反省会という名の飲み会
ちょっとぐだぐだと長いかもしれませんm(_ _)m
「そう悄気た顔をするな、クリウス。確かに、私も悪かった」
結局武術試験はどうなったのか?
無事に終わったらしい。
モエ曰く、ぼくらの試験の後は、流血沙汰もなく場外もない、団栗の背比べで特に見所がなかったとのこと。
将軍家の出身で『力』の能力が高いとはいえ、随分上からの物言いなんだよね、モエは。
まあそれほどまでに腕に自信がある、ていう自負の裏返しなんだろうけど。
「いやいや、あれはクリウスが悪い。あたしだったら、アキみたいに優しくなんてしないわ。気絶しないように気を付けながら、ぎたぎたにしてるわね」
ぼく? え、ぼくの試験はどうだったか?
知らないよ。だってぼく、アキの蹴りを見事に食らった後は、気を失って、盛大に鼻血を噴いて、医務室に運ばれていたもの。
起きたときには、とっくに今日の試験は全部終わっていた。
敗者は残してさっさと帰れば良いのに、アキとモエは、ぼくが目を覚ますのを待っていたよ。
なんで、て訊いたら『晩御飯行かないの?』て逆に言われた。もちろん、即座に行くとは答えてしまったけれど。
なのでぼくは、保健医の先生と思しき銀髪の美女に、丁重に礼をしてから大学校を後にした。
アキは美少女だし、モエは美女だけれども、お二人ともぼくと同じ15歳だからね。
保健医の先生のような、大人の色香とはやはり違いますよ。当然。
――まあ、冗談は置いといて。
二人は、能力測定では『魔力6』という数値を出し、武術試験でもアキに事実上の敗北を喫したぼくを、励ますためにこうして晩御飯に連れ出してくれたわけだ。
「まあ、手心を加えるな、と言っていたからな」
「どうせなら、もっと判らないようにやりなさいよね」
いや、違った。これは励ましてくれる会ではない。
反省会? もしくは飲み会だった。
「いえ、あの、はい。すいません」
アキに悄気るな、なんて言われたけれどさ。女子二人に取っ締められる状況で、落ち込まないではいられないよね。
ぼくは己の不甲斐なさに、やや目元をウルませながら、この世界で初めてのお酒を飲んでいた。
話は数十分前に遡る。
「すまない、待たせたな」
お供? らしき三人の男性を連れてやってきたアキ=ベースラインと。
偶然にもそこそこ泊まっていた宿が近かったぼくと、モエ=クルガンは。
ギルドに併設されてある居酒屋――この世界では盛場という――に来ていた。
親睦を深めるため、ぼくを慰めるため、今日の反省のため。
酒でも飲みながら話をすることになったのだ。
うーん。飲みニケーションてやつ? 前世での若い頃はよくやっていたけどね。
こちらでは貧しくはないってだけで、大した裕福ではない農家の生まれ。しかも父が守銭奴なためもあり、酒なんて一滴すら飲んだことがない。
たぶん大丈夫だとは思うんだけど。酔っ払って失態を晒さないよう、気を付けなければ。
え? なんでギルドの横の酒場なんかに来たのか?
当代ベースライン様と、将軍家の四女様がいて、なんでもっと高級な店にしないのか?
簡単。ぼくもモエも、ここくらいしか知らなかったし。なによりぼくみたいなどの付く庶民が、お高い店に行けるわけないでしょう。そんな服もないし、テーブル作法だって知らないよ。
だから敷居が低くて、ぼくが気後れすることなくリラックスできる雰囲気で、宿から近くて、安くて美味しい! という数々の注文を受けてアキが案内したのが、このギルドの盛場だったのだ。
アキ曰く、ここの蒸しパンが美味しいらしい。昨日彼女がここにいたのも、それを食べながら酒を飲んでいたとか。女子か!
え? それもあるけど、訊きたいのはそれじゃない? なんでそんなガラの悪そうなところを選んだのか?
実はこの国は、盛場を始め、酒を提供する飲食店は全て国営だ。国が人やら建物やら管理している。
前世の日本ではまず考えられない。いや、少しはあったんだろうけど、そう多くはなかったはずだ。
なぜそんなことをしているのか。簡単に言えば治安維持のためである。
飲み過ぎて前後不覚になって、暴れたり騒ぎを起こしたり、なんてのは前世ではよく聞いた話だ。でもこの世界ではほとんど、そんな事件は発生しないらしい。
当然でしょ? 前世の日本で、警察署に併設された食堂で、酩酊して暴れるやつなんて、いないよね?
