会場とを付け合わせて集合するように。全員が集まったところで、試験が開始となる。集まりの遅い会場は、開始も終了も遅くなる故、そのつもりで行動せよ」
それにしても。昨日も思ったけれど、先史文明の遺産とやらは凄い可学力だった。
試験管は拡声器のようなものを使っている。前世で言うところのマイクみたいなものだ。
ただ違うのは、声を拡大して発するためのスピーカーがない。
いまいるのは屋外だ。それも数千人という大勢が集まっている場所。
その全員が起立の体勢でいるから、背が低いぼくなんかは、声が聞き取り辛いかも、なんて思っていたけど、全然そんなこともない。
まるで足下から音が聴こえてくるような感覚だ。不思議。どういう仕掛けなのだろう?
「会場で受験番号が呼ばれたものは前に出よ。そうして、規定の位置に立て。各試験官の一の合図と共に、諸君らが持ち得る最大限の魔力を用い、魔素を集めよ」
あと気になるのは、壇上で偉そうに口上を垂れる教官。その鬚。偉そうなのはいいんだ、実際に偉いんだろうから。
たださ、膝くらいまでの長さなんだよ。どこぞの武神かなにかだろうか? と思うくらい。
肩幅も広くて、ムキムキ。前世での魔法つかいの印象なんてひとつも似つかわしくない。青龍偃月刀でも振り回しそうだ。
「その次の二の合図で魔術を放て。説明は再度あるだろうが、ここでも伝えておく。くれぐれも器械に当たらぬようにすること。諸君らの脆弱な魔術では傷ひとつも付かんだろうが、万一はある。試験に使うとはいえ国宝だ。全幅の注意を払え」
む。そりゃぼくは『魔力6』だけどさ。ぼくひとりに言うのならともかく、受験生全員の前で『脆弱な』とか言わなくても良いんじゃない?
(なんか、随分と尊大な物言いね)
モエがぼそりと独語した。隣にいるぼくとアキに聞こえる程度の小声である。
気持ちは解るけど、口に出すのは勇気があるよねえ。
(あれは神聖七賢人のひとり、トゥルジロー=リン=タカノだ。偉大とされる人間は、その地位に釣り合うよう、存分に尊大でなければならない。私と同じようにな)
アキはさも当然とばかりに、平然とした顔で答えた。独り言に突っ込みを入れるのは、ちょっと反則じゃない?
でもまあ、アキが思わず答えてしまうのも無理はない。
小学校で習ったことを思い返したのなら、神聖七賢人には、ベースラインも名を列ねているのだから。
「そういうつもりじゃないよ!」
モエははっとして、慌てた様子で言った。大声で。
何事かと前方の受験生が振り返り、ぼくらを見る。
「魔術を放てないものは、別の試験方法を用意する。各会場で試験官に申し伝えよ」
でも相変わらずトゥルジロー=リン=タカノ様の話は続いている。
注目の視線は、すぐに元通りに、壇上のひとに戻っていた。
(ごめん)
(気にすることはない。私が気にしないのだから、モエがあれこれ思い悩むのは、無駄なことだ)
モエが取り乱しても、アキは平然としていた。
顔色は何も変わらず、ただ言葉を交わしながらも、視線はずっと説明をする者の方を向いている。
彼女らは二人して、たぶん難儀な性格だ。
まだ初めてあって一日しか経っていないけれど、なんとなく、そう思った。
モエは喜怒哀楽がはっきりとしていて、己の感情に正直である。
好きなものは好き、嫌なものはとことん嫌。前世で記憶にある典型的な日本人とは一線を画するものだ。
対してアキは、頑固一徹でないか。
当代ベースラインとして育てられ、ベースラインとしての生き方しかできない。
物言いはトゥルジローほどではないしても、庶民のぼくからしてみれば十分に尊大だ。
でもそれしか教えられていない。それしか知らない。
本来なら、一般人は畏れ多くて、話し掛けられもしないような存在感。
アキの家がどういう教育方針かなんて、全く想像もできないけれど。
おそらくはとても厳しいものだったのではないかと、会って一日のぼくは想像してしまった。
なんていうか、二人とも。
友だちの少なそうな生き方じゃない?
