お受験②
「――これみんな、受験生?」
ぼくはダウーさんたちと学園都市に着いた後、大学校の場所だけ示してもらい、別々に目的地まで向かった。
流石に、これから受験に臨む人間と、試験官が一緒に学舎に入るのはまずいだろう。
だから独りで来たんだけど――あまりの受験生の多さに、ぼくは目を白黒させた。
まだ受付開始まではやや時間があるにも関わらず、大学校の前には、ぱっと見ても500人は集まっている。
ぼくのいる村の人口より絶対に多い。間違いない。
前世の日本では、都会に行けば珍しいものではなかった。
でも、15年ぶりだよ? こんな人集りを見るの。
しかもみんな緊張のためか、殺気だっている様子だし。
ぼくは頬の筋肉を引きつらせながら、みんなと同じく待つことにした。
それにしても。
ぼくは受験生だろう一団の一番後ろについて、人間観察をしているのだが。
(背が低いから、人集りの中に入ると、あんまり周りを見渡せないけれど)
やたらと図体の良いひとが多い。
身長はぼくより高いし、筋肉盛々みたいなひとばかりだ。
なんかさ、この世界では身体を鍛えなければならない、みたいな法律でもあるの? と思うくらいには、みんな図体が良かった。
でも、ぼくのいた村の三分の一程度は、前世でもごく普通の体型だった。
――三分の二は、やっぱり筋肉マンだったけれど。
日常でも何が起こるか分からない世界だから、危機回避のために、身体を鍛えるのは重要なことだとは思う。
けれども、こんなにもみんなして筋骨隆々なのは、どうなの?
あ。ちなみに、弓師や魔術師だからって、ヒョロガリなわけではない。
弓を引くにも力はいる。勢いよく矢を放とうと思えば、当然にしてそれなりの筋力は必要だ。
加えて、相手に一度間合いの内側に入られてしまえば、あとは近接戦闘をするしかない。その際に、軽装でも敵に立ち向かえる武器とはなにか? 己の肉体しかない。
魔術師も同様だ。
魔物は出る、戦争はある。ひとの生き死にが簡単に決まってしまうような世界だから、みんな自分の命を護るために、身体を鍛えているのだ。
じゃあ、ぼくみたいな、ちびっこで筋肉も録に備えていないようなやつはどう見えるのか?
そりゃ簡単。己の研鑽を怠ったやつか、先天的な異常で筋肉が付かないやつ。
学校では絶対に虐められるようなやつだった。
前世の日本のように、弓使いは可憐な少女、魔術師は妖艶な美女、なんて幻想は捨てなければいけないわけだ。
うん、捨てなければいけないんだけど、ちょっとは期待させてもらっても、良かったんじゃないかな。
ぼくがそんなことを考えていると、前方――校舎の入口でなにやら動きがあったようだ。
みんな騒々として、手荷物の鞄をまさぐっている。
背が低くて、なかなか前が見辛いけど。
ぼくは人混みの間から、前方でなにがあったか確認した。
『受付の開始は9時から。受験生は受験票と筆の準備をして待て』
学舎の門扉に、そういう掲示がされていた。
まだ時間はあると思うけど、一応準備はしておくか。
ぼくもみんなに倣って、鞄の中から受験票と筆を取り出した。
そういえば。
この世界と前世の世界での数少ない共通点は、時間だ。
1分は60秒だし、1時間は60分。1日は24時間。
7日で1週間で、5週間で1ヶ月。12ヶ月で1年だ。
なので、1年は420日もある。
詳しく計算したら、ぼくもう前世の世界での二十歳超えてない? と思った。
だからなにが変わるのか、という感じではあるけれど。
「いいじゃないか、嬢ちゃん。試験に受かったら、俺と仲良くしようぜ」
「しつこいわね、あんた。嫌ったら嫌よ」
呆、と受験票と筆を握り締めて、時間が来るのを待っていたら、なにやら後ろでそんな声が聞かれた。
なんだろう、と振り返ってみる。
そこには、頭の悪そうな筋肉だるまのお兄さんと、可憐な美女がいた。
――お兄さんとか美女とか言ってるけど、受験生だったら同い歳なんだよね。なんか、15年もこっちの世界で生きているけれど、そこの感覚はどうにも合わない。
