武術試験④
早速だけれど、前言を撤回しよう。
どの前言か? 『知り合い同士の試験はしない』てやつだ。
ぼくら三人には、とりわけモエには、知り合いがもうひとりいた。
いままで姿を見なかった気がするが、どこにいたんだろう。あんなに目立つ髪型なのに。
それをアキに言ったら、呆れ顔で、
「ずっと私たちの後ろにいたではないか。気付かなかったのか?」
そんな返事があった。
はい、すいません、気が付きませんでした。
それにしても、モエは災難だなあ。こんなに何度も絡むことになるとは。
いや、もしかしたら。勝ち気な彼女のことだ。憂さ晴らしができると内心ではほくそ笑んでいるかもしれない。
ん? 結局モエの相手は誰かって?
説明するまでもないよね、あいつだよあいつ。
名前は知らないけど、世紀末ぽい、頭の悪そうなナンパ男だ。
「へへへ」
「――大事な試験の前に、下品な目で見ないでくれる?」
闘技場の上に並んだ二人は、案の定剣呑な雰囲気だった。
特にモエが。いまにも飛び掛からんばかりの憤り様である。
既に周囲の魔素は彼女に集められ、体内に取り込まれていった。
肉体強化をしているのだ。
「俺に興味がないと思わせておいて、なんだ、嬢ちゃんはあんなちんちくりんがお好みだったのか」
「――――」
「あんなやつ、俺の俺様より小さいんじゃないか?」
む。あの世紀末頭、本当に失礼だな。
ぼくらのいる場所と闘技場とはちょっと離れているけれど、二人の会話は聞こえている。
それだけ周りが静かで、世紀末野郎の声が大きいということだ。
「――あんたって、本当に下品ね」
一度、相手の言葉を無視したモエだったけれども、次に続く言葉には反応した。
ぼくがいるのは彼らの後方。
だから声は聞こえても、表情までは伺い知れない。
でも、顔を見なくても解る。
モエはきっと、顔を真っ赤にさせて、怒っている。
「なあ、試験が終わったら、俺といいことして遊ぼうぜ? あんなちんちくりんじゃあ、お嬢ちゃんも楽しめないだろう」
「だれが、あんたとなんか!」
いや、分かっている。
たぶんこれは、世紀末頭の作戦なんだ。
私語禁止ではないから、別に何を喋ろうが勝手。
試験相手が知り合いならば、わざと神経を逆撫でする言葉を吐いて、冷静さを失わせる。
戦場でも、罵声を浴びせて相手の行動を誘発する、なんてのは前世では見たことのある話だ。
だから内容はどうあれ、作戦に文句は付けられない。たとえ試験開始前であっても。その証拠に、
「では、二人の使用する木剣をお渡しします」
幼い試験官は、特に注意することもなく、にこにことした表情で告げるだけだ。
前世だったらセクハラですよ? 注意くらいしてあげたらどうですかねえ?
なんて思うけど、そんな概念はいまの世界にはないようだった。
「はい。これで試験を行ってください」
試験官は、手に取った木剣をまずナンパ男に渡す。
剣とは言い難いその形状は、さながらマグロのようである。
重厚長大、とはまさにこれ。普通だったら、一振りするだけで大変そうな代物だ。
対してモエに手渡されたのは、それとは対称的に、小太刀のように小さいもの。
うーん。なにが渡されても文句は言えない。そういう規定だから。
でもさ、あの幼い試験官、思いきり箱の中身を見ながら木剣を選んでいたよね?
ダウーさんだって、中を見ないように無作為に選んでいたのに。
そのときぼくは確信した。
あの試験官が誰とは知らないけれど。
性格だけは絶対に悪いと。
「はっはあ! こりゃいいや。俺は俺らしくでかい獲物。嬢ちゃんは嬢ちゃんらしく、小さい獲物だ! よかったじゃないか」
「うるっさい!」
「武器を確認したら、両者位置について下さい」
下品に笑う世紀末男と、顔を真っ赤にさせて怒り狂うモエ。あと相変わらず笑顔でいる幼い試験官。
あまりにも不釣り合いな三人が、闘技場に立つ。
さあ、これからモエの試験の開始だ。
「モエ。冷静に行け!」
と、アキが叫んだ。別に見守る受験生も私語は禁止されていないから、応援もありなのだろう。
だったらぼくも、声を掛けておいた方がいいかな?
――なんか、ナンパ男に揚げ足を取られそうだけど。
「噂に訊くベースライン様も、あんなだとはな。まあ、嬢ちゃんの好みには合っているか?
――なあ、もしかして嬢ちゃん。女の子が好きなのか? この俺様がいくら誘っても靡かないていうのは、そういうことなのか?
それじゃあいけない。俺が正しい恋愛というのを教えてやろう」
ぼくが声をあげようとしたら、先に世紀末頭が、そう口にした。
やつは馬鹿でかい冷凍マグロみたいな剣をゆっくりと構えながら、下品な笑い顔はそのままに、臨戦態勢を取る。
「――あんたは、絶対に許さない」
うん。ぼくだって馬鹿にされるのは癪だけれども、まだいい、我慢できる。しかし、友人家族を馬鹿にされるのだけは、我慢ならない。
発言がぼくだけでなくアキに及んだとあって、モエはもう怒り心頭の様相だ。
顔を赤くして、身体は怒りのあまりぷるぷると震えている。
冷静さを失わせて、相手の行動を縛り、自身に有利な結果を導く――いまのところ、ナンパ男の作戦勝ちなのだろうか。
「では、3分間の試験です。悔いのないように。はじめ」
試験官の合図と共に、試験は開始となった。
先に言ってしまうと、勝敗は一瞬で着いた。そりゃもう、応援をする暇なんてないくらい、あっという間だった。
どちらが勝ったか?
言わなくてもわかるでしょう?
ああいう下品で金髪でモヒカンな頭をしたナンパ男は、瞬殺されるのがお決りだ。




