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武術試験①


 結局のところ、食堂なんて気の利いたところは見つからなかった。

 ただ、購買部みたいなところをアキが発見して、そこでいつもの――具の何も入っていないパンを買って食べた。休憩室みたいなところで。

 食べるところも、食べるものろくにもないなんて。そんな大学校の試験、あるだろうか?

 事前に分かっていれば、ぼくもアキもモエも、お弁当持参で来ていたよ。作る場所も買う場所もなかったけれど。

 そんなぼくにとって当たり前の不満を口にしたら、アキに嗜められた。


「この受験では、より実践に近い環境を想定して試験が行われると聞いている。有事はいつ起こるか判らないからな。戦いは昼も夜も行われる。食事が満足にできなかったからといって、敵に手加減して下さい、とは言えないだろう?

 戦争だけではない。農業でも建築でも商会でも、不測の事態は突然に訪れる。

 ――君は医者志望だったか。なら君は、空腹だからと言って、死の病に冒された患者を見捨てるのか? 空腹だから、大事な手術で失敗しても許されるのか? 違うだろう?」


 うん、長々とありがとうございます。

 この世界の大学校とやらは、前世と違い、常に万全の状態というのを排してくる。

 ベストコンディションを創らせないように、あれこれと無茶なスケジュールを組んで、ぼくら受験生を追い詰めているのだ。

 そういう状況の下で、いかによりよい成績を出せるか。それを計っている。

 前世の世界だったら、即座にクレームものだよ。PTAに抗議される。


「あたしもお父様から、ここの受験に関しては色々と聞いていたけれど、食事のことなんて聞いていなかったなあ。

 まあ、お腹空いているからって、自分の実力を発揮できないなんて、そんな柔な鍛練はしてないわ。パンをひとつ食べられただけで、儲けものよ」


 モエも涼しい顔をして言っていた。

 二人ともぼくとは違って、いいところのお嬢様だ。当然大学校を志望するのなら、それ相応の訓練を積んできたのだろう。

 農家のぼくが、いま一番にお腹を空かせているって状況、どうなの?

 そりゃうちだって、食事の一食や二食を抜くことはあったよ。

 ここ数年は豊作だったけど、7年前の不作のときは、思った収入がなくて、父も母もぼくも、昼御飯なし! 夕食は具のないスープだけ! みたいのは経験した。

 それ以来は、ほとんどなかったけれど。


(にしても、長いな、待ち時間)


 ぼくは節操もなく声を上げようとする腹の虫を抑えながら、次なる試験の待合い室で嘆息する。

 いや、待合い室という表現はやや誤謬があるか?

 なにせ広い。前世での体育館みたいだ。

 そこにずらっと椅子が並べてある。待合い室兼試験場といったところになるのだろうか?

 ぼくが(しつら)えてある体育館みたいに広い部屋の、大きな時計を見ると、既に時刻は12:58。とっくに武術試験が始まっている時間のはずだ。

 でも呼び出しはかからない。受験生の誰もが、ただ静かに椅子に座ってそのときを待っている。


 ちなみに何故か、また三人とも同じ試験を、同じ会場で受けることになった。

 アキは剣での試験になにも言及しなかった。ただ綺麗に整った眉を、わずかばかり歪ませただけ。

 対してモエは『ええー。剣かあ。槍の方が良かったなあ』なんて感想を漏らしていた。

 この武術試験、完全にランダムで、どれに当たるかは運次第。らしい。

 ただ、広ーい待合い室の、どんどんと後からやって来る受験生を数えていると、何か意図があるのではないかと思う。

 だって、ざっと見て500人はいるんだよ?

 紙に『A会場』と書いてあるところを見ると、たぶんB会場もC会場もあるはずなのに。

 何人受験しているのか知らないけどさ。それでここまで大人数になるって、どうなの?


 ぼくが頭を捻っているときも、周りには(しん)とした空気が漂っていた。

 勿論、ぼくら三人は並んで椅子に座っている。

 椅子に受験番号が指定されているわけではなかったから、知り合い同士、近くに集まるのは当然だ。

 ただ、三人ともなにも喋らない。

 お話好きそうなモエも、いまは黙って、時計と、次々やってくる受験生の姿を見ていた。大体、ぼくと一緒の行動だ。

 対してアキは、背筋を伸ばして、顎をひいた(しゃん)とした姿勢で座っている。

 集中力を高めているのか、目を瞑っていて、微動だにしない。

 ――寝ているんじゃないの?