ひとのことをとやかく言えるような立派な人生を送ってきたわけではないけどさ。前世も今も含めて。
それでも、なんとなしに、二人には同情してしまった。
「これで説明を終える。追加の質問がある場合には、試験官に問い合わせよ。
最後に――この国では伝統的に魔術の苦手なものが多い。私や一部の人間を除いて、ほとんどその傾向にある。諸君らもこれだけの数が集まっておいて、大部分は例に漏れず、大した魔力も持たないのだろう。私は、大学校は、この国は、ハナからひとつの期待もしていない。
――この思惑を裏切ってくれる人間が、この場に居合わせていることを望む。以上だ」
静かに淡々とした口調で、でもやっぱり偉そうな上から目線で説明は締め括られた。
いやね、ぼくも『魔力6』だから反論のしようもありませんよ?
けどさあ、なにかこう、前の試験みたいに激励ぽいものがあっても良くないかなあ。
最後の一言が、彼なりの激励なのだろうか?
「なによあれ! 失礼しちゃう!」
説明が終わり、受験生はその場を解散。各々の受験番号と試験会場を照らし合わせて散っていく。
必然、それまでの沈とした沈黙は破られ、どこか騒々とした雰囲気が出てきた。
出てきた瞬間に、モエは大声を上げて、地団駄を踏んだ。
気持ちはよーく解るつもりだよ、モエ。
ぼくも君のように魔力が人一倍高ければ、同じように悔しがっていたと思う。
でも『魔力6』の身としては、ああまではっきり言われると、逆に清々しさまで感じるものだ。
「ふむ。確かにタカノの言い方は、頭に来る。だが真実でもある。この国が歴史上、魔術強国だった例しはないからな」
「だけど、でも!」
「だから別に――良いように考えろ、モエ。相変わらず試験の採点基準が分からないからはっきりとは言えないが、もしかしたら、魔術試験の重要性は低いのかもしれない」
――確かに、本当に、物は言いよう考えようだ。
『大学校も国も期待していない』なんて、思っていてもわざわざ言うことではない。
まあトゥルジロー=リン=タカノ様の為人が分からないから、なんとも言えないけれど。
でも、その言葉を拡大解釈するのなら、確かに、試験全体で割り当てられているだろう点数は低いのかもしれなかった。
「それに、君たちもきっと、タカノの鼻を明かすくらいは出来るのだろう?」
アキはにやりと、小さく笑った。
彼女も彼女で、あれの発言には思うところがあるらしい。
絶対に度胆を抜いてやる、て決意が表れた、不適な笑みを浮かべていた。
「――まあ、それはそうか。要は、実力をおみまいしてやれば良いわけね!」
アキの言葉に、単純なのか? モエは怒りを鎮めて、やはりにやりと笑った。なんかすごく分かりやすいなあ。
「クリウスも、飛竜を倒した魔術があれば、悪い結果になることはあるまい。『魔力』が低かったのは、能力測定が間違いだったと証明できる」
確かに、それは一理あるけれど。
なんだろう、ぼくの心中は煮え切らない。
なーんか、嫌な予感がするのだ。物凄く。
「それはそうだけど――」
「なによクリウス! あんたは、見返してやろう、なんて思わないの? あんな好き放題言われておいて!?」
勿論、ぼくだってあのままでは、仕方ないと思う反面、ムカついてはいる。
でも、どうしても引っ掛かるのだ。特に『魔力』が絡んでくるとなると。
――ぼくの頭の隅には、どうしたって、能力測定のときの『兆』の文字が、どっかり座り込んで離れないのだから。
「お姉さんたち、会場に向かわなくて良いんですか?」
ん?
ぼくらが話し込んでいると、どこからか声が聞かれた。
最近、どこかで聞いたような声だ。どこだっけ? なんとなく男か女か判りづらいような、喉仏が出っ張る前の、少年のような声である。
ぼくとモエ、それに黒服三人姉妹は、キョロキョロと周囲を見渡す。誰もいない。
「あ、あなたは――」
するとアキが、いち早く気付いた。
声の主は、黒服三人姉妹の後ろに、ちんまりと立っていた。




