お受験①
また説明文?長いです。
「じゃあ、試験の初日は能力検査と武術試験。二日目に魔術試験とあって、最終日に学力試験、なんですね」
「そうだ」
本当に朝早くから迎えに来てくれたダウーさんとターヤさんに連れられ、ぼくらはいま、のんびりと大学校への道を歩いている。
綺麗に石畳で舗装された街道は、前世でも類を見ないほどの美しさだ。
道に敷き詰められた石のひとつひとつは大きさも疎らだけど、なにせ表面がつるつるとしている。
まるで王都の全ての道が、大理石の床のようだ。
どうやって切り出して、どうやって研磨して、どうやって敷き詰たのか。
この世界、まじで分からん。
「なんかそれ、釣り合いが悪いような――初日だけきつくないですか?」
「否定はしない。だが、王国は少しでも優秀な人材を求めている。故に、無茶な試験日程になっているのだ。告知されているだけ、有情だ」
「えっと、どういうことですか?」
ダウーさんの説明は簡素すぎて、さっぱり判らない。
優秀な人材を集めたいのなら、そのひとの最大限の能力を測るために、もっとバランスの取れた試験日程にするのではないか。
魔術試験なんて、聞いた話によると、ものの数分で結果が出る。
それだけで一日を使う必要はないだろう。最初に受けちゃったひとは、そのあと一日、手持無沙汰だ。
四日間に伸ばして一日一試験とか、まとめて二日間でもいい気がする。
「もう、ダウーは口下手なんだから。
確かに初日は結構体力的にはきついわね。能力検査は、測定する魔石の数が限られているから、すごく時間がかかるの。待っているだけで退屈よ。その間も緊張しっぱなしだし。早く終わっても、待合室で待たされるの。運動禁止、じっと座っていなきゃいけない」
「うへえ」
「武術試験は、個人の技術を器械で測定なんてできないから、対戦形式で試合をするのよ。剣と槍と弓に別れて。ちなみに、どの武器で試験を受けさせられるかは分からない。
で、一組3分の試合を行って、終了。受験者は何千人もいるはずだから、ここでもかなり待機時間があるわね」
うーん。なんだか心配になってきた。
大体の予想はしていたけれど、かなりな長丁場になりそうだ。
夜までには、終わるよね? きっと。
「国が求めるのは、『どんなときでも実力を発揮できる人材』。いざ戦争になれば、昼夜は関係ない。寝ているときの奇襲だってあるし、怪我をしていても戦わなきゃいけないときもある。戦闘が長引けば、それこそ何時間も休みなく剣を握っているのよ?
この程度の試験で音を上げて、実力を出せない人材は要らない、てわけ」
ターヤさん、長々とご説明ありがとうございます。
つまりぼくの考えた『いつもベストな状態で』の逆の発想だ。
たとえ寝不足だろうが疲れていようが、有事は突然起こる。
そのときにいかに万全に近い能力を見せられるか、国は知りたいわけだ。
「――というのは建前で、実際は採点作業が大変だから、という説もある」
ターヤさんの説明のあとですぐに、ダウーさんが付け加えてくれた。
まあそれもそうか。
二人も試験官はするかもしれないが、採点員はやらないようだ。
実際に何人で採点するか分からないから、そんな憶測が出るのも無理はない。
――というか、きっとそれが一番の要因なんだろうなあ。
「とにかく今日が山場だ。気合を入れすぎると保たないから、適度に気を抜いていけ」
「受験の話は、私が受けた五年前のものだから、ちょっと変わっているかもしれないわ」
「わかりました。ありがとうございます」
ぼくは視線を、段々と近付いてくる学園都市に向けた。
都市というだけあって、まだ距離は離れているはずだけれど、その偉容は感じられた。
海沿いに建設されたそこは、正式には学園都市ウィズダムを名称とする。現国王の祖とされる人物の名に因んでいるとのこと。
智恵を冠するなんて、大仰だ。
いや、元いた日本でも似たようなものか。
智君とか美智子ちゃんとか、同級生にいたもんね。
名前はさておいて。
ウィズダムの外観は物々しい。
周囲をぐるりと高い壁に囲まれている。
王都には、外壁なんてなかった。
遠いから人数までは分からないが、壁の上には見張りの兵士ぽい姿が微かに見受けられた。
都市の向こう側は海のはずだ。でもたぶん、海沿いにも高い壁は設えてあるのたろう。
なぜそんなに頑強な造りなのか? 魔物でも襲ってくるのか?
答えは簡単。
あそこは、学園都市にして要塞なのだ。国防のための。
前にも述べたが、この国は戦争がしたい。というか、戦争中だ。
海の向こうにある、敵国發。
そこからの攻撃を防衛するため、また進攻するための基地。それが王立大学校を擁する都市ウィズダムというわけだ。
え? 学生が住んでいるのに、そんな物騒で良いのか?
それについては、議論が別れるところらしい。ぼくはほとんど村から出たことがなかったから、実際に議論を目の当たりにしたわけじゃないけれど。
そりゃあ親御さんからすれば、気が気ではいられないだろう。
ではどうして? それについても答えは簡単だ。
OJTという言葉が前世ではあった。オンザジョブトレーニングてやつ。
大学校とは、国の役に立つ人材を育てる場所であると共に、訓練施設でもある。
卒業して士官になって、即戦闘、即前線! でも実戦初めてで、怖くて戦えません、では話にならない。
あ。ついダウーさんたちが戦争の話をしていたから、みんな騎士団に入る、みたいな雰囲気で考えちゃってるけど、違うから。
ぼくみたいな医者志望でも、OJTはきちんと用意されているらしい。
戦場のすぐ近くだからね、患者には事欠かないよね。
外科医ばっかり多くなりそうだけど。
また、農業林業酪農の一次産業も、製造などの二次産業も、卒業すれぱ即戦力として、将来の経営者候補として送り出されることが多いとのこと。
そりゃあ、全部をOJTしようとすれば、都市が出来上がってしまうのも無理はない。
とはいえ。
全ては受験に合格してからのこと。
ぼくはまだスタートラインにも立っていない。
落ちたら、医者を諦めて、実家の農業を継がなければならないのだ。
いやいや、農家が嫌なわけじゃないけど。
農家だって、みんなの台所を支える尊い仕事なのは、当然分かっているのだからね!
さて、もう学園都市の入口まで目と鼻の先だ。
どう転んでも、前世のように後悔しないように。
みんなのために働くために。
精々、僅かな全力を尽くしてみましょうか。