 ぼくはそう思ったが、確かめようはない。アキが座っているのは、モエを挟んで右側だ。

 前世なら、肩を叩いたり、脇をくすぐってやるところなんだけれど。さすがに、この空気ではやれないよねえ。


 ちなみに、なんでみんな黙っているのかと言うと。

 広い待合い室の至るところに、でっかく『私語厳禁 飲食禁止』て掲示されているからだ。

 そんなのがあるのに、おしゃべりするやつはいない。空腹だからと弁当を掻っ込むやつもいなかった。

 軍隊かなにか? まあ、国は戦争がしたいから。戦争に勝って、相手の国を統治したいから、優秀な人材を集めているのだろう。

 ならばこういう場でも、規律正しくできる人材を見極めているのかもしれない。

 ――ちょっと。いやだいぶ、やりすぎだと思うけれど。




「待たせた。これより武術試験の説明をする」


 時刻が13時になったところで、ようやく試験官が現れた。

 黒髪の青年。痩せ型。身長はぼくより頭ひとつと半分くらい高そう。歳は20代後半といったところか。

 ぼくの座っている場所と、彼の立つ場所は結構離れていて、それ以上の情報は見て取れない。

 ただなんとなく、優しそうな、武術とは無関係な、そんな印象のある試験官だった。


「なっ――」


 ただその姿が現れたときに、『私語厳禁』にも関わらず、それまで瞑目していたアキが、小さく声を上げた。

 ちらりと視線を向けると、驚きの表情をしていた。

 モエも訝しんで彼女を見ている。

 『なにかあった?』『あのひとと知り合い?』ていう質問を投げ掛けたいけれど、いまこの場では、できなかった。


「試験は六つの闘技場(ステイジ)で行う。それぞれに受験番号が掲示されるから、それを確認して、各闘技場で点呼を待て。番号を呼ばれた二人は、闘技場に入り、合図を以て試験開始だ」


 アキは最初こそ驚いた顔を見せていたけれど、すぐに元通りの真剣な表情に戻った。説明に聞き入っている。

 さっきのは、なんだったのかな?


「試験時間は3分。その間に、諸君は全力を尽くして、相手と剣を交えること。それが試験内容だ。

 ただいくつかの規程(ルロゥ)は設けさせてもらう。

 一、武器はこちらが用意する。

 試験官が試験開始前に、それぞれに木剣を渡すから、それを使用すること。大きさ、長さ、重さ、どれもばらばらだが、交換は認めない。あくまでこちらが用意したものそのままを使ってくれ。

 二、魔術(エーテル)の使用は、己の肉体補強にのみ使用可能とする。これは武術(・・)試験だから、魔術での攻撃は一切認めない。

 代わりに、三、体術の使用は可とする。

 肉体強化をした上で攻撃をしてもらっても構わない。

 四、相手に怪我を負わせてはならない。また、怪我を負ってはならない。

 これが一番に重要な規程だ。これが守られなくとも失格とはならないが、怪我を負わせた方、負った方は、双方とも減点とする。怪我を負った受験生は、必ずその試験の直後に、試験官に申し出ること」


 ううむ。ルール自体は難しくないけれど、最後の怪我を負わせるな、負うな、というのは厄介かな?

 傷を付けずに勝つ、て、結構大変だと思うんだ。

 木剣だから殺傷能力は低いけど、それなりの速さで打ち込んだら、打撲くらいはするよね。

 当たり処が悪ければ、最悪には死ぬことだってある。まあ、それはよっぽどだろうけど。


「勝敗の基準は、降参か場外だ。

 当然だが、勝ったものには、高い採点が付けられる」


 ううううむ。これも厄介だ。

 こんな人生に一度しかない機会で、いくら実力がかけ離れているとはいえ、降参なんてしないよね。

 『武器を取り落としたら負け』と言っていない以上は、剣を落とされても、玉砕覚悟で体術に持ち込むだろう。

 だから確実に勝つのには、場外にさせること。

 いまの段階では闘技場がどの程度の広さか判らないから、なんとも言えないけど、とにかく勝負を決するに一番手っ取り早いのは、相手を叩き出すことだ。

 ――相手も自分も無傷でなんて、そんなこと可能なのかな?

