能力測定③
「計測前に軽く説明します。
この器械に、右手の指を全部、記してある通りに入れて下さい。少しばかり気色悪かったり、痛かったりしても、怪我はしないので、決して動かないで下さい。およそ一分で結果が出ます。
お分かりかと思いますが、これは貴重な先史文明の遺産です。くれぐれも、動かないで下さい」
今度は目付きの鋭いお兄さんが、試験官だった。
先ほどの少女(と思わしき試験官)ほどではないが、やや若い感じがする。この大学校の生徒だろうか?
座っていても凄い筋肉をしていると判る、立派な上半身だ。
そしてこれまた、お決まりのようにすらすらと注意の言葉を発する。やっぱり、暗記してるんだよな。
「質問がなければ、指を入れて下さい」
「はい」
ぼくは心臓をばくばくと脈打たせながら、それに指を入れた。
この器械を見るのは初めてではない。三年前、たまたま近所のお兄さんが町で受けるのを見たことがある。
で、これ。どう見てもボーリングの玉なんだよなあ。
ボーリングするにしては、大きさが倍くらいあるけど、形はそっくり。
そして指を入れる穴が5つある。
ほら、子ども用のボーリングの玉があるじゃない。あれあれ。あれを大きくしたやつ。あれにそっくりなんだ。
三年前のとき、お兄さんは入れた瞬間に変な声を上げていた。
感想を聞くと、なんかうねうねしていた、でかい虫の身体の中に手を入れたみたいな感じだった。とのこと。
そんな虫に会ったこともなければ、指を入れたこともないから、いまいちよく理解できなかったけど。
いまならよく判る。
確かに、なんか蠢いている。うねうねする何かが、指先から指の腹の部分にかけて、ぐいぐいと圧迫しながら動いている。
――もしかしてこれ、指紋を取っているんじゃない?
ふと、ぼくは思った。
前世で前科者のぼくは、当然指紋を取られたことがある。
もちろん、前の世界とは全然違うよ。あのときはコピー機みたいなスキャナーみたいな機械に指を押し付けられて、指紋を取った。
だから、違うのかもしれないけれど。
ぼくの頭の中には、消してなくしてしまいたい、あの前の人生での最底辺だったころの自分を、思い返してしまった。
「はい。終わりです。器械の上のところに数値が表示されます。それがあなたの能力です」
ぴー、ていうなんか間抜けな音がして、ぼくの人生初の能力測定は終わった。
そしてたぶん、人生で最後の測定が終わったのだ。
「どれどれ――」
そして計測された数値を見て、ぼくは言葉を失った。
『力』 ~ 94
『魔力』 ~ 6 兆
『知性』 ~ 88
『精神』 ~ 101
『適正職』 ~ 魔術師 115
――終わった。何かが始まったわけでもないのに、ぼくはそう思った。
あれ? ぼくはこれでも、魔力には少しばかり自信があったんだよ? 幼いころから努力して鍛練して、飛竜も一撃なんだよ?
まあ鍛練とか努力とかは、この数値に関係ないんだけどさ。
でも、ちょっと――いやかなり、ショックだ。
これが試験の合否に直接関係ないとは言っても、参考にはするはずだ。
ぼくと同じことができる魔術師がいたとして、どちらか選ばなければならないとなったら、当然数値の高い方を選ぶよね。
だからどう考えても、マイナス要因だ。
ぼくは目の前が暗くなっていくのを感じていた。
――――ん? でも待てよ。
なんか、画面の端っこに、変な文字が表示されている。
どこかで見たことがあるような文字。
なにかの紋様か?
違う。よくよく見ると、それは『兆』であった。
万、億、兆の『兆』だ。しかもこの世界の『兆』を表す文字ではなく、前世の日本語としての、漢字としての『兆』だった。
何度見直しても、目を擦っても、消えたりしない。
あまりのショッキングな出来事に、幻覚でも見えたのか、と考えもしたけれど、どうしたってそれは『兆』だった。
「――この数値はあくまで参考です。喜ぶことも落胆することもありません」
ぼくが凝っとボーリングの玉を見ていると、試験官がそんな言葉をかけてきた。
それもまた、誰にでも言う決まり文句なのだろう。
でもぼくは見逃さなかったぞ。
明らかに、その目は哀れみのものだ。
なまじ他の数値が妙に高いから、逆に悪目立ちする『6』という表示。
先天性の異常を疑われても不思議でない低水準。
いくらこの国が『魔力』の平均が低いとはいえ、滅多にお目にかかれない。
「この数値は、誰かに話しても良いですし、秘匿にして墓まで持っていっても構いません。しかし、この結果であなたの全てが決まるわけではありません。それはお忘れないように。
――次の試験の指示です。時間に遅れないようにお集まり下さい」
やっぱり憐憫の視線をぼくに向けながら、器械から出てきた紙の裏に、なにやら書いて渡してくる試験官。
この国では紙は高価なものなんだけれど、こういうときには惜しまず使うらしい。いまはどうでもいいことか。
ぼくは混乱する頭を抱えたい気持ちでいっぱいにしながら、紙を受け取った。
表面には、さきほど表示されていた能力が記載されている。そこに『兆』という文字はどこにもない。
裏面には手書きで『剣術試験 A会場』と示されていた。
次の試験は剣術らしい。
「ありがとうございました……」
一応そう言って、席を立つ。
元気よく言葉を発するつもりが、語尾は大変に弱々しくなってしまった。
紙を何度見ても、やっぱり『兆』の文字はなかった。
やはり先ほどのあれは見間違いだったのだろうか?
