能力測定①
「――いつまで一緒にいるの、クリ、なんとか君」
「クリウスです。
仕方ないじゃない。教員にこっちだ、て言われて来たんですから」
随分なご挨拶をしてくれたのは、将軍家のご息女であるモエ=クルガン嬢。
ぼくはしかつめらしい表情を隠すことなく、肩を竦めて答えている。
どうやら彼女も、副学長の話の間、ぼくがすぐ前に居ることに気付いてはいたらしい。そんな口振りだ。
気付いているなら、ぼくも話に交ぜてくれれば良かったのに。
――無理か。例のナンパ男の一件から、モエ=クルガンにとってぼくは邪魔者扱いらしい。
「そう敵視するものでもない。クリウス=オルドカームは、こう見えてなかなかの魔術師らしい。飛竜とも戦えるそうだ」
「ええー?」
なんかさ、昨日のギルドといい、彼女らといい、飛竜を過大評価している節がある。
魔物が珍しくない世界で、飛竜だってそんなに稀有というわけじゃない。
道端に突然現れる野良犬や野良猫とまではいかないけれど、野良蛇くらいには、目にすることのできる魔物だ。
ちなみにこのたとえ、この世界では使えない。だって、『猫』という生物がいないんだもん。だからさっきのあれ、『猫撫声』も、みんなに言ったって分からない。発するのは心の中の声でだけだ。
「弓師か魔術師がいれば、飛竜はそんなに強敵というわけではないですよ。ぼくが倒したときも、剣師の方と、槍師の方がいましたし」
「謙遜するな、クリウス=オルドカーム。その二人を、君が助けたのだろう? 一端の魔術師を名乗って、悪いことでもない」
「空飛ぶ相手に、剣と槍だけで相性が悪くて、偶々ぼくが助けることになっただけです。
――それと、なんでぼくは家名まで呼ぶんですか? むず痒いのですが」
いまの話題こそがむず痒いので、ぼくはそう口にした。
当然の疑問だと思う。
前世でもそうだったけれど、ひとをわざわざフルネームで呼ぶというのは、なんだか仲間外れで、外様な印象がある。
まあ、そりゃあ目の前の二人にとって、ぼくは他人様なんだろうけどさ。
ぼくは発言の後で、ベースライン嬢の顔を見る。
と、なんでか知らないが、眉間に皺を寄せて、苦い顔をしていた。
モエ=クルガンは、はあ、と溜め息を吐いていた。
「それはそうだ。私はクリウス=オルドカームからの挨拶を受けていない。名前を知ったのも昨日の一件からであって、直接自己紹介を承った記憶はない」
うわ。確かにそうだ。ぼくは彼女らに名乗りを上げていなかった。
向こうがぼくの名前を知っていたから、なんだか自己紹介をした気になっていた。
明らかにぼくが悪い。
「――大変に不躾で、失礼を致しました。
ぼくはクリウス=オルドカームと申します。東の3の村の、小さな農家の一人息子です。
気軽に、クリウス、クリ坊、クリなんとか君とお呼び下さい」
ぼくは深々と頭を下げて、そりゃあもうこのまま土下座でもせんとばかりに低頭して、自身の非礼を詫びた。
高貴な身分のひとたちに、農民が自己紹介を忘れるなんて、世が世なら打首ものですよ、たぶん。
「ああ、うん、分かった。別に私は君の謝罪が欲しかったわけではない。欲しかったのは自己紹介だけだ。面を上げろ、クリウス」
「あははは! あんたって、なかなか面白いじゃないの」
二人はそれぞれ困った顔と笑い顔になって、ぼくの自己紹介を受けてくれた。
いや、受けてくれたけど、果たして受け容れてくれるかは分からない。
でも掴みはオーケーな気がするな?
「私はアキ=ベースライン。当代ベースラインだが、いまこの場所においては、クリウスと変わらず、ただの受験生だ」
「モエ=クルガン。同じくただの受験生よ。まあここを出ても、将軍家とはいえ末妹だから、大した偉くもないわ。でも、だからといって気安くはしないでね、クリなんとか君」
「えっと、二人はなんとお呼びすればよろしいでしょうか」
「アキ、でいい」
「あたしは好きに任せるわ、クリなんとか君。『モエ』でも『さん』でも『様』でも。あたしも好きに呼ぶから。クリなんとか君」
これにて各々の紹介は終わり。
三人全員が合格するとは限らないけれど、もしぼくが受かれば、学園都市での最初の知り合いだ。
――この出会いは大切にしよう。
ただね、モエ。君、なにがツボにはまったか知らないけどさ、そんなにぼくを呼ぶ度に笑わなくてもいいんじゃない?
