武術試験⑦
今回はきりが悪いですが、長くなりそうなのでここで投稿します。
げえっ!
なにがめでたしめでたしか。
次はぼくの番じゃないか!
しかも、もしかしたら、なんて思ってはいたけれど、本当に試験の相手はアキだ。
「行くぞ、クリウス」
番号を呼ばれて、意気揚々と歩き出すアキ。
能力的には、『力』の値はぼくの方が上だったけれど、そんなことは気にしないとばかりの余裕ぷり。
まあ能力測定の結果はあくまでそのひとの生まれ持った才能。努力した数値までは計れない。
アキの後ろ姿には、これまでの15年間を、どれだけ鍛練してきたか。その自信が溢れ出ていた。
ぼくにはきっと、一生持ち得ない自信だよ、本当に。
まだ出会って数時間しか経っていないけれど。当代ベースラインは、きっととんでもなく強いのだろう。
「頑張ってね、アキ」
「ああ。行ってくる」
「ぼくに激励の言葉はないの?」
「どさくさに紛れてひとの身体をまさぐるような変態さんに、かける言葉はありませーん」
「そ、そ、そんなことしなかったと思うなあ?」
悪気はなかった。仕方なかったのだ。断じて、疚しい後ろめたい気持ちがあったわけじゃない。不可抗力だ。女神様に誓おう。
――女神様なんて、これっぽちも信じてないけどさ。
ぼくは、あはは、なんて自分でも分かるくらいに笑顔を引きつらせ、乾いた笑い声を出しながら、アキの後に続く。
うん。後ろから物凄い視線を感じる気がするけれど、気のせい。気のせいなのだ。
「では、試験で使う武器をお渡しします」
凝とした視線を背中に受けながら、闘技場に入り、アキに並ぶ。
すると試験官は、ちらりと書類を一瞥し、ぼくらの顔を見たあとで、そう言って木剣を選び始めた。
でかい黒い箱みたいなところに頭を突っ込んで――どこか楽しそうに、武器を選んでいる。
いや。楽しそうに、じゃない。絶対に楽しんでいる。
ぼくには聞こえたぞ。箱の中から微かに、鼻歌が。
「はい、どうぞ」
少年のようにしか見えない試験官は、遂に表情を、微笑から満面の笑みにした。
これはもしや、新しい玩具を見つけて楽しんでいる子どもなんじゃないのかな?
そう訝しんでいると、渡されたのはなんてことない、普通の木剣。
ぼくもアキも、普通の大きさに普通の重さのように見える。
良かったよ。またさっきみたいに、マグロみたいな代物が出てきたらどうしようかと思っていた。
ぼくはほっと胸を撫で下ろして、木剣を受け取る。
(うーん。特になにもなさそうだ。いつも使っている剣よりは少し軽い。あとちょっとだけ刀身が短いのかな?)
普段身に付けている剣との違いを確かめながら、闘技場の上の開始位置につく。
正直、普通の剣だなんて拍子抜けだなあ。
この試験官のことだから、なにか変な剣を渡してくるとか、変な仕掛けがあるとか、そんなのを予想していたんだけど。
ぼくは軽く首を傾げる。
「クリウス。先ほどのモエの言葉、覚えているか?」
と。アキが話し掛けてきた。
もう試験は始まる。いますぐにでも、開始の合図があるかもしれない。
「さっきの言葉?」
ぼくは間抜けにも、鸚鵡返しで答える。
――なんだったかな?
おまえは俺を怒らせた、かな?
前世で昭和生まれのぼくとしては、死ぬまでに言ってみたかった名言トップファイブには入る言葉だけれど。それじゃない?
「『全力でやること。手加減なんてしたら承知しない』」
アキは今にもこちらを撃ち抜きそうな視線でいる。
「――うん、もちろんだよ」
そして『恨みっこなし』。
勿論覚えていたよ、勿論。やだな、忘れるなんてことしないよ、あはは。
――冗談はさておいて。
顔見知り相手だと、そうとはいえやり辛い。
特にアキは。堅苦しそうな性格をしている彼女だから、本当に、全力でいかないと怒られそうだ。
「わかっていれば良い」
いや、違う。
彼女は『全力でこい』、とぼくに言ったわけではないのだ。
モエの言葉を引き合いに出して伝えたかったのは、『全力でいく』という宣言だろう。たぶん。
『力』の値では、無駄にぼくの方が高かった。
いままでの人生で、同じ食事をし、同じ鍛練と同じ努力をしていたら、ぼくの方が強い道理だ。
だから、相手のこれまでの努力を推し測る方法がない以上、全力でいくのは当然だ。
「準備はいいですか?」
幼く見える試験官は、わざわざそんなことを訊いた。
なぜだか、ぼくらの会話が終わるのを待っていたようだ。
「はい」
二人の返事が重なる。
さあ、泣いても笑っても、人生で一度きりの武術試験だ。がんばるぞ。
「制限時間は3分です。はじめ」
試験官の合図で、ぼくらの試験は始まった。
結果? あれ、ネタバレしていいの?
