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〔廿肆〕お手玉は、遊ぶだけでなく非常食にもなる。

「それによ。小僧。先に念を押して忠告するがの」


「はい?」


 …何だ。そんなふうに改まられると怖いじゃないか…。


「お主の連れ。百合寧というたかの。あの娘ならば、案ずるな」


 ん? どういうこった。こいつは何を言っている。


「あの。すみません。案ずるなとは、どういう―――」


「心配無用という意味じゃ」


「いや。そういうことでなく。僕が訊きたいのは―――」


「尤も、わらわの()()()()()()()という、前提あっての話だがの?」


「いやいや。聞けよ。ですから、それだけじゃ何も―――」


「とことん察しの悪い小僧だの。ちいとはその足りない頭を捻らんか」


 こんな材料も何もなく、どう捻ったら察せるんだ。


「とにかくじゃ。慎重の上にも慎重を重ね、無茶や早合点、急っ勝ちなことはしてくれるなよ。お主は()()()()()()守りつつ、妖鬼を討つことだけに専念をいたせ」


「しますよ。そりゃ。ちゅうか、今もしてるじゃないですか。だけど、勝手が全然違いますし」


 前回、()()には僕しかいなかった。なもんで自由に動き回れたし、手札も自由に切り出せた。何をどの様に使おうと支障はなかった。


 しかし、今は百合寧さん達がいる。それらの使用にも使い方にも、自ずと制限が掛かってしまう。


 おまけにこっちは、一撃だって受けたら終い。なのに妖鬼の奴ときたら、目玉も鋼鉄並みの硬さとか、そんなのって反則だろ。


「それに反射や運動の速度だって、昼間の妖鬼より上ですし」


 ついでに言わせてもらうなら、そうした能力云々だけでなく、行動そのものにも微妙な差異が見受けられる。


 昼間の妖鬼は素直で貪欲。本能の赴くままに眼前の餌である僕を喰らおうとしてきたけれど、今回の妖鬼はそれがない。美咲先生の次は百合寧さんばかりしつこく狙い、そこで何となく思ったのは、どうにも無視されているような…、だ。


 だとしたら、餌としても()としても、僕では不足ということか?


 ならば、その基準はどこにある。単なる好みの問題か?


 くそ。会話でも出来りゃ、ちっとは頭の中も覗けるだろうに…。


 けどまあ、みけのおかげで一つだけ判ったこともある。


 そう。妖鬼は確実に、僕ら()()()()()()()()。それはつまり、下手なはったりは

通用しないということだ。


「何かないんですか。この手の妖鬼を楽に―――」


「ないの」


 おめいも、ちいとは頭を捻らんかい。


「先ずは定石どおり正面を避け、正攻法にて側面から叩く。()()とて削れた体力が戻らぬうちは、然して素早い動きは出来ぬでの」


「果たしてそうでしょうかね。僕には、とても回復を待っている様には…」


「黙れ。何と言おうと、()()を初手から使うことは許さぬでの」


 やれやれ。姐御や意外にも好戦的な小夜さんあたりは後押ししてくれると思ったのに、ここまで何も口出ししないってことは、皆と同じ意見ということか。


 窮鼠が猫を噛むため? 


 ったく、五人もいるってのに。誰か一人くらい、窮する前に噛み付こうって奴がいても良さそう―――なぬぅっ?


「まあっ!」


「何とっ!」


「ちっ!」


「いかんっ!」


「まずいわね…」


 諸君。やはりである。思ったとおり、妖鬼は余力を残していた。きっと()()から体力なんざ、それほど削れてはなかったのだ。


「ほれ見ろっ! 言わんこっちゃないっ!」


 みけと妖鬼の睨み合いに割り込んでから、何だかんだ、少なくとも一分くらいは経ってるだろうか。


 高が一分。然れど一分。僕らにとっちゃ、それは事の成り行きと明暗を分ける、極めて重要な得難い一分。


 にも拘らず、その貴重な時間を不毛な押し問答に費やしてしまった僕は、今さら後悔をする馬鹿である。聞く耳なんざ持たなきゃ良かった。


 妖鬼は、そんなくだらないやり取りをしている傍から、すぅっ…、と静かに腰を割り、もう待ったなしに、今にも飛び出す気満々だ。


 しかもまたもや執拗に、きっちり百合寧さんを凝視している。


「この畜生がっ!」


 ざっと二間半の距離。僕は妖鬼の注意を少しでもこちらに向けさせるべく大きな声を張って踏み込むと同時に、是光左文字を左右逆手に握り直し、喉元のあたりを真っ直ぐ目掛け、左の片手一本だけで突きをくれた。


「死ねいっ!」


 左片手一本突き。()の新撰組三番隊々長・斉藤一は、それを得意としたそうな。


 生まれついての純粋な左利き。斉藤一も武士の仕来りと慣例に従い、帯刀も腰の左に差し、刀の握りも右手鍔元、手前左。


 故に柄尻を握って出される彼の左片手一本突きは射程が長く、狙いも正確な上に極めて強力。誰も敵う者はなかったと聞く。


 が、だからちゅうて、それを真似したわけではない。これについては僕なりの、様々な思惑があってのこと。


 下手に大きく斬り掛かり、刀を掴まれると厄介だ。


 また、先ほども百合寧さんの攻撃が効いたように、顎とか喉とか、そこらへんが弱点という可能性。


 さらに、みけと僕とは、共に闇側の死線を掻い潜った仲である。


 阿吽の呼吸と言うべきか、案の定、みけは突き出した左腕を伝って跳び付くと、その小さな身体を一杯に広げ、妖鬼の視界を遮った。


「小僧っ! 今じゃ!」


「はっ?」


「手玉を投げいっ!」


「馬鹿なっ! んなことしたら、みけや百合寧さん達まで巻き込まれ―――」


「青なら誰も死にはせぬっ! 急げっ!」


「ざけんなっ!」


 おそらくは、諸君が想像する激痛の五割から八割増しくらい。それも、ちょいと腕を掠めただけでだ。


 それこそ、誰も死なないとする根拠と保証がどこにある。


「みけっ! もういいっ!」


 僕は板敷きの床、足元に思い切り是光左文字を突き刺し、左手は勢いそのままに外套の裾を捲くり上げた。


「今すぐ離れろっ!」

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