「あと、私に対して変な敬語は止めてくれ。さっきも言ったが、ここではお互い受験生だ。上官と部下ではない。そういうのは家の中だけで十分だ」
「分かりまし――分かったよ、アキ。でもアキも、その尊大な話口調、止めてくれる?」
「私のこれは地だ。止めようにも止められない」
「ははあ、随分難儀なもので」
ぼくらがそんな会話をしていると、『次、121から125番。Aの部屋に進め!』なんて声があった。
三人して顔を見合わせたあと、それぞれが持つ番号札に視線を落とす。
番号札は、この待合室に案内されたときに手渡されたものだ。
三人同時にそれを見るということは、お互いにそろそろ順番が来るのだろうか。
「私は128番だ」
「127」
「ぼくは129番。なんだ、みんな近いじゃない。案内されるのは同じ場所かな?」
うーん。こうも出会ったばかりの三人が、続き番号になるものかな。受付の順番だったら、ぼくの方が早かったのだ。ぼくが127番じゃないの、普通?
「うー。緊張してきた」
「モエなら大丈夫だ。心配あるまい。
話を聴けば、クルガン家は代々高名な武術の家系だろう。モエは腕に覚えがあるか」
「そりゃあ、ほとんど生まれたときから、おもちゃは剣とか槍だったけど」
そろそろ自分の番だ、と思い、忘れかけていた緊張感が戻ってきたのだろう。表情を強張らせるモエに、すかさずフォローを入れるアキ。
やはり、偉大なひとは、こういう場面でも動じずにいられるらしい。
ぼくには無理。というかぼくも緊張しているから、早くフォローをして欲しい。
「一番得意になったのは、槍かな。苦手なのは剣。だから、武術試験では槍になるといいけど。アキは?」
「私は弓が得物だ。この体躯だからな、重い武装は苦手だ」
「ぼくは剣。まあ、村でたまたま手に入り易くて、初めての自分の武器だったから愛着が湧いて、そのまま剣を使ってる。他のも使えるけど」
「クリなんとか君には訊いてないよ」
「うわ、ひど!」
言いながらもモエの顔を見ると、必死に笑いを堪えていた。
ねえ、なにがそんなに面白いの? と思うくらいに。
彼女はどうやら、笑いの沸点が低いらしい。
ただ、少しばかり緊張の糸は弛んだようだった。
『126から130番! Cに入れ』
そして遂に呼ばれた。
運命の分かれ道の最初の扉が、開こうとしている。
「なあ、賭けをしないか?」
指示された部屋に向かう僅かな時間。
ぼそりと、アキが言った。
「賭け?」
「ああ。この三人の内で、測定結果の一番優秀だった者が、他の二人に夕食を奢るというものだ」
「なに、それって、アキが奢ってくれるの?」
「私が一番とは決まっていない。計測するまで分からないからな。まあ、勿論一番である自信はあるが」
「なにおー! あたしだって、『力』には自信があるわ! いいじゃない、やってやろうじゃないの」
その提案は、アキの自信を示すもの。聞くひとが聞けば、気分を害しかねない挑発だ。
でもそれは、きっと、彼女なりの『今夜お食事どうですか?』という誘い文句なのだろう。
賭けということにしないと、友だちをお食事にも誘えないのかな、ベースライン家は。
「あの、ぼくはその、お金があんまりないから――」
「クリなんとか君は一番じゃないと思うから、気にしなくて良いわよ。食べたいものだけ考えておきなさい。ぷぷぷ」
「ひど!」
まあお金があんまりないというのは、もちろん二人に比べて持っていない、というだけであって、普通に夕食奢るくらいならできるとは思う。
たださ、父の守銭奴が遺伝したのか分からないけれど、そう言っておけば、この二人ならただ飯にありつけそうじゃない?
ああ、さすが農民の子、我ながら汚い。
あとモエ。遂に堪えきれずに声に出して笑いやがった。ひとの名前で遊ぶんじゃありません。
「では賭けは、一応全員参加だな」
「賭け、でなくて夕食会の参加では?」
「さあ、行くぞ」
ぼくらの前を行っていた126番の受験生が、恐る恐るといった態で扉を開く。
それと同時に話はおしまい。
誰かのごくりという唾を飲む音があった。
緊張はしている。
でもアキが言った通り、能力測定はじたばたしてもしようがない。
精々ぼくにできるのは、きっとうまくいきますように、なんて、全然信じてもいない女神様に祈ることくらいだった。




