〔柒〕国語の授業って日本だけ？
「金太郎。やがては世界の王となり、あらゆる種族の長となる者。けれども、そうした立場的なことより以前に、亀にとっては、命を救ってもらった恩がある。その大恩ある金太郎が縄で縛られた上に、じめじめとした薄暗い洞窟に閉じ込められているなんて、亀には我が身を引き裂かれるよりも辛いことです。蟹は即座に自慢の鋏で縄を―――って。あら？ あれ？ 蟹って言った？」
いいから。もう蟹でいいから、さっさと進めろ。
一方、その頃。村人達は悶々と、誰もが頭を悩ませていました。
殺処分することは、村全体の総意。
なのですけれども、先ほども言ったように、鎌も鍬も歯が立たず。
首に縄を掛けて吊してみても、やはり強固な皮膚が守ってしまう。
村人達は来る日も来る日も、およそ思いつく残酷の限りを試みましたが、金太郎には、かすり傷一つ付けることも出来なかったのでした。
全身を縄で縛り上げ、飲ませず食わせず、暗い洞窟の奥に閉じ込めてはいても、ふと目を閉じた途端、あの恐ろしい姿が頭を過ぎり、妄想ばかりが膨らみます。
隙を見て逃げるのではないか。復讐する機を窺っているのではないか。
そうした疑心暗鬼のせいで、村人達はろくに眠れない夜が、何日も何日も続いていた。
して、ついに村人達は、あの老夫婦に怒りの矛先を向けるのでした。
おい。爺と婆。異形を匿い、育てた罪だ。きっちり責任を取ってもらうぞ。
村人達は、縄で縛り上げた老夫婦を引きずり、金太郎を閉じ込めている洞窟へ。
ところがしかし、そこには鋭利な刃物で切られたような、太い麻縄が落ちているだけ。金太郎の姿は何処にもなく、入口を塞いでいた大きな岩も、粉々に砕かれていたのでした。
化け物めっ！ 何処に逃げたっ！ 捜せっ！ 捜し出せっ！
むろん、あっさり見つかるわけにはゆきません。金太郎は背の高い樹上にて息を殺し、老夫婦の行く末を案じていたのです。
くそ。何処にもいないぞ。どうする？
金太郎に逃げられてしまったことで、村人達の抱いていた恐怖が現実味を帯び、その緊張感は高まるばかり。
いつ何処から襲ってくるかも判らない。皆殺しにされてしまうのではないか。
そうした不安が、さらにさらに、さらに村人達の狂気に火をつけます。
よし。こうなったら爺と婆だけでも、先に殺してしまおうじゃないか。
ああ。そうだな。何もかも、あいつらが悪い。今すぐ殺そう。
どうせ自分達だって殺されるだけの運命。そんな思い込みをしている村人達は、
せめて、それより先に老夫婦を殺すことで、やりきれない怒りの腹癒せをしようというのです。
殺せっ！ 殺せっ！ 殺せっ！ 殺せっ！
そうして村人達の怒号と興奮とが最高絶頂に達したところで、ついに高々と振り上げられていた鋭い鎌が、お婆さんの喉笛を目掛けて振り下ろされたのでした。
ぎぃやぁぁぁあああああああああああああああああっ！
しかし、振り下ろされた鎌は―――むぅ？
「…あ。や。すみません。しかし…」
「しかし、何です？」
「…いや。まあ。何というか。質問ではなくって。その…」
「もう。だらしのない。男の子でしょうに」
「…そんな。だって、突然あんなに大声で叫ばれたら誰だって…」
動悸が止まらん。
「しゃんとなさい。続けますよ？」
「…ど。どうぞ…」
「ところがです。振り下ろされた鎌は、何か固い岩のような物に弾かれ、何処かへ飛んで行ってしまいました」
「は？ なら、あの人騒がせな絶叫は？」
「あのね。これまでの話の流れからして、そんなのは鎌を弾かれた村人以外にないでしょう。何か固い岩のような物というのは、金太郎の背中です。じいっと樹上にて姿を隠していた金太郎。お婆さんが理不尽に殺されるのを黙って見過ごすほど、不義理な恩知らずではないのです」
「なるほど。妖鬼とはいっても、元は人の子。その姿も容貌も、見た目は恐ろしい妖鬼でこそあれど、心は人間のままですか」
「先生、あなたの現国が最底辺な成績なのも、これで理解ったような気がします」
当然、ご存知のはずですが。その現国こそ、僕の中の最高点だと。
