魔術試験のその前に
昨日の武術試験の後に、今日の会場の説明があったらしいが、そのときにのびていたぼくは、なにも聞いていなかった。
そりゃあもう、気付いたときは大慌てだったよね。
朝起きて、風呂に入って、着替えをして、歯を磨いて。
で、外出しようと思ったところで、今日の集合場所を聞いていないことに気付いたのだ。
受験票には記載がない。
昨日の試験を受けに行ったときに、校門のところに書いてあった気がするけど、『帰りに確認しよう』と考えていたのだ。まさかアキに叩きのめされて、気絶しているなんて、数時間後の自分を想像なんてできないよ。
取り敢えず大学校の本校舎に一度行ってみるしかない。
まだ時間はある。よっぽど遠い場所でなければ、試験会場を確認してから向かっても、十分に間に合うはずだ。
そう思い、慌てふためいて宿を後にしようとしたところ。
「あら、おはようクリウス」
出てすぐに、モエ=クルガン嬢とばったり。なんてラッキーなんだ。
「おはようモエ」
「今から迎えに行こうと思ってたのよ。試験の場所、聞いてないでしょ?」
「ありがとう! モエに会っていなかったら、大学校に行って確認しようと思っていたんだ」
礼をして頭を下げるぼく。それを見て、苦笑するモエ。
昨日は結構な量のお酒を飲んでいたかと思ったけれど、彼女の顔色は良い。うわばみてやつかな?
「良かったわね、大学校に行く前に会えて。確認してからだと、たぶん間に合ってないわよ」
「そんなに遠いの?」
「盛大に受験生が魔法を使う、ていうのに、近いところでやったら危ないじゃない」
そりゃそうか。
てことは、ぼくがもう少し早く気付いて、もう少し早く出発していたら、モエと出会わず大学校に向かっていて、途方に暮れていたのか。
ありがとう、ありがとうモエ。
でも、昨日に教えてくれていても良かったんだよ?
「心の底から感謝します、モエ」
「ふふん。見事受験に合格したなら、あたしを女神のように崇め奉りなさい」
「ははーっ」
まあしかし、もし受かったのなら、それは本当にモエのおかげと言えなくもない。
なのでぼくは戯け半分、もう半分は少しばかり本気で、その場に平伏した。
試験会場に向かう大通りだから、人の目は結構ある。
道行く人たちは、何事かとぼくとモエの様子を見詰めていた。
「ちょ、ちょっと! ひとがみているじゃない!
いいのよ、そんことするのは受かった後で!」
慌ててモエはぼくを引き起こした。さすがにこんな形で注目を集めたくはないらしい。
それにしても、うーん。もし合格したら、崇め奉るのは本気でやらなければいけないらしい。
モエって、どこか変わってるよね、思考回路が。これも将軍家の生まれのせいかな?
「なんの騒ぎだ?」
ぼくとモエが道中でそんなことを話していると、声を掛けてくるひとがあった。
二人して振り返ると、そこには、屈強で黒服な三人のむさ苦しい男たち――の真ん中にちんまりと立つ、アキの姿があった。
登場の仕方が昨日と一緒だ。
「おはよう、アキ」
「ああ。おはようモエ、クリウス」
「おはようございます、アキ=ベースライン様。
ええっと。昨日から気になってたんだけど、そちらのお三方はどちら様?」
それぞれに挨拶を交わした後で、ぼくは疑問を口にした。
いや、気になるでしょうよ、普通。
この世界、みんな体格が良いけれど、この三人はさらに別格。身長が高いのは見てすぐに分かるとして、上下半身共に、並々ならぬ修練の跡が見られる。
「そう畏まった挨拶をするな、クリウス。そんな物言い、家だけで充分だ。
――ああ、紹介を忘れていたな。この三人は私の護衛だ。護衛とはいえ幼い頃から寝食を共にした、同い年の幼なじみだ」
アキの顔は、どこか嬉しそうになった。
まあ、護衛のひとたちを、幼なじみだからといって、連れ歩く度に自己紹介なんてさせないよね。
ぼくが注意を向けたのが幸い、おそらくは自慢の友人たちを紹介できるとあり、嬉しかったのだろう。
「まずこの金髪がミモザ。護衛なんてやっているが、家事が得意だ」
「よろしくお願い致します」
「茶髪がシェーラ。こちらは護衛らしく剣、槍が得物だ」
「よろしくお願い致します」
「最後にパティエラ。頭が良い。趣味は読書」
「よろしくお願い致します」
「三人は三つ児でな。わたしはともかく、他の人間では見分けがつかないから、こうして髪を染めている」
紹介を貰ったぼくとモエは、歩きながらも礼をし、お返しにそれぞれも挨拶をしてくれた。
三人は三人とも無表情であったが、どことなく、快く受け入れてくれた気がした。
あと。なにか、違和感があった。
三人とももっと厳つい、ゴツトツコツとか、ギギルガーノとか、ゴルベローザとかいう名前だと思ったよ。随分可憐な、女の子みたいなお名前なんだね。
まあぼくの名前も、この世界では中性的なものだ。『クリウス』は前世の日本での『勝利』みたいな意味だけど、単語の綴りを少し変えて、女性につければ『勝美』となる。発音は変わらず『クリウス』だ。
ややこしい? そんなことないと思うけどなあ。前世では日本人だったからかな?
『アキラ』や『ミツキ』や『イモコ』なんて、会ってみないと男か女か分からない名前のひと、結構いたよ?
――ごめん、嘘吐いた。『イモコ』はあんまりいなかった。
「同い年だから、やはり大学校は受ける。でなければ、私が入学してしまったら、護衛がいなくなると言って訊かなくてな、三人とも。
――まあ、ベースライン家が誇る、立派な護衛なんだ、この姉妹は。やや堅苦しく融通が利かないのが難点だが」
うん? ぼくの聞き間違い、ではないよね。
姉妹て言ったよね、アキは。
じゃあなに、このとんでもなく図体の良い、胸筋だか胸板だかおっぱいだか分からない体格の三人が、女性なわけ?
――ターヤさんもそうだったけど、この世界、まじで男女関係なく筋肉マンが多いよね。アキとモエに会ってから割合が少なくなったと思ったら、また三人加えて過半数超えちゃったよ。
「み、三つ児の姉妹さんなんですね。道理でよく似ているわけだ」
でもぼくはここで驚いたりはしない。
頬の筋肉は盛大に引き吊っているだろうけれど。
ぼくの感覚がずれているだけで、ここではこれが普通なのだ。
男性だと思っていたら女性だった、てだけで驚いていては、紳士足り得ない。
「ええーっ!? あなたたち、女の子だったの!」
――だっていうのに。淑女たるべきモエ=クルガンは、驚きのあまりに大きな声を上げていた。
良かった。ぼくは普通だったんだ。