――ぼくなんか農家の長男が、当代ベースラインに勝てると思う?
※
まずは様子見だろうか。
お互いの力量が分からない以上、迂闊に飛び込むのは危険だ。
特にアキは、力業なんて通用しないだろう。そんなものの対処は、きっといくらでも練習しているはず。
身体が他と比べて小さいから、魔素による筋力強化があるとはいえ、技術がないと戦いにならない可能性がある。
そんなぼくでも理解していることを、ベースライン様がやっていないわけはない。
もしかしたら、下手に攻撃なんてすれば、モエに投げ飛ばされたナンパ男の二の舞だ。己の攻撃の勢いを、そのまま相手に利用されかねない。
――開始のほんの数瞬前、ぼくはそんなことを考えていたのだけれど。
甘かった。そんな考え、上白糖よりもサッカリンよりも、甘かった。
開始の合図と共に、アキの身体は獰猛な豹の如く、しなやかに、力強く、ぼくに向けて飛び込んでくる!
牙っと音がする。ぼくが攻撃を木剣で防いだ音。首筋に向けられた相手の剣先を、すれすれで防いだのだ。
その次は吶って音。喉元に向けられた突きを、剣の柄で抑える。
次は飄って音。ぼくが攻撃を躱したときに聞こえた音。
その次は、そしてまたその次は――
牙牙牙牙牙牙ッ!
剣と剣がぶつかり合う連続音。
打ち合い? 違う。
アキが一方的に攻撃をし、ぼくが一方的に防御する。これはその音だ。
甘かった。
様子見だなんて日和っている場合でなかったのだ。
『攻撃は最大の防御なり』て言葉は、たぶんこの世界でも通用する。
相手が格上かもしれなくて、どんな攻撃をするか判らない――だったらどうする? 簡単、攻撃をさせなければ良い。
だからアキは、続けざまに、切れ目もなく剣を振るう。
ぼくはそれを弾き、すかし、躱し、なんとか防ぐ。
アキの攻撃は速い。とにかく捷い。
ただ剣先の速度に重点を置いているのか、攻撃力としては大したものではなさそうだ。たぶん小学校で剣術を教えてくれた先生の、半分くらいだろう。
うん、当たれば痛いよね。
それなりに重さのある木剣なんだ。箸や匙なんかじゃない。身体のどこかを掠めただけで、あの速さだ、肉が爆ぜる。
怪我をしてはならないという規定がある以上、攻撃を受けるわけにはいかない。
とにかく雨霰のようにぼくを打つ剣を、防ぐ。
その内には隙が出るかもしれぬ。これだけ速い動作だ、連続していれば息も切れるに違いない。
いや。だからぼくのその考えは、甘いのだ。
どれくらい時間が経つか? 時計を見ている暇なんてないから判らない。
ただ、アキの攻撃の手は休まるところがない。
呼吸すら止めているのではないか、というくらいに合間がなかった。
焦れてこちらが僅かでも剣先を動かそうものなら、ぼくの小手先にすぐさま次撃を向けてくる。
間合いを取ろうと後ろに下がっても、ほとんど同じタイミングで距離を詰められる。
こちらの動きは完全に読まれていた。
牙牙牙牙牙牙ッ!
なおもアキの攻撃は続く。
このままではジリ貧だ。
おそらく彼女は、こうして3分間を一向に攻撃して終えるつもりだ。
勿論、ぼくが無理して剣を荒らげたり、体勢を崩したりなんかしたら、即座に勝負は決めてくるのだろう。
いまのままでは手も足も出ない。
さあ、どうする?
考えてぼくは、魔法を使うことを思い付いた。
規定では、筋力強化はオーケー。直接攻撃するのはなし。
『防御』に使うな、とは言われていない。
だったら、ここは使うべきだ。
問題はどう使うかだ。
アキの剣が当たると思われる身体の箇所を強化する?
怪我を覚悟で、身体を張って剣を受ける。怪我をさせてはいけないのだから、もしかしたらアキの剣先が緩むかもしれない。
今のところアキの攻撃は、脳天を直撃しても、一発で意識を刈り取られるほどの威力はなさそうだ。
どうか?
――否だ。やはりリスクが高過ぎる。
モエは先ほどの試験で、魔素の動きが分かると言った。ぼくにだって少しは分かる。アキに分からないはずがあるだろうか?
ぼくが玉砕を覚悟したとして、それにアキが乗ってこなければ、無駄に攻撃を受ける危険性が増えるだけ。止めておこう。
ではどうするか。
考えろ、ぼく。もうあまり時間はない、はずなのだ。




