表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/85

能力測定①


「――いつまで一緒にいるの、クリ、なんとか君」

「クリウスです。

 仕方ないじゃない。教員にこっちだ、て言われて来たんですから」


 随分なご挨拶(・・・)をしてくれたのは、将軍(ゼネラル)家のご息女であるモエ=クルガン嬢。

 ぼくはしかつめらしい表情を隠すことなく、肩を竦めて答えている。


 どうやら彼女も、副学長の話の間、ぼくがすぐ前に居ることに気付いてはいたらしい。そんな口振りだ。

 気付いているなら、ぼくも話に交ぜてくれれば良かったのに。

 ――無理か。例のナンパ男の一件から、モエ=クルガンにとってぼくは邪魔者扱いらしい。


「そう敵視するものでもない。クリウス=オルドカームは、こう見えて(・・・・・)なかなかの魔術師エーテリストらしい。飛竜(フリイ・エルビス)とも戦えるそうだ」

「ええー?」


 なんかさ、昨日のギルドといい、彼女らといい、飛竜を過大評価している節がある。

 魔物(モンスター)が珍しくない世界で、飛竜だってそんなに稀有(レア)というわけじゃない。

 道端に突然現れる野良犬や野良猫とまではいかないけれど、野良蛇くらいには、目にすることのできる魔物だ。

 ちなみにこのたとえ、この世界では使えない。だって、『猫』という生物がいないんだもん。だからさっきのあれ、『猫撫声』も、みんなに言ったって分からない。発するのは心の中の声でだけだ。


弓師(アーテリ)か魔術師がいれば、飛竜はそんなに強敵というわけではないですよ。ぼくが倒したときも、剣師(ウオリア)の方と、槍師(ランサ)の方がいましたし」

「謙遜するな、クリウス=オルドカーム。その二人を、君が助けたのだろう? 一端(いつぱし)の魔術師を名乗って、悪いことでもない」

「空飛ぶ相手に、剣と槍だけで相性が悪くて、偶々(たまたま)ぼくが助けることになっただけです。

 ――それと、なんでぼくは家名ま(フルネーム)で呼ぶんですか? むず痒いのですが」


 いまの話題こそがむず痒いので、ぼくはそう口にした。

 当然の疑問だと思う。

 前世でもそうだったけれど、ひとをわざわざフルネームで呼ぶというのは、なんだか仲間外れで、外様な印象がある。

 まあ、そりゃあ目の前の二人にとって、ぼくは他人様なんだろうけどさ。


 ぼくは発言の後で、ベースライン嬢の顔を見る。

 と、なんでか知らないが、眉間に皺を寄せて、苦い顔をしていた。

 モエ=クルガンは、はあ、と溜め息を吐いていた。


「それはそうだ。私はクリウス=オルドカームからの挨拶を受けていない。名前を知ったのも昨日の一件からであって、直接自己紹介を承った記憶はない」


 うわ。確かにそうだ。ぼくは彼女らに名乗りを上げていなかった。

 向こうがぼくの名前を知っていたから、なんだか自己紹介をした気になっていた。

 明らかにぼくが悪い。


「――大変に不躾で、失礼を致しました。

 ぼくはクリウス=オルドカームと申します。(トン)の3の村の、小さな農家の一人息子です。

 気軽に、クリウス、クリ坊、クリなんとか君とお呼び下さい」


 ぼくは深々と頭を下げて、そりゃあもうこのまま土下座でもせんとばかりに低頭して、自身の非礼を詫びた。

 高貴な身分のひとたちに、農民が自己紹介を忘れるなんて、世が世なら打首ものですよ、たぶん。


「ああ、うん、分かった。別に私は君の謝罪が欲しかったわけではない。欲しかったのは自己紹介だけだ。(おもて)を上げろ、クリウス」

「あははは! あんたって、なかなか面白いじゃないの」


 二人はそれぞれ困った顔と笑い顔になって、ぼくの自己紹介を受けてくれた。

 いや、受けてくれたけど、果たして受け容れてくれるかは分からない。

 でも掴みはオーケーな気がするな?


「私はアキ=ベースライン。当代(アクタル)ベースラインだが、いまこの場所においては、クリウスと変わらず、ただの受験生だ」

「モエ=クルガン。同じくただの受験生よ。まあここを出ても、将軍家とはいえ末妹だから、大した偉くもないわ。でも、だからといって気安くはしないでね、クリなんとか君」

「えっと、二人はなんとお呼びすればよろしいでしょうか」

「アキ、でいい」

「あたしは好きに任せるわ、クリなんとか君。『モエ』でも『さん』でも『様』でも。あたしも好きに呼ぶから。クリなんとか君」


 これにて各々の紹介は終わり。

 三人全員が合格するとは限らないけれど、もしぼくが受かれば、学園都市での最初の知り合いだ。

 ――この出会いは大切にしよう。

 ただね、モエ。君、なにがツボにはまったか知らないけどさ、そんなにぼくを呼ぶ度に笑わなくてもいいんじゃない?


