武術試験⑤
また少し短いですが、きりのいいところ?で投稿します。
「勝負あり」
三戦目にして、初めてその言葉が聞かれた。
モエ=クルガンと、名も知らぬナンパ男の試験は終わった。
この試験の規定では、勝負がつく条件は二つだけ。
降参か、場外だ。
だから内容はともかく、結果だけはすぐに察しがつくだろう。
ナンパ男の場外敗けで、決着はついたのた。
なにがあったのか? 説明しよう。
開始の合図と共に、大方誰もが予想した通りに、怒れるモエが先を取った。
魔素による筋力強化を施した脚で、思いきり地面を蹴り、突っ込んだ。
その姿は一瞬だったけれど、猛禽類を彷彿とさせるような、そんなものだった。
対するナンパ男は、薄ら笑いを浮かべながら相対した。まるでそう来ると予想していたかのように。
やつは、その体躯からは想像もつかないような身のこなしで、素早く翻りとモエの突撃を躱した。
それから、隙を見せてがら空きの、モエの脇腹目掛けて剣を振るった。
怪我をさせたら減点だが、それに構う様子もない。
ただその剣先は鈍かった。まあ、ナンパ男の普段の剣先は知らないけれど。
少しばかり、巨大な得物の重さに振り回されている感もあった。
それとも、一応は手加減しようとしているのかな?
なんて考えていたら、瞬きをする間に、モエの姿は消えていた。
――いや、違う。彼女は素早く横に跳んで、攻撃を回避した。
タイミングとしては、ナンパ男の攻撃は完璧だった。
なんの対処も考えていなければ、やや大振りな剣とはいえ、直撃は免れない。
それをモエは躱した。いとも簡単に。
その事実は、さきほど怒り心頭だった彼女では考え難い。ではどうしてか?
モエは怒り狂っていたわけではない。
ナンパ男の油断と大振りを誘うため、ふりをしていたのだ。彼女は冷静だった。
「――あんたにいくつか助言をしてあげるわ。感謝なさい、モエ=クルガンの授業料は高いのよ?」
巨大な剣に身体を振り回されて、ナンパ男はややよろめいていた。
この上ない反撃の機会。でもモエは手を出さなかった。
口元に人差し指を当てて、助言をすると言った。
ナンパ男は驚いた顔をして、モエを見ている。
「あんたの敗因は、まずその剣。
そもそもあんた、本当は弓師でしょう? 図体の割に、剣を振るための下半身の筋肉が追い付いていなかった。だから剣は大振りで、隙が出る。あんたは、その剣を渡されたときから、その剣に制限を受けたのよ。『この剣で戦わなければいけない』て。さっさとそんな分不相応な得物なんて棄てて、拳で戦えば、もう少しいい勝負になったかもしれない――これが第一の敗因」
うん、まだ勝っていないけれどね。
ただモエの言葉に、ぼくも、周りの受験生も、ナンパ男も聞き入っている。
「第二に、魔素の使い方が下手すぎ。たぶん『魔力』の能力は高いんでしょうけど、使い方がなってない。筋力強化自体は上手くても、魔素の動きは駄々漏れよ。それじゃあ相手に『次はどういう動きをします』て教えているようなものね。
魔素は押さえつけて使うものではなく、共にあるもの。可学の基本よ。8歳で習う。
それができていないあんたは、魔術師じゃない、ただの手品師よ」
そして。とモエは加えた。
「第三。これが一番の敗因。特別に教えてあげるわ。
――あんたは、あたしを怒らせた」
「うおおおおっ!」
言い終わるが早いか、ナンパ男は雄叫びを上げ、顔を真っ赤に染めながら、モエに斬りかかった。
図星だったのだろう。第一、第二の敗因てやつが。
だけどそれを認めて改めるようなことはできない。きっと意地というか、矜持というか、そんなものが彼にもあるのだ。
だから、指摘されたにも関わらず、分不相応な巨大な剣を棄てることはしない。モエの言葉を認めることになるし。
なにより。それは、このままでは逆立ちしたって勝てない、と認めるようなものだから。
ナンパ男は大きく剣を振りかぶって、モエに走り寄る。
筋力強化を使っているのだろう、体躯では想像もつかない速さだ。
まるで虎か獅子。
でもモエは涼しい顔をして、動じることはない。小太刀も構えない。
やがてナンパ男が間合いに入り、いや、些か入りすぎか。あれでは懐に潜り込んでこい、と言っているようなものだ。
でもモエはすぐに動かない。ようやく動いたのは、大きな剣が振り下ろされたときだった。
モエは一気に懐に入り込んだ。と思うと、ナンパ男の太い腕と、胸倉をがっちり掴む。
そう、あれだ。相手の攻撃体制の、体重やら速度やらを利用して、自分の武器とする体術。
前世で言うところの柔道、そして、その一本背負いてやつだった。
「でええい!」
モエの気合の一声と共に、ナンパ男の大きな体躯は宙を舞った。いくらなんでも、舞いすぎだ。モエも筋力強化はしていたのだろう。
そしてナンパ男は、ほとんど呆然と、為されるがままに跳び――二立寸ほど離れた、場外に背中から落ちた。
弾っと凄い音がした。受け身も満足に取っていない。
だから、きっと内臓が口から出てしまうような、大変な苦しみと痛みが彼を襲っているだろう。
ナンパ男は悶絶し、声にならない声を出して、場外を転げ回っていた。
そうして、にこやかな顔の試験官の、勝負あり、の声があったというわけだった。
うん。予想はしていたけれど、モエ。君って強すぎじゃない?
剣術の試験で、一度も剣を振るってないけどさ。