武術試験⑧
お分かりかと思いますが、戦闘描写は大の苦手です。
ではどうするか。
――防御壁を使ってみようか?
アキの注意を逸らし、反撃の隙を作る方法。
そんなの、結局いくら考えたところで、彼女ほど対人戦慣れしていないだろうぼくに、考え付くわけがない。
そんな中で唯一思い当たったのが、防御壁だった。
光子盾、と言い直しても良い。
アキの度肝を抜くには、正直このくらいしか、考えがつかなかった。
防御壁ていうのは、魔術師が用いる一般的な攻撃回避の手段だ。防御盾とも言う。
どんなものか?
例えば『地』の魔法が得意ならば、大地を隆起させ、物理的な壁を作って、敵の攻撃を防ぐ。
『水』だったら、水の壁。『火』だったら炎の壁を現出させて、相手の攻撃を回避するのだ。
もし戦場に赴くとき、防御壁の魔法が得意なら、重たい盾を持ち歩かなくとも、充分に賄えるという代物。
まあ、陸戦なら『地』、海戦なら『水』を使うのが普通。だって壁の素材がたくさんあるのに、海の上でわざわざ炎の防壁なんてやらないでしょ? すぐに消し止められちゃうよ。
それに対して光子盾とはなにか?
実はこれ、ぼくが独自で考え出したものだ。
二、三回、過去に使ったけれど、見ていたひとは驚いていたね。どうやったんだ? って。で、遣り方を教えてもそのひとは真似出来なかった。
これならあるいは、アキを出し抜けるかもしれない。
ん? 光子盾は結局どんなものかって?
つまりは、『光』を壁にするんだよ。
『光』の魔素を集めて、凝凝に圧縮させて固めれば、盾となる。
しかも『光』なんだから、わざわざ目に見えるようにぴかぴかさせることもない。屈折率かなんか? を調整すれば、見えなくなる。便利な盾だ。
そんなものできるなら凄いけど、他のひとはできないのか? アキも見たことはあるんじゃないか?
まあぼくは片田舎の育ちだからね、都会に出ればできるひとは多いのかもしれないよ。
でもぼくには、少しばかり自信があった。これはなかなか、この世界の人間には想像できない。
魔法って、想像力がある程度関わってくるからね。
この世界の、テレビも映画も漫画もないような世界のひとたちが、かきーん、なんて見えない壁が攻撃を弾く様を想像できると思う?
うるさいな、どうせぼくは前世では昭和生まれだよ。
憧れでしたよ、そりゃあ、なんとかフィールドなんてのは。
ともかく。
アキが全く知らないとは言い切れないけれど。
他の手段より少しばかり可能性が高いのは、ぼくにとってはこれしかなかった。
ぼくはアキの雨のように降り注ぐ剣戟を去なしながら、魔素を集める。
この行為も、おそらくはアキに察知されているだろう。
でも、たぶん、ぼくが何かを企んでいることは分かっても、何をしてくるかは予想できまい。
これだけで彼女の攻撃の手が弛んでくれるのなら、それが一番なのだけど。そうはいくまい。
ぼくが魔素を集め始めると、途端に剣速が増した。
雨霰なんてもんじゃない。槍でも降ってきてるんじゃないか、と思うくらいには鋭く思い剣戟になった。
やらせない、というアキの強い決意が垣間見える。
牙牙牙牙牙牙ッ!
ぼくはアキの攻撃を回避し続けながら、集中力を研ぎ澄ませる。
この世界のこの身体は、非常に優秀だった。
前の人生のぼくなら、剣の攻撃を防ぎながら、他のことに集中するなんて無理だったよね、絶対。
集中するのはただ一点の空間のみ。
壁だの盾だのいっていたけれど、そんな面積は必要ない。
魔素を集めるのに時間が掛かりすぎる。そんな暇があってはアキに気取られかねない。なにより、残り時間が分からないから、急ぐしかない。
だから、ほんの一呼吸。少しばかり彼女の呼吸とかタイミングをずらしてくれるだけでいい。
小学校で一番だった、田舎剣術がどれほど通用するかは知らないけれど。
なにもやらなければ、このまま試験は終わりだ。
だったら、刹那の悪あがきだって、やらないよりはずっとマシに違いない――!
狙う場所はただ一ヶ所、アキの手元。
狙うタイミングは初動だ。次の攻撃のために剣を引き、もう一度繰り出す、その瞬間。
与えるのは僅かな違和感だけでいい。
集中力を研ぎ澄ませ、慎重に、その一瞬を狙う!
(いまだ!)
彼女の視線がぼくの瞳を貫いたとき。
次の動作のために剣を引き戻した刹那。
ぼくはアキの手元、剣の柄に目掛けて、光子盾を発動した。
皓ッ、なんて音が、微かに、聴こえた。
「――っ!」
ほんの一瞬だけアキの目が瞠かれたのを、幸いにも、このときのぼくは見逃さなかった。
「たあああぁぁ!」
後から聞いたら、たぶん間抜けなんだろうなあ、なんて心のどこかで思いながらも、ぼくはぼくなりに気合を込めた声を上げ、攻勢に出た。
ぼくが踏み込むのと同時に、アキも即座に後ずさる。でも、それを逃すわけにはいかない。
乾坤一擲!
筋力強化をした脚を目一杯踏み込み、アキに肉薄する。
ぼくが選んだ、きっと最初で最後になるだろう攻撃は、突きだった。
振り被ることなく、相手までの最短距離を往く手段は、これしかなかった。
ぼくは全体重を剣に乗せ、思いきり全力で突貫する――
――あれ、待てよ?
これってもしかして、受け損なったら大怪我しませんか?
戟ッ!
一瞬の気の迷いが、ぼくの手元の力を僅か緩ませた。
アキの胸元に向かっていた剣先は、途中で目的地を彼女の左肩に変えてしまった。
その進路変更でできたほんの僅かの時間を、見逃してくれるアキではない。
ぼくの突きは、無念、弾かれてしまった。
ああ、残念。でも一度は攻撃をした。
あのまま何もせず試験を終えるよりは、いまの方が余程心象が良いに違いない。
ぼくはそう考えを改め、すぐさま始まるであろう猛反撃を防ぐため、剣に力を込める。
アキと剣を合わせて、鍔迫り合い? の形に持っていったのだ。
彼女はすぐさま距離を置くかと思ったけれど、ぼくに付き合ってくれるようだ。
回避することなく、剣でぼくの身体を押し留める。
「――こ、この――、」
でも、なんかアキの様子がおかしいな?
あまり力が入っている感じでもないのに、顔がどんどん赤くなってきた。
翡翠色の綺麗な瞳は、どんな感情か判らないが、戦戦と震えている。
もしかして。
ぼく、惚れられちゃいました?
「――戯け!」
うん。違いました。
なんでかさっぱり知り得なかったけど、アキは凄く怒っていて。
ぼくが戯けた想像をしている隙を見るや、廻し蹴りをお見舞いしてきた! あの二人の距離で、なんの予備動作も感じられないままに、顔面へ向けて。
善からぬ思考をしていたぼくは、もちろん回避できませんでした。
痛くはなかったよ。そのときは。
だって、ぼくが試験の最後に見たのは、アキの靴の裏だったからね。
廻し蹴り一発でノックアウト。
ああ、残念。ぼくの武術試験は終わってしまった!
なんて。そんなことを薄れ往く意識の中で考えていたけれども。
まあ、アキに怪我をさせなくて、良かった。