ギルドも国が管理しているから、なおのこと今日来た盛場は周辺の治安が良く、世紀末みたいなナンパな男が現れることもない。
モエは昨日は、宿の食堂だったから、性質の悪いやつに声をかけられてしまったわけ。
うーん。考えてみれば、いいシステムなのかな?
あと、付け加えて、大事なことだからもう一度言おう。
15歳で成人だから、飲酒は全く問題がない。
でも、モエはともかく、ぼくとアキは未成年に見られても仕方ないから、呼び止められるかも? なんて思い、身分証代わりに受験票を用意していたら。
「ここに指を触れるだけよ」
なんて、盛場の入口にある器械についてモエが教えてくれた。
例えると一昔前の携帯電話みたいな器械? それに指で触ってみると、ぼくの個人情報が画面に出てきた。
どこの出身だとか、年齢、体格や特徴まで記載されている。
間違いがなければ、『入店』のボタンを押して、係の案内を待つだけだ。
いつの間にぼくの個人情報が流出したのだろう? いや、あれだ。きっと能力測定のときのあれ。やっぱり個人情報を読み込んでいたのだろう。
「さ、いくぞ」
ぼくが視線をあちこちに向けて不思議がっていると、すぐに案内係のひとが来た。
エプロンを着て、ふわふわとしたドレスを身に纏った女性。ただし筋骨隆々である。
「なにしているのよ。早く行こう、クリウス?」
ぼくの前世での常識も、いまの人生での常識も、はなから通用しない。そんなとんでもない場所なのだ、王都は。
そんなことをちらりと思いながらも、ぼくは愛想笑いをして、席に着いたわけだった。
で。現在。酒精が入り、口元が滑らかになってきた美少女と美女が、そりゃあもう好き放題に言うわけで。
「あれはどうやったのだ? 剣を振りかぶった瞬間、手になにか当たるような違和感があった」
「大体、あんたね。遠慮し過ぎなのよ。まだ会って一日も経ってないけどさ。男ならもうちょっとがつーんと来なさいな、がつーんと」
アキは平常だけど、モエは駄目だ。一緒に酒を飲んではいけないタイプだ。
ぼくはちびりとグラスを傾けると、そんな感想を持ったのである。
初めて飲んだこの世界の酒は、正直あまり美味しくはなかった。
なんか、ワインとウイスキーを煮詰めたあとに、葡萄の果汁を混ぜて、さらにもう一度煮詰めたような味。
蒸留酒の一種なのだろう。酒精はかなり強いが、アキもモエも気にせず、水だったり氷だったりで薄めて飲むことはなかった。
ぼくもそれに倣ったけれど。美味しくはなかった。
「――そういえば、アキ。あの武術試験のときの教官。知っているみたいだったけど、どちらさま?」
ぼくはアキの問にも、モエの厄介そうな言葉にも答えることなく、質問を投げ掛けた。
アキの質問は、秘密だ。ぼくの数少ない、ぼくの考えた魔法なんだ。効果が少しでもあるうちは、黙っておこうと思った。またアキやモエと手合わせする、なんてことはほとんどないんだろうけど。
モエ? モエは封殺。だって、迂闊なことを言うと厄介そうだから。まだ少ししか飲み初めて時間が経っていないけれど、彼女はたぶん、絡み酒するタイプだ。
「あれは、兄だ」
露骨なぼくの話題の切り替えに、アキは答えてくれた。少しばかり眉をひくつかせていたけれど。
なんか、痛いところを突かれた、みたいな感じ。
「あんまり似てないのね」
正直にそう言うのは、酔っ払いモエ様。酔ってるでしょ、既に?
ただそういう奴に限って言うのだ。『酔っ払ってなんかないわよ』て。
「ああ。私と兄は母親が違うからな」
酒を飲んでいるとはいえ、あっけらかんと言うアキ。
「ごめん、不躾な質問だったかな」
「構うことはない、事実だ。兄は二の母から産まれ、私は一の母から産まれた。それだけだ」
どうやら離婚してだの、愛妾の子だの、泥臭い話ではないらしい。
「ベースライン家の当主は、髪の色で継承される、てのは、本当だったのね」
「ああ。ベースラインは代々、紅い髪で産まれる。兄のような黒い髪では、当代は名乗れない」
そういうものなのだろうか。
ベースラインのお家柄は、初代が紅い髪であり、二代目も三代目も、同じだった。らしい。
それから現代に続くまで。大災害からの今までの百数十人のご先祖様は、みんな紅い髪。
いつの間にか髪の毛の色だけが条件になった。アキは、生まれながらにして紅い髪だったから、兄を差し置いて、当代を名乗らざるを得なくなった。
あれ、先代は?
