受験開始のその前に
(能力測定はそう気張るものでもない。能力は、その人間が持って生れた才能を数値にしたものだ。緊張しようがしまいが、結果は変わらない。なら、緊張なんてしない方が良い)
(そうは言っても、やっぱり緊張しちゃうよね。変な数値出たらどうしよう、て)
(この測定はあくまで参考程度だ。全国民は、15歳の冬に、全員が能力測定を受けなければならない。これは誰もが知る法律であり義務だ。私たちは、少しばかり早く、その義務を果たすだけさ。
私は教員ではないから詳しい査定方法は分からないが、余程10以下の数値が出ない限り、それで不合格になることはない。
才能を計れても、努力は計測できないのだからな)
小声での解説、ありがとうございます、アキ=ベースライン様。
ちなみに、ぼくと当代ベースライン嬢とが話をしているわけではない。
彼女とモエ=クルガンとの会話を、すぐ目の前に座るぼくが盗み聞きしているだけ。
結局あの騒ぎのあと、二人に『横入りだめ、絶対』なんて伝えたら、大人しく無言で前を譲ってくれた。
彼女らの性格からして怒られるかな、とは思ったけれど、そんなことはなかった。
若干、モエ=クルガンの冷たい視線が、背中に突き刺さっていたのを感じたくらいだ。
で。何故か二人は、ぴったりぼくの後ろにくっついている。
受付のときも、いまこの広い会場で、多数の受験生と一緒に副学長の話を聞いているときも。
まあ、並んだ順番で案内されていたら、当然のことなんだけどね。
そしていまは、『私が副学長のロード=スウォンである』の一言から始まった挨拶を、既に30分は聞いていて。
集中力が切れたモエ=クルガンが、隣にいるベースライン嬢と小声で話をしているのを、盗み聞きしている。それがぼくだ。
ぼくの隣? むさ苦しい髭面のお兄さんだよ。本当に同年代? と疑うくらいの。そんなのとお喋りする趣味は、ぼくにはないねえ。
(そうかもしれないけど。やっぱり、10以下が出たりしないか、心配だよ)
(私も立場上、幼い頃から色んな大人たちと関わってきた。だから、なんとなくそれと判る。君は大丈夫だ)
心配するモエ=クルガンを勇気付けるベースライン様。
女同士の友情は、美しい。まだ出会ったばかりの二人だが。
ちなみに、ぼくは聞いた話でしかないけど、能力10以下のひとというのは、もう見た目からして判断できる状態らしい。
つまり、どこかに先天的な異常がある人間。
不幸にも生まれながら奇形だったら『力』が、脳に異常を持って生まれたら『知性』か『精神』のいずれか、もしくは両方が10以下になる。
事故とか生まれた後の病気では反映されない。
前世でも、実際にあまり見たことはないけれど、そういう生まれながらの病気を持った人はいた。
言い方は大変悪いが、見るからに、て感じの人たちだ。
(ただ、魔力は私でも判断がつかない。余程でない限り、試験に問題ないと思うが)
(確か、ここを卒業した王太子様は、総じて能力測定の結果は悪かった、て噂よね)
(ああ。だがあれは、何者かが流したデマだろう。私は何年か前に、一度お会いする機会を得たが、とても聡明な人物だった。武術の腕前や魔術を使うのは見ていないが――あれで知性が13で、精神が8だったなんて、とても信じられない)
その話も、ぼくは聞いた。村で。ぼくがまだ本当に小さい頃だった。10年くらい前かな?
父曰く、『能力の低い王太子が大学校に入れるとは、金の力か。権力か。どちらにしてもそんなところ、録なものではない』とか言っていた。
王太子様か。当然ぼくのような田舎者は会ったことがない。どんな人相かも分からない。でも、そういう話が出る以上、きっとへんてこなひとなんだろうな、とは思っていた。
(なんだか、アキ、様とお話しできて良かったよ。独りだったら、きっともっと緊張してた)
(アキでいいよ、モエ。私も君と話ができて楽しい)
おや。本格的に友情が芽生えそうですよ、これは。
美女と美少女の友情なんて、絵になるじゃないか。
――まさか後ろを向くわけにもいかないので、ぼくの視線はずっと副学長しか見てないけどさ。
(二人で受かると良いね)
(ああ。きっと二人で合格するよ)
『――――ここ数年は不作続きだったが、今年はたくさんの合格者が出ることを祈る。これから諸君らが受ける試験は、優秀な人材を判定し確保するためのものだ。諸君らがどう戦い、考え、目的を遂行しようとしたか、が問われるのだ。
以上で話は終わりだ。これから能力測定が先ず始まる。教員の指示に従い、行動して欲しい』
ありゃ。半分くらいしか聞いていない内に、話が終わっちゃったよ。
最後に一礼する副学長に合わせて、受験生たちも一礼する。
「さあ、頑張りましょう、アキ!」
「ああ。お互い最善を尽くそう」
立ち上がって伸びをしながら、にこやかに言うモエ=クルガン。それに笑顔で応える、アキ=ベースライン。
いいなあ、ぼくも誰か混ぜてくれないかなあ。筋肉盛々の筋肉だるま以外で。
やがて教員に呼ばれ、順番に次の会場へと向かう受験生たち。
これからようやく受験の開始だ。
ぼくは大きく息を吸って、緊張の空気を飲み込んだ。
ぼくも彼女らと同じく、精々悔いが残らないように、最善を尽くすとしよう。