表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/85

武術試験⑤

また少し短いですが、きりのいいところ?で投稿します。


「勝負あり」


 三戦目にして、初めてその言葉が聞かれた。

 モエ=クルガンと、名も知らぬナンパ男の試験は終わった。

 この試験の規定(ルロウ)では、勝負がつく条件は二つだけ。

 降参か、場外だ。

 だから内容はともかく、結果だけはすぐに察しがつくだろう。

 ナンパ男の場外敗けで、決着はついたのた。




 なにがあったのか? 説明しよう。

 開始の合図と共に、大方誰もが予想した通りに、怒れるモエが先を取った。

 魔素(エーテル)による筋力強化を施した脚で、思いきり地面を蹴り、突っ込んだ。

 その姿は一瞬だったけれど、猛禽類を彷彿とさせるような、そんなものだった。

 対するナンパ男は、薄ら笑いを浮かべながら相対した。まるでそう来ると予想していたかのように。

 やつは、その体躯からは想像もつかないような身のこなしで、素早く(ひら)りとモエの突撃を躱した。

 それから、隙を見せてがら空きの、モエの脇腹目掛けて剣を振るった。

 怪我をさせたら減点だが、それに構う様子もない。

 ただその剣先は鈍かった。まあ、ナンパ男の普段の剣先は知らないけれど。

 少しばかり、巨大な得物の重さに振り回されている感もあった。

 それとも、一応は手加減しようとしているのかな?


 なんて考えていたら、瞬きをする間に、モエの姿は消えていた。

 ――いや、違う。彼女は素早く横に跳んで、攻撃を回避した。

 タイミングとしては、ナンパ男の攻撃は完璧だった。

 なんの対処も考えていなければ、やや大振りな剣とはいえ、直撃は免れない。

 それをモエは躱した。いとも簡単に。

 その事実は、さきほど怒り心頭だった彼女では考え難い。ではどうしてか?

 モエは怒り狂っていたわけではない。

 ナンパ男の油断と大振りを誘うため、ふり(・・)をしていたのだ。彼女は冷静(クール)だった。


「――あんたにいくつか助言をしてあげるわ。感謝なさい、モエ=クルガンの授業料は高いのよ?」


 巨大な剣に身体を振り回されて、ナンパ男はややよろめいていた。

 この上ない反撃の機会。でもモエは手を出さなかった。

 口元に人差し指を当てて、助言をすると言った。

 ナンパ男は驚いた顔をして、モエを見ている。


「あんたの敗因は、まずその剣。

 そもそもあんた、本当は弓師(アーテリ)でしょう? 図体の割に、剣を振るための下半身の筋肉が追い付いていなかった。だから剣は大振りで、隙が出る。あんたは、その剣を渡されたときから、その剣に制限を受けたのよ。『この剣で戦わなければいけない』て。さっさとそんな分不相応な得物なんて棄てて、拳で戦えば、もう少しいい勝負になったかもしれない――これが第一の敗因」


 うん、まだ勝っていないけれどね。

 ただモエの言葉に、ぼくも、周りの受験生も、ナンパ男も聞き入っている。


「第二に、魔素(エーテル)の使い方が下手すぎ。たぶん『魔力』の能力(ステイタス)は高いんでしょうけど、使い方がなってない。筋力強化自体は上手くても、魔素の動きは駄々漏れよ。それじゃあ相手に『次はどういう動きをします』て教えているようなものね。

 魔素は押さえつけて使うものではなく、共にあるもの(・・・・・)可学(カガク)の基本よ。8歳で習う。

 それができていないあんたは、魔術師(エーテリスト)じゃない、ただの手品師(マジシヤン)よ」


 そして。とモエは加えた。


「第三。これが一番の敗因。特別に教えてあげるわ。

 ――あんたは、あたしを怒らせた(・・・・)

「うおおおおっ!」


 言い終わるが早いか、ナンパ男は雄叫びを上げ、顔を真っ赤に染めながら、モエに斬りかかった。

 図星だったのだろう。第一、第二の敗因てやつが。

 だけどそれを認めて改めるようなことはできない。きっと意地というか、矜持というか、そんなものが彼にもあるのだ。

 だから、指摘されたにも関わらず、分不相応な巨大な剣を棄てることはしない。モエの言葉を認めることになるし。

 なにより。それは、このままでは逆立ちしたって勝てない、と認めるようなものだから。


 ナンパ男は大きく剣を振りかぶって、モエに走り寄る。

 筋力強化を使っているのだろう、体躯では想像もつかない速さだ。

 まるで虎か獅子。

 でもモエは涼しい顔をして、動じることはない。小太刀も構えない。

 やがてナンパ男が間合いに入り、いや、些か入りすぎか。あれでは懐に潜り込んでこい、と言っているようなものだ。

 でもモエはすぐに動かない。ようやく動いたのは、大きな剣が振り下ろされたときだった。

 モエは一気に懐に入り込んだ。と思うと、ナンパ男の太い腕と、胸倉をがっちり掴む。

 そう、あれだ。相手の攻撃体制の、体重やら速度やらを利用して、自分の武器とする体術。

 前世で言うところの柔道、そして、その一本背負いてやつだった。


「でええい!」


 モエの気合の一声と共に、ナンパ男の大きな体躯は宙を舞った。いくらなんでも、舞いすぎだ。モエも筋力強化はしていたのだろう。

 そしてナンパ男は、ほとんど呆然と、為されるがままに跳び――二立寸(リーチ)ほど離れた、場外に背中から落ちた。

 (だん)っと凄い音がした。受け身も満足に取っていない。

 だから、きっと内臓が口から出てしまうような、大変な苦しみと痛みが彼を襲っているだろう。

 ナンパ男は悶絶し、声にならない声を出して、場外を転げ回っていた。

 

 そうして、にこやかな顔の試験官の、勝負あり、の声があったというわけだった。


 うん。予想はしていたけれど、モエ。君って強すぎじゃない?

 剣術の試験で、一度も剣を振るってないけどさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