能力測定④
少し短いです。
「――す、凄いじゃないアキ! なに、やっぱり当代はとんでもなく優秀なの!?」
「――そちらこそ。さすがは将軍家の生まれだな。『力』でわたしは、遥かに及ばない」
「で、でも総合力では断然、アキのほうが上じゃないの! 結構自信あったのにな。家族に、『当代ベースラインに食事を奢ってやった』て、自慢しようと思っていたのに」
うん、予想はついていた。
二人とも腫れ物のように、ぼくの結果には触れない。
三人でいるはずなのに、まるで空気のような扱いだ。
――いいんだ、ぼくは空気。空気なのだ。
馬鹿にされるより。変に同情されるよりも、よっぽど空気の方がありがたい。
「し、しかし。クリウスも凄いではないか。『力』も『知性』も『精神』も、とても農家の子息とは思えない」
だっていうのに。
空気に触れようとするひとがいましたよ、ここに。
アキ=ベースライン嬢、その心配りはありがたいけれど、いまのぼくにとっては辛いだけだ。
「そ、そうね! 『力』ではあたしに及ばないけど、他はあたしよりも良いじゃない! 見直した、見直したよ、うん!」
アキの言葉に、ぼくの紙を覗き込んで言うモエ。
先ほどの笑顔をなんとか維持しているようだが、ぼくには見えているよ。頬とこめかみの辺りの筋肉が、ぴくぴくと引きつっているのが。
「あはは――二人とも、やっぱり凄いや。ぼくなんか、到底勝てない。『魔力』が『6』のぼくには――」
ぼくが答えて、また沈黙。
その空気に耐えきれず、周りに視線を移してみると、もうこの部屋には誰も残っていなかった。
いるのは、ぽつんとぼくらだけ。
誰か、この重苦しい雰囲気を、打破してくれるひとはいないだろうか。
「そ」
「そ?」
「そんなわけあるかー‼」
うわっ。
いたよ、沈黙を打ち破る強者が。目の前のモエだったけど。
彼女はぼくの結果の書かれた紙を見て、なにやら考え込んで、また紙を見て。
終いには、色白の綺麗なお顔を真っ赤にさせたかと思うと、突然に叫んだのだ。
「ありえないでしょ! 『魔力』が『6』だなんて! しかも、なに? 『適正職』が魔術師ですって!? こんな戯けた能力測定があるもんですか!
あたし、抗議してくる――!」
「待って待って待って!」
「なによ、クリウス! あんたこんな冗談、受け入れるっていうの?」
ぼくは走り出そうとするモエの手を咄嗟に取って、必死に制止した。
モエが顔を真っ赤にしていたのは、どうやら怒りのためらしい。
彼女にとっては他人ごとのはずなのに、こうまで怒り心頭とは。
もしかしてぼく、なにかフラグ立てていました?
「アキだっておかしいと思うわよね?」
「あ、ああ。先ほども言ったが、私はなんとなくだが、そのひとのステイタスが10以下なのは判る。クリウスがそうとは、にわかに信じられない」
「だよね!?」
そうだ。アキが、ぼくの魔力がこんなに低いだなんて知っていたら、ご飯を賭けて勝負、とは言わない。
出会ってまだ少しの時間しか経っていないけれど、アキがそういうやらしい性格をしていないということは、ぼくにだって判別できる。
だからモエは、ぼくのことを信じて言っているわけではない。
『アキの信じる、ぼくを信じたい』のだ。おそらくは。
だけれど。
「いやいや。抗議なんてだめだよ。通るわけないし。それに、もしもう一回やってみて、また同じ数値だったら、恥の上塗りだ。立ち直れないよ、ぼく」
「でも!」
「要は、このあとの試験でいい結果を出せば良いんでしょう。いままで生きてきて、努力してきた結果を見せつけてやるよ」
今にも走り出しそうなモエの手を取りながら、ぼくは言った。言ってやった。かなり語気を強くして、不敵な笑いを浮かべて。
――鏡がないから分からないけど、こういうときの表情て、これで合ってるよね?
あと、自分で言っておいて、自信はあまりない。
「クリウスがそう言うのなら――」
モエはまだ顔を赤くして、頭に血が昇っているようだった。
でも少しは収まったらしい。
手にも足にも力は入らず、完全に立ち止まっていた。
「それより、ほら。早く行かないと、次の試験になっちゃうよ? さっさとお昼ご飯、食べよう」
それは本当だった。
次の試験の開始は12時。
いまは、時計は11:27を示している。
まだまだ順番を待つ受験生はたくさんいるけれど、本当に時間通り始められるのかな?
それはともかく。時間通りだとしたら、あと30分くらいしかないのだ。
「むう。確かに、腹ペコで試験を受けるわけにもいかないわね。あたしは大丈夫だけど」
「私も一食を抜いただけで落ちるような、精神衰弱ではないが」
「ああ、もう! ぼくがお腹空いたの! 早くなにか食べないと、空腹で死んじゃいそうだよ!」
話を別な方向に進ませようとしても、この二人、なぜかそっちに進んでくれない。
なぜだ。頭が固すぎやしないだろうか。
ぼくが能天気なだけ? そういう考えもできるよね、うん。
「あ。ちょっと、どさくさでなにひとの手を握ってるの、クリウス」
言われて、ぼくは慌てて掴みっ放しの手を離した。
しまったぞ。前世から考えて、およそ二十数年ぶりの、若い女の子の手だった。
もう少し、握り心地を堪能しておけばよかったよ。
「なに残念そうな顔をしてるのかな、クリウス君?」
「あ、いや、あはは」
「なにをしている二人とも。私とて、クリウスを餓死させたくない。早く食事ができる場所を見つけよう」
アキの一声で、ぼくら二人はお互いの顔を見合せ、少しだけ笑った。
先頭にたって進む当代ベースラインの後について、ぼくらも歩き出した。
自信なんてないけれど。
どうにか挽回できるように、頑張らなければ。
先ほどまでの暗い、後ろめたい気持ちはなくなっていた。
三人で会話したことが良かったのだろう。ぼく独りだったなら、いまごろはどうしているのだろうか。
彼女らと知り合えて、本当に良かった。
「ところで、食堂はどちらなんだ?」
先をずんずんと進んでいたアキが、そう言って立ち止まった。
このときぼくらは知らなかった。
ぼくの能力測定の結果を知った彼が、ぼくらの知らない裏方の場所にいたことを。
そして喜びのあまり、にやりと笑みを溢していたことを。