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いざ王都へ⑥


 ギルドは、それはそれは大きな騒ぎになった。

 ダウーさんとターヤさんを出迎えた受付の初老の男性が、飛竜(フリイ・エルビス)の生首を見て驚きの声を上げたことが発端。

 腰を抜かしそうな勢いだったからなあ。

 でもそれは当然だ。

 魔物(モンスター)も、飛竜もそう珍しい世界ではないけれど。

 市役所に、予告なしで野良犬の生首を持っていったら、誰だって驚くよね?

 それと同じだ。

 ――まあ、予告していても、それはそれとして驚かれたと思う。


「お前たちがやったのか、この飛竜」


 震える声で、受付の男性が問う。

 手には、大きな穴の開いた、飛竜の首があった。

 視線は、ダウーさんとターヤさん、それに自分の手元を行ったり来たりして定まらない。


「俺たち二人だけでは無理だと、考えれば判るはずだ」


 対して、ダウーさんは低い声を出して応えた。

 剣師(ウオリア)槍師(ランサ)では、空を自由に高速で飛ぶ飛竜を倒すことなんて不可能だ。

 それは確かに、普通だったらすぐに判断のつくところだ。

 うん。彼が普通でなかったから、訊いたんじゃないかな?


「では誰が?」

「見れば判るだろ。この少年――クリウス=オルドカームの仕業(てがら)だ」


 うん。見たって判らないと思うんだ、ダウーさん。

 でもそのやり取りに呆気に取られているうちに、ダウーさんはぼくを指差した後に、腕を掴んで、受付の男性の前に立たせた。

 そのときのダウーさんの表情がちらりと見えたけど、それは、なんでか自信満々で、自分の手柄のように誇らしげにしていた。


「彼は私たちの命の恩人。幼く見えるかもしれないけど、強力な魔術師(エーテリスト)なの。少ししたらギルドに登録に来ると思うから、そのときはよろしくね」


 ぼくらの様子を見て苦笑しながら、ターヤさんは男性に付け加えた。

 どうやら彼女の中では、ぼくは大学校受験に当然のように合格するし、当然のようにギルドに来ることになっているらしい。

 実現できるように頑張ればならない、というプレッシャーが増していると思うのですが、それは。


「にわかには信じられないが――取り敢えず、依頼の処理をしよう。待っていてくれ。これ(・・)は借りておくぞ」

「よろしく頼む」


 受付の男性はそう断って、飛竜の首をもって奥の会議室ぽいところに引っ込んだ。

 そりゃあすぐには信じられないだろう。

 ぼくだって、相手がこちらを嘗めて掛かってきてくれたから、一瞬で決着を付けられたのだ。

 ――まあ、あの程度の相手ならば、そう苦戦はしなかっただろうけど。


「すげえな坊主! 本当に魔術師なのか」

「違うだろ間抜け! ありゃダウーのリップサービスだよ」

「しかしまあ、本当に飛竜を倒したのなら、その歳では大したものだ」

「よっしゃ、報酬受け取ったら坊主も入れて宴会だ!」


 うわ。外野(ギャラリー)が集まってきたよ。受付のひとがいなくなった瞬間に。

 しかもみんな酒臭いし。

 ファンタジー世界では、ギルドに酒場は絶対に付属されていなければならない法律でもあるのだろうか。

 外野のむさ苦しいおっさんたちは、ぼくら三人をぐるりと囲んで、騒々(がやがや)と好き放題に囃し立てる。

 それに対してダウーさんは、とても難しい顔をしていた。


「戯け。大事な試験を明日に控えて、呑気に酒など呑めんだろう」

「そうね。疲れていると思うから、クリウスはしっかり休んで、明日に備えてね」

「はい」


 まさか一緒に宴会かと、ちらと不安になったけど、二人はきちんと分別がつく大人らしい。

 前世では、夜の仕事やっていたときに、死ぬほど飲んだ酒だけど、こちらでは未だ一滴すら呑んだことがない。

 法律の問題も当然。でもオルドカーム家の長はあの父親だ。酒なんて嗜好品、出てくるはずがない。

 だから、自分が酒が強いのか弱いのか、全く判らない。

 この世界の酒の味には多少の興味はあるけれど、変に酔っ払って明日に響いたら大変だ。

 ここは大人しく、大人な二人の言葉に従うとしよう。


「お待たせをした。報酬だ。十万統一貨幣(ノート)ある。間違いなければ受領証に記名を」

「十万? 契約では五万だったと思ったが――」

「ご祝儀だそうだ。なんの祝いかは判らんが。まあ、貰っておくといい」


 戻ってきた受付の男性は、なにやらにこにこと笑みを浮かべながら、お札と書類をダウーさんに渡す。

 会議室でなにがあったのかは判らない。先ほど聞いた話では、追加の報酬は、精々が『ありがとうございます』の一言くらいだということだったけれど。


