21.魔物の異変
「じゃあベノムは鬼灯蜘蛛の言葉がわかるの?」
『まさか!俺は純粋な武人だからな。腕っ節の強さには自信があるが、そういうことは専門外だ。そういうのは魔道士か聖人聖女に言え』
魔道士?
聞いたことの無い単語に私は首を傾げる。
『...まさか、魔道士もいないのか?天使は余程人間を恐れてるらしいな』
聖人も、聖女も、魔道士も、武人もいない世界。まさしくアイツらにとってみれば理想郷だろうよ。
バカバカしいとばかりに鼻で笑いとばすベノムの言葉に、私はなにか違和感を感じた。
「ねえ、それって──」
私が問いかけようとしたその時、鬼灯蜘蛛が大きな声で鳴いた。
そういえば鬼灯蜘蛛がいることを忘れていた。自分の事ながら危機感が無さすぎる。
蜘蛛は洞窟の入口の方を見たまま動かない。
そちらの方に何かあるのか?
私は地面の松明を拾い上げ、入口の方に向かおうとした。が、何やら温かいものに体を絡め取られ、洞窟の奥の方に押しやられてしまった。改めてそれをよく見ると、それは鬼灯蜘蛛の足で、気づいたら鬼灯蜘蛛の後ろに庇われるような位置に移動させられていた。
「なっ、なに...?」
鬼灯蜘蛛に問いかけても返事すらしてくれなかった。仕方ないので足の隙間から覗き込むようにして洞窟の入口の方を見ると、何やら動く影がある。
なんだろ、あれ。
疑問にはベノムが答えてくれた。
『ベルウルフだ...鬼灯蜘蛛と敵対するような関係じゃないのに、どうして...』
「...敵対、してるの?洞窟に遊びに来ただけかもしれないじゃない」
『魔物界では相手の活動時間じゃない時間帯に、そいつの縄張りに入ることは喧嘩売ってるのと同義なんだよ。あのベルウルフは夜行性。対して鬼灯蜘蛛は昼行性だ。本来顔を合わせる機会すらねーよ』
何が起こってんだ...と呟くベノムはいかにも深刻そうだが、私にその深刻さ加減は分からない。
そうこうしているうちに、洞窟の中に一体ベルウルフが入ってきた。ここまで来るとさすがに私にも全貌が見えた。
赤銅色の毛皮に、黄色い目をしており、顔は狼だが二本足で立っており、人間の顔だけを狼にすげ替えたような見た目だった。大きさは鬼灯蜘蛛の1.5倍くらいだろうか。少し身を屈ませながら、ベルウルフは洞窟内に侵入してきた。
鬼灯蜘蛛はギシギシと鳴いて体を上下に動かしている。...威嚇、だろうか。
それでもグルグルと唸りながら歩みを止めないベルウルフ。それに痺れを切らしたのか、鬼灯蜘蛛はものすごい勢いで口から糸を吐いた。だが、その糸がベルウルフに向かっているわけではなかった。
その糸が向かった先は洞窟の壁。
壁、天井、床と張り巡らされた糸は洞窟の通路を完全に塞ぎ、一枚の壁のようにしてしまった。
完全に敵対しているような状況に、ベノムは呆然としているらしく、先程から疑問符ばかり口にしている。
『.....なにがなにやら.....』
途方に暮れたようなベノムの言葉に、私は、さぁ...?と返すことしか出来なかった。