 考えれば考えるほど、無茶なルールに思えてきたよ。


 隣をちらりと見てみると、アキもモエも、ぼくと同じく思案顔だ。

 どういう試合運びをすればいいのか、考えているのだろう。


「――試験内容については以上だ。

 だが、忠告をしておく。諸君なら察しがついているかと思うが、この試験はより実戦を、有事を想定したものだ。軍士官になるにしても、学者になるにしても、あらゆる場面で突然に制約は発生する。将来のその際に、諸君がどう行動しどう結果を出すのかを、私たちは判定し、採点をする。勝つにも勝ち方、負けにも負け方がある。

 前の試験でも聴いたとは思うが、今一度言う。

 私たちは、いま優秀な人材ばかりが欲しいわけではない。

 将来を期待できる人材が欲しいのだ。それだけは忘れるな」


 そこで青年試験官の説明は終わり。

 と、同時に『私語厳禁』の掲示が、数人掛かりで剥がされていった。

 おしゃべりしても良いのかな?

 相変わらず『飲食禁止』はそのままだけど。


 受験生はみんな、周りを見渡している。でも、まだ誰ひとり話をするものはいない。

 掲示が外されただけで、『良い』とは言われていないからね。

 様子を見ているのだろう。

 ぼくとしては、この緊張した重苦しい雰囲気から、早く脱却したい。

 あと、鳴り響きそうなお腹の虫を誤魔化すためにも、お話でもして、気を逸らせたいものだ。


「――なんか、厄介ね、この試験。どうやって勝てばいいのかな」


 そう思っていたら、すぐ隣でモエが口火を切った。

 別に周りを窺う風でもなく、掲示が一枚残らず剥がされたところで、口を開いたのだ。


「私も試験の内容について、多少は聞いていたが、こんな規程があるとはな。おそらくは毎年変わっているのだろうが」


 次いでアキが頷きながら答えた。

 それに釣られるように、周囲にも段々と騒々(ざわざわ)とした雰囲気が出てきた。


「場外にすれば良いんじゃないの?」

「簡単に言うな、クリウス。たった二つだけの勝つ条件は、同時に負ける条件がその二つに限られるということだ。それさえ守れば、3分経てば受験は終わる。明確な実力差がない限り、簡単なことではない。

 採点基準が明らかでないからどう結果に影響するか判断がつかないが、格下は引き分けに持ち込もうとするだろう」

「仮に場外にできたとしても、相当に強い力が必要だと思うわ。

怪我をしたら、双方が失点する。弾き飛ばす相手が、それも必死で抵抗しようとする相手が、床に打ち付けられて擦り傷、打ち身をしないように。そんな手加減、クリウスにできる?」


 ううううううむ。

 確かに二人の言う通りだ。この武術試験は、たぶんそもそもが『勝敗』を前提としていない。

 そりゃもちろん、勝てば大きなプラス得点なんだろうけれど。

 でもこの試験で求められているのは、そういう難題を付けられて、どう行動するのか、だ。たぶん。


「まあ考えたところでしようがない。私たちは試験官ではないし、採点基準も判らないのだからな。

 悔いの残らないよう、全力で当たるしかあるまいよ」


 そうだ。アキの言う通りだ。

 確かに規程は大変な無理難題かもしれない。

 でも、だからこそ。後悔のないように、自分のできる限りをやるしかないのだ。


「――それもそうね。色々と考えて、手が縮こまって負けちゃ、元も子もないし。自分を信じて、思いっきりやるしかないわね」


 モエはアキの言葉に、どこか合点がいった風に、自信に満ちた笑顔になった。

 それに対してアキは『うむ』なんて頷いていた。


 そうだ。悩んでいたって仕方がない。

 どうせぼくにできることは、いつだって、前世のような後悔をせず、みんなの役に立てる人間になるように、と全力を出すことだけなんだから。


 ぼくら三人は顔を合わせ、頷き合った。

 それぞれが、全力を出せるように。

 言葉では表さなかったけれど、みんながそう思ったのは、きっと間違いではない。


 さあ。直に試験の開始だ。

 精々、全力で頑張るとしよう。

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