「受け取れない。それにこれは、本来ならば俺たちが受け取れるものでもない」


 ちら、とダウーさんはこっちを見た。その視線は、どこか申し訳なさそうだった。

 ――判ったぞ。さてはこのひと、飛竜を倒したのはぼくだから、最初から報酬を受け取らないつもりだったんだ。

 五万ノートは確かに大きいはずだが、命の代償としては遥かに安い。

 それが、たぶんぼくが絡んだことで、一気に倍額になった。もしぼくがいなくて、二人だけで倒したとしたら、報酬は五万ノートのままだったのだろう。

 そこまでいったら、ダウーさん。貴方はお人好しを通り越して、ただの馬鹿だ。


 でもなんでまた、ギルドがそんなことをするのか?


 受付の男性は、仕方ない、と半ば呆れ顔で溜め息をつきながら付け加えた。


「あのな。その少年の仕業なんだろう? ギルドとしては、先行き長い有望な二人を失わずに済んだし、飛竜も退治できた。ありがたいことだ。

 しかしだな、まだ登録もしていない少年に、謝礼を出せると思うか?」


 その言葉を聞いた途端に、ダウーさんも、ぼくも、合点がいった。

 つまり、ギルドから報奨をぼくに渡すことはできない。それは規約違反だから。

 だから。ギルドの代わりにお前らが渡せよ、ということだった。


「そういうことなら、受け取っておく」


 何事かと、集まっていた酒臭い観衆も、一様に静かに男二人を見守る。

 タウーさんはその真ん中で、金額をさらりと確認すると、受領証にサインをした。

 そして――


「クリウス。命を救ってもらった見返りには程遠いが、どうか受け取ってくれ」


 ぼくに、全部を渡そうとした。


「受け取れませんよ!」

「――では申し訳ないが、半分ずつ折半してはくれないか?」

「それなら――受け取ります」


 あんなお膳立てされた後だ。半分すら受け取らないとなると、ダウーさんもギルドも顔が立つまい。


「それから。どうか友情の握手を」


 言ってから、ダウーさんのごつごつした大きな右手が、ぼくに差し出された。

 なにこのお涙頂戴劇場。しかもかなり、場の展開としては陳腐なの。

 絶対に彼は、ロマンティストだ。間違いない。

 でもぼくは、そう考えながらも、差し出された右手を強く握る。

 こういう展開は、前世も含めて初めてだから、すごく照れ臭い。

 でもいいじゃない。

 ぼくだって、お医者様になってみんなを助けたいと切に願う、理想探訪者(ロマンテイスト)なんだから。


 ぼくとダウーさんが握手を交わした瞬間。

 それまで(しん)としていた周りの空気は、一気に爆発した。

 みんな酔っ払っているけれど、笑顔で、拍手を打って、ぼくら三人の新しい出会いを祝福してくれているようだった。

 それも仕方ない。娯楽が少なく、魔物も出れば戦争もある。

 ひとの命が軽く失われるような世界。

 だからこそ、みんな、僅かばかりの幸福を、分かち合おうというのだ。


「では、明日も早いので、ぼくはこれで」


 ぼくは足早にギルドを立ち去ることにした。

 明日は試験があるから、というのは嘘ではない。事実だ。

 でもそれ以上に、胸の奥から沸き上がる何かを抑えきれなさそうで、その場を後にすることにした。

 こちとら前世と足して、精神年齢は55歳。

 涙脆くて、なんの不思議がある。


「クリウス! 明日は迎えに行くから!」


 後ろの方で、ターヤさんの声が聞かれる。

 ありがたいその言葉に、後ろ手を振って応えた。

 

 この一期一会を大切にしよう。

 ぼくは心に誓った。

 不幸にも大学校に受からなくとも、ダウーさんとターヤさんとの出会いは、ぼくにとってかけがえのないものとなるに違いない。




 ふと。

 ギルドを出る前に、おかしな一団があるのに気付いた。

 見るからに屈強な、剣を持っているから剣師(ウオリア)だろうと判る三人の男。

 その三人が座るテーブルの真ん中で、こちらを()っと見つめる、ぼくと同じくらいの歳の少女。

 少女は翡翠色した瞳で、ぼくを見ていた。

 髪は(あか)

 周囲と同じように笑うでなく、ただ静かに、グラスを傾けていた。


 ぼくはその場を、すぐに立ち去ってしまったけれど。

 宿で寝床に就いたとき、どうしても彼女の顔が忘れられなかった。

 その体験がどういうものなのか、ぼくは知らない。

 前世でだって、こんな気持ちになったことはないから、形容のしようもない。

 だけど、ひとつだけ真実があった。


 今日に引き続き、翌日にもまた、運命的な出会いがあるのだ。

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