20.未知との邂逅(3)
しかしいつまで経ってもほんの少しの風切り音が聞こえたきり、なんの衝撃もやってこない。私はおそるおそる目を開いた。
目を開けると鬼灯蜘蛛の足が首元に突きつけられていた。私は驚きに息を呑んだが、すぐに異変に気がついた。何やらやけに肩が寒いのだ。
「...髪の毛......揃えてくれたの?」
天使に掴まれたときに切って、不揃いのまま放置していた髪の毛が、肩口よりも少し上で綺麗に切り揃えられていた。
私の言葉に応えるようにキシシと鳴いた鬼灯蜘蛛は、足の刃のついていない部分で器用に私の肩口を払ってくれた。
鮮やかな朱色の体毛は思ったよりもずっと柔らかかったし、ほんのりと体温も感じた。
魔物は血も涙もないと思っていたのが馬鹿みたいだ。
「...ありがとう」
ぽそりと呟くと鬼灯蜘蛛は心做しか高めの声で鳴き、後ろの布を足にひっかけてこちらに差し出してきた。私がそっと手を差し出すと、その掌にぽとりと布が落とされる。その布は繊細に編まれた真っ白な糸で出来ており、もちろんベタベタはしていなかった。軽くて、柔らかくて、少し伸縮性もある。
私が普段来ている服の布よりも余程上等な布だ。
「......ねぇ、どうして助けてくれるの?」
答えが返ってこないと知っていても聞いてみたかった。予想通り鬼灯蜘蛛はキシシシと鳴いて返事らしきものはしているが、私には全く理解できない。
私は苦笑して松明を地面に置き、渡された布を広げてみた。布は3mほどだろうか、四角く裁断されているみたいだ。
「......でっかい」
『たたんで使えばいい。軽いから大丈夫だろ』
どうやら敵対はしてないみたいだな...とベノムは独り言を言う。
っていうか、敵対してるかもって思ってたんじゃないやっぱり。何が俺の常識を信じてみないか、よ。ほんとに殺されるかと思ったんだから。
『まあ殺されなかったから結果オーライってことで?』
「何が結果オーライよ。というか心を読むな」
『読んでるわけじゃなくて聞こえるんだよ。お前心の声ダダ漏れすぎ』
ダダ漏れと言われても...じゃあ何も考えずに生きていろとでも?いくらなんでも無茶ぶりが過ぎるのでは?
『それも聞こえてるからな、宿主』
うるさい!と私が思わず叫ぶと、目の前の鬼灯蜘蛛が不思議そうに鳴いた。
反射的に謝ってから、そういえば鬼灯蜘蛛は私の言葉がわかるのだろうかと首を傾げる。先程からわかっていなければ説明がつかないような態度をしているが、少なくとも鬼灯蜘蛛が人語を喋っていないのでなんとも言えない。
『魔族は体内に魔力があるから、それを使って生活している。身近なところで言うと、コミュニケーションをとるために使ってることが多いみたいだな』
「ふぅん...」
『宿主も魔力はありそうだし、コントロールできるようになれば魔族の言葉もわかるようになると思う』