「父は私が産まれて間もなく亡くなった。能力は高かったが、病気がちだったと聞いている」
訊き辛い質問を理解して、早々に返事をくれるアキ。
いや、まあ、15歳で当主なんて、そういう事情でもないとあり得ないよねえ。
「お兄さんはどんなひと?」
「兄トウヤは、自身の能力は低いが、後身を育てるのに才能があるらしい。特に剣師の育成は得意とのことだ。
あと――女たらしで、いつも家に違う女を連れてくる。だらしのない兄だ」
話の最後に連れて、アキの表情はありありと曇っていった。
言いにくいのなら、言わなければ良いのに。
そう思ったけれども、彼女のなかでは、女たらしの兄が許せない様子がある。
そりゃあ、人生で一番多感な時期に、お兄さんがだらしないと、嫌でも目についちゃうよねえ。
まあぼくは、前世でも今でも、自由気ままな独りっ子なんだけどさ。
「モエの家はどうなのだ? 兄弟は多いと聞いたが」
「うち? 確かに兄弟は多いわね。兄が六人。姉が三人。でもみーんな軍士官になっちゃってて、家にほとんど帰ってこないのよ」
それからは、モエが弾丸のごとく言葉を吐き、場を支配してしまった。
兄や姉が構ってくれない、という歳相応? いやいや、成人した15歳の女性が、十も歳上の兄に甘えていいものなの? なモエの悩みを、ぼくらが延々と聞くことになった。
彼女は彼女で、何やら普段から溜め込んでいる様子である。
クルガン家のお家事情には、ある意味凄く詳しくなったよ。それが活かせる場所なんてないだろうけれど。
結局、明日も試験ということで、早めにお開きとなった。
そもそもそんなときに酒なんて飲むな、という話は置いておこう。試験があるとは言っても、午後からだ。相当な深酒でもない限り、影響なんてありはしない。きっと。
それよりも、個人的には、今日の試験の失敗を引き摺らないようにこの場を設けてくれた二人に、感謝したいところだ。
「蒸しパンはどうだった?」
「美味しかったよ」
「あたしは、もうちょっと甘さを控えてくれた方が好みかなあ」
ベースライン家の御用達である蒸しパンも食べた。
美味しかったよ。モエと同じで、些か甘過ぎる感はあったけれど。
「では、明日も頑張ろう。お互いに」
「もちろん」
「ええ。クリウスには負けないように頑張るわ」
「ひどっ」
そんなことを言い合いながら、別れた。
とはいえ、モエとぼくの宿は近いから、彼女とは途中までは一緒だった。
なんだろう、お酒に酔った女性と一緒だと、なんだか疚しい気持ちになりません? ぼくだけかな?
「じゃあ、おやすみ。クリウス。
――言っておくけど、今日の能力測定を真に受けちゃだめよ。王太子様だって、魔力は低かったらしいけど、無事に合格したわ。あんただって、やればできる」
最後の最後、モエの宿の前で、彼女は言った。
「あたしはアキほど魔力は高くないけど、こんな若輩だけど、ひとを見る目はあるつもりよ」
さらに続ける。ぼくはなんにも応えられず、黙って聞いていた。
「クリウス。あんたは上手くやれる。アキが信じるあんたを信じたい、あたしを信じなさい」
酔っ払っているからか、元々口下手だからなのか。
モエの言葉は滅茶苦茶だった。
けれど、その瞳には、どこか強い意志が感じられた。
「うん、わかった。信じるよ」
ぼくはひとつだけ強く首肯いてみせた。
するとモエは納得がいったのか、うんうんと同じく首を縦に振る。それから宿に入っていった。
足元がややふらついているようだけど、大丈夫だろうか?
こんなところであのナンパ男と出会したら、酔った勢いで血の雨を降らすのではないか――。
まあ、彼女のことだ。滅多なことは起こるまい。たぶん。
モエの後ろ姿を見送ったところで、ぼくも帰路に就いた。
とはいえ宿はすぐそこだけど。
今日はマリンとほとんど話をしてやれなかったから、きっと怒っているだろうなあ。
そんなことをぼんやりと考えながら歩く。
不思議と、今日の試験の失敗は、どこかに消えてしまっていた。
明日は、挽回しないとね。
でも。鼻の痛みは消えてくれなかった。