「あと、私に対して変な敬語は止めてくれ。さっきも言ったが、ここではお互い受験生だ。上官と部下ではない。そういうのは家の中だけで十分だ」

「分かりまし――分かったよ、アキ。でもアキも、その尊大な話口調、止めてくれる?」

「私のこれ(・・)は地だ。止めようにも止められない」

「ははあ、随分難儀なもので」


 ぼくらがそんな会話をしていると、『次、121から125番。Aの部屋に進め!』なんて声があった。

 三人して顔を見合わせたあと、それぞれが持つ番号札に視線を落とす。

 番号札は、この待合室に案内されたときに手渡されたものだ。

 三人同時にそれを見るということは、お互いにそろそろ順番が来るのだろうか。


「私は128番だ」

「127」

「ぼくは129番。なんだ、みんな近いじゃない。案内されるのは同じ場所かな?」


 うーん。こうも出会ったばかりの三人が、続き番号になるものかな。受付の順番だったら、ぼくの方が早かったのだ。ぼくが127番じゃないの、普通?


「うー。緊張してきた」

「モエなら大丈夫だ。心配あるまい。

 話を聴けば、クルガン家は代々高名な武術の家系だろう。モエは腕に覚えがあるか」

「そりゃあ、ほとんど生まれたときから、おもちゃは剣とか槍だったけど」


 そろそろ自分の番だ、と思い、忘れかけていた緊張感が戻ってきたのだろう。表情を強張らせるモエに、すかさずフォローを入れるアキ。

 やはり、偉大なひとは、こういう場面でも動じずにいられるらしい。

 ぼくには無理。というかぼくも緊張しているから、早くフォローをして欲しい。


「一番得意になったのは、槍かな。苦手なのは剣。だから、武術試験では槍になるといいけど。アキは?」

「私は弓が得物だ。この体躯だからな、重い武装は苦手だ」

「ぼくは剣。まあ、村でたまたま手に入り易くて、初めての自分の武器だったから愛着が湧いて、そのまま剣を使ってる。他のも使えるけど」

「クリなんとか君には訊いてないよ」

「うわ、ひど!」


 言いながらもモエの顔を見ると、必死に笑いを堪えていた。

 ねえ、なにがそんなに面白いの? と思うくらいに。

 彼女はどうやら、笑いの沸点が低いらしい。

 ただ、少しばかり緊張の糸は弛んだようだった。


『126から130番! Cに入れ』


 そして遂に呼ばれた。

 運命の分かれ道の最初の扉が、開こうとしている。


「なあ、賭けをしないか?」


 指示された部屋に向かう僅かな時間。

 ぼそりと、アキが言った。


「賭け?」

「ああ。この三人の内で、測定結果の一番優秀だった者が、他の二人に夕食を奢るというものだ」

「なに、それって、アキが奢ってくれるの?」

「私が一番とは決まっていない。計測するまで分からないからな。まあ、勿論一番である自信はあるが」

「なにおー! あたしだって、『力』には自信があるわ! いいじゃない、やってやろうじゃないの」


 その提案は、アキの自信を示すもの。聞くひとが聞けば、気分を害しかねない挑発だ。

 でもそれは、きっと、彼女なりの『今夜お食事どうですか?』という誘い文句なのだろう。

 賭けということにしないと、友だちをお食事にも誘えないのかな、ベースライン家は。


「あの、ぼくはその、お金があんまりないから――」

「クリなんとか君は一番じゃないと思うから、気にしなくて良いわよ。食べたいものだけ考えておきなさい。ぷぷぷ」

「ひど!」


 まあお金があんまりないというのは、もちろん二人に比べて持っていない、というだけであって、普通に夕食奢るくらいならできるとは思う。

 たださ、父の守銭奴が遺伝したのか分からないけれど、そう言っておけば、この二人ならただ飯にありつけそうじゃない?

 ああ、さすが農民の子、我ながら汚い。


 あとモエ。遂に堪えきれずに声に出して笑いやがった。ひとの名前で遊ぶんじゃありません。


「では賭けは、一応全員参加だな」

「賭け、でなくて夕食会の参加では?」

「さあ、行くぞ」


 ぼくらの前を行っていた126番の受験生が、恐る恐るといった(てい)で扉を開く。

 それと同時に話はおしまい。

 誰かのごくりという唾を飲む音があった。


 緊張はしている。

 でもアキが言った通り、能力測定はじたばたしてもしようがない。

 精々ぼくにできるのは、きっとうまくいきますように、なんて、全然信じてもいない女神様に祈ることくらいだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