8.目覚めたもう1人の私
「貴っ様ぁ...よくも私をコケにしてくれたな...!」
天使は血走った目で剣を床に叩きつけた。
硬質で大きな音が辺りに響き渡る。
私はやれやれとため息をついて、わざとらしく首を振ってみせている。
待って、お願いだから火に油を注ぐような行動しないで!
「慢心したのはそっちだろ。......それよりも、久しぶりだな。ラグエル。お前も随分と出世したもんじゃないか」
天使は胡乱げな顔をして、誰だ貴様はと問いかけた。
「おいおい...薄情だなぁ。──明星の騎士。忘れたとは言わせねぇぜ?」
「みょうじょ...!?貴様もしや、ベルリアン・キリシュタインか!?くそっ!!また私の邪魔をする気か!!」
激昂した天使に臆することなく、私は飄々と受け流して薄く笑った。
「おっとそいつは捨てた名だ...今の俺には宿主がいるんでね...」
やはり私には訳の分からない話ばかりだ。
シスターを志していたため、普通の人よりは博識な類だと思っていたが、明星の騎士など聞いたことも無い。
というか、そもそも騎士などいなくなって久しいのだ。あの魔族との長かりし戦いが終わってから、騎士は廃れて形骸化してしまった。しかも天使の統治により、人々の犯罪は全くなくなった。ゆえに、それを取り締まる衛兵も騎士も、武人も必要なくなってしまったのだ。
確か...戦争が終わったのは二百年ほど前、兵制度が廃止されたのは百年と少し前だったはず。
ということは...ベノムは百年以上前の人物なの?
私は浮かんできた疑問を何とか形にすべく考え込んでいたが、突然響いた天使の哄笑で一気に現実に引き戻された。
「そんな小娘が宿主?貴様こそ随分と出世したじゃぁないか。女の体ではお得意の剣も振るえまい!」
「...なに、弘法筆を選ばずってやつさ。女の体だからといって、できない事ばかりじゃあない。それに、万全の体制なら今の弱りきったお前じゃ歯も立たないだろ?ハンデだよ、ハンデ」
ありがたく受け取っときな、と天使に負けず劣らず傲岸不遜に鼻で笑う私──いや、ベノム。こいつが私だなんて絶対に信じられない。
とりあえず、今この状況からわかることと言えば、私の中にもう一つの人格?みたいなものがあって、そいつが私の体を使って天使と対峙しているということだけだ。