「おいおい、酷えな。昨日あんなに楽しんだじゃないか」
「一緒に晩御飯を食べただけでしょ! 人聞きの悪いことを言わないでよ!」
お兄さんの方は、本当に頭の悪そうな、図体だけが良さそうな、金髪モヒカン頭。なにあれ、世紀末スタイル? 初めて見た。
一方の美女は、筋肉とか汗とか、そういう暑苦しそうなものを排除したかのような、すらりとした体躯をしていた。
髪色は茶。長い髪を一つの三つ編みにしている。
瞳は青だ。肌は透き通る雪のように白い。なにこれ、一目惚れ? 初めて経験した。
――冗談はともかく。
ダウーさんとターヤさんのカップルを見たら、この世界の美的感覚を疑うものなんだけれども。
どうやら、前世での美女の判断基準は、こちらでも当てはまるらしい。
頭の悪そうな男は、執拗に美女に声を掛けていた。
お前受験生だろ、少しは緊張感を持て。なんて言いたくなるくらい、緊張感のない会話を続けている。
「寂しかったんだろ。独りで受験に来て、誰も知り合いもいないし、て昨日言ってたじゃないか。俺が友だちになってやるよ」
「自分の都合の良いように解釈しないでくれる? 昨日は食事の席が混んでいて、あなたのテーブルしか空いていなかったの! それはそこでした単なる世間話! 分からないの!?」
うーん。聞き耳を立てていると、なにこれツンデレてやつ? でも本当にまじで嫌がっているぽいな、美女の方は。
一方の男の方は、昨日にどんな話をしたかは分からないけれど、すっかり『俺に気があるんだろ?』状態。
ナンパは受験が終わってからにしろよ、と思うが、やっぱりあれか。一期一会を大切にする、てやつ?
あ。この世界では、15歳から成人。
なので結婚は15歳からできる。勿論、大学校の在学中に結婚も可能なのだ。
聞いた話なので定かではないけれど、卒業時には全生徒の三分の一は既婚の状態らしい。
そりゃ、将来有望な男女二人だからね。
お互いが大学校生で、お互いの実力を知り合っていれば、まず間違いなく、お金に不自由しない家庭は築けるだろう。
「どうせ今日もあの宿だろう? どうだい、夜は食堂じゃなくて、俺の部屋で一緒に食事をしないか?」
「絶っっっ対に嫌!」
なんか、どんどんとエスカレートしてきた。主に美女の怒りの声が。
ナンパな男の方は至って平静。
にやにやと気色の悪い笑顔でいるけれど、声を荒らげたりしない。まるで気性の荒い猫を宥めるかのような声だ。
見た目からそんな声が出ると、背筋にぞっと寒気が走るけどね。
「もう、嫌だって言ってるでしょ!」
対する美女は、顔を真っ赤にして怒鳴っている。
もはや怒髪衝天てやつだ。
無理もないか。話を聞いていると、二人は一緒の宿で、一緒に出てきた。
宿がどこにあったのかは知らないけれど、学園都市にはないのだから、歩いてすぐに、という距離ではない。
その間を、ずーっと、この頭の悪そうな男と一緒だったと考えると、吐き気すら覚えるね。
ぼくだったら、こんな人混みの中に到着する前に殴り倒しているよ。殴り倒せるか否かはともかくとして。
「いい加減にしなさいよ!」
ああ、美女の方は遂に堪忍袋の緒が切れたようだ。
腰に佩いた剣の柄に、手をかけようとしている。
おいおい。ここで騒ぎを起こしたら、受験の前に失格になっちゃうよ?
なんで誰も助けに入らないんだろ?
――騒ぎに巻き込まれたくないからですか、そうですか。
ぼくだって、こんな痴話喧嘩に首を突っ込みたくないけれど。
相手が美女だっていうのなら仕方ない。
どれ、周りに気付かれないように、男の方に魔法で細工を――
「なんの騒ぎだ?」
そう思って世界に働きかけようとしたところで。
また新しい闖入者である。
声の主は、それはそれは背の高い――たぶんぼくが見てきた中でも群を抜いている――三人の黒服の男たち。の真ん中にちんまりと立っていた。
紅く短く切り揃えられた髪に、冷たい印象のある翡翠色の瞳。身長はたぶんぼくと同じくらいだろうけど、どこか威圧とか威厳とかを思わせる声色。
そこには、昨晩にギルドでちらりと見掛けた少女がいた。