ではぼくはどうやって、これまでの人生で、それなりに強力な魔法を使うことができたのだろう? 強ち、6兆なんて馬鹿げた数値も間違いでないのかもしれない。
うん。物事はいい方向に考えよう。
大体さ、『魔力』が極端に低いのに、『適正職』は魔術師て、どういうことだよ。しかも数値は115なんて。悪い冗談以外の何物でもないじゃないか!
そうだ、そうだよ。この紙の数値は間違いで、ぼくは大変な魔力持ち。そう信じよう。
でもさ、よくよく考えてもごらんよ?
学校のテストをしたとき。返ってきた答案用紙に点数書いてあるでしょ。
そこにさ、『6点』と書かれてあるのと、『6兆点』と書かれてあるの、どっちが冗談だと思う?
「どうだった、結果?」
ぼくがため息を吐きながら、元いた場所に戻ってくると、すでにアキとモエはいた。
さっさと二人で、仲良くどこかへ昼食を取りに行けばいいのに、ぼくのことを待っていたようだ。
賭けの話に乗ってしまった数分前の自分が、大変に悔やまれる。
こちらの結果を知らないモエは、数値が良かったのだろう、随分なにこにこ顔でぼくを出迎えてくれた。
「いや、まあ、それなりに、はい」
ぼくは適当な生返事で相槌を打つ。
気の利いた言葉なんて出ない。
「何度も言っているが、この数値はあくまで参考だ。受験の合否に直接の関係はない。それにこれは人間性を測るものではないぞ。クリウスはクリウスだ。そこはなにも変わらない」
ぼくの落ち込んだ様子を察したのか、心強い言葉を掛けてくるアキ。
凄いよね、やっぱり当代ベースラインは違う。
ぼくだったら、こんなときになんて言葉を掛けていいのか分からない。
「なに、クリなんとか君。そんなに悪かったの? いいじゃない、ご飯を奢らなくて済んだのよ」
モエもそんな慰めを口にした。顔は完全に笑っているけれど。
「いや、まあ、それなりに、はい」
ただ同じ返事を繰り返すぼく。語彙力の低いぼくは、なんて返事をすればいいのか分からない。
「じゃあ、せーの、で見せ合おう!」
「おい、モエ。クリウスの様子が――」
「せーの!」
アキはモエを嗜めようとしていたけれど、一応、手にはすぐ結果の書かれた紙が、すぐ出せるような状態になっていた。
ぼくがこんな様子でなければ、彼女もきっと、このイベントを楽しんでいたに違いない。
「じゃーん!」
いちいちを大袈裟に、嬉しそうにするモエ。彼女が一番先に結果を知らしめた。
『力』 ~ 101
『魔力』 ~ 77
『知性』 ~ 81
『精神』 ~ 80
『適正職』 ~ 軍士官 99
文句なしに凄い数値だった。
特に『力』。さすが将軍家のご息女は、生まれながらにして将軍なのだろう。
あと喜怒哀楽が激しそうな性格が見え隠れしていて、あんまり知的な印象がなかったけれど、他の数値も軒並み高い。
「私はこんな具合だ」
一拍遅れて、アキが紙を差し出す。
『力』 ~ 89
『魔力』 ~ 110
『知性』 ~ 103
『精神』 ~ 107
『適正職』 ~ ベースライン 100
うん、なんかもう、完璧超人かなにか? と思ったね。
かつて人類を助け、導いてきた家系は伊達ではない、と言ったところか。
あと適正職の『ベースライン』てなにさ。それって職業なの?
そして、
「ぼくは、こんな感じ……」
震える手で、ぼくはさらに遅れて、最後に結果を教えた。
「え――」
「むう」
二人の反応?
大体想像はつくと思う。
それぞれの結果を見回したあとで、直前の表情そのままに、固まってしまった。
ぼくら三人の間には、沈とした、静けさが漂っていた。