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〔廿壱〕猫って一長一短という言葉がぴったり。

 美咲先生、急いで傍らに膝を突いた僕が怪我の具合を訊ねるよりも早く、余計な心配をさせてしまったと苦笑した。つまり、そこまで復調したらしい。


「立花くん。逸る気持ちは痛いほど。ですが、無策で助けに入ったところで、何も好転はしませんよ。却って悪くするだけです」


「しかし、そう悠長なことも。このままじゃ―――」


「急いては事を仕損じる。そう言っているのです」


 やれやれ。つい先ほどまで気絶していた僕が言うのもどうかと思うが、この人はこの状況を、きちんと把握してないんじゃないのか…?


 ところが直後、そんな疑念を一蹴するほどに、愕くべきことを口にした。


「おそらくですが、しばらくは妖鬼も派手には動きません」


「はい?」


「尤も、あなたの言うとおり。悠長にしていられる時間も余裕も、まったく以ってありませんが」


「…あの。すみません。何が何やら。どういうことです…?」


「妖鬼の俊足―――ううん。()()とでも言いましょうか。あれは、どうやら相当に体力を消耗するらしく、わたくしのときも直後は動きが鈍く重く、しばらくは緩慢でしたから」


 何と。だとしたら、長いこと睨み合ったまま動かずにいるのも、一応それなりに合点が行く。


 なるほどな。てことは、ねこ科の動物みたいなものか。瞬発力は飛び抜けているけど、持久力のほうはからっきし、と。


「ましてや、あれほどの強い打撃を連続して何度も受けていますし、おそらくは、ああして立っているのがやっと。体力の回復に併せ、自己修復中なのでしょう」


「だったら尚さら、今すぐ()ちのめし―――」


「動けないわけではありませんよ。動こうとしていないだけです」


 聞き分けのない子供を叱るようにぴしゃりと言われ、僕は少し意地になった。


「だとしても、しかし…」


「あのね。立花君。自覚がないのは仕方ありませんが、あなたに施した結界も既に限界。要するに、今すぐ妖鬼の矛先があなたに向いたとしても、何ら不思議はない状態なのです。彼女らの能力なしでは返り討ちにされるだけ。それでもあなたは、わたくしと同じ轍を踏もうと?」


「なら、どうしろっちゅうんですか! 他に方法があるとでもっ?」


 ついつい、思わず八つ当たるように言った僕を見て、美咲先生は小さく頷いた。まるで、そうした言葉を待っていたように。


「だからこそ呼んだのです。立花君。これを使いなさい」


 美咲先生、掛けられている外套の縁から手首の先だけをちょこんと出し、新たな御札を見せて言う。


「一度きり。ほんの僅かな時間ですが、妖鬼の動きを封じられます」


 いやはや、そんないかさま―――いや。便利な物があるとはな…。


 僕は美咲先生の手から御札を受け取り、蝋燭の灯りに照らして見た。


「十秒前後。どんなに長くても、十五秒が良いところでしょう」


 はて。何処に仕舞っていたのだろう。皺くちゃだし、ほんのりとした湿り気と、妙に()()()()()()()が。


 おまけに、とても素敵な匂いがする。あのときと同じ、これは美咲先生の…。


「キミ。じっくりと何を妄想しているの」


「…い。いや。べつに何も…」


「まあいいわ。妄想くらい、ご自由に」


 いやあ、以心伝心じゃなくて助かった。


「むぅ? どうかしましたか」


「いやいや。何も問題ありません。こちらの話です。それよりも、御札(こいつ)の使い方を是非早く」


「そうですね。では、鎚でも刀でも構いません。貼り付けて先生のところへ」


 聞くや否や、僕は足元に転がる向こう鎚と自身の守り刀・松風を手に取り、少し二つを見比べてから、慎重に松風のほうを選んだ。


「頼むぞ。相棒」


 何故だろう。扉に貼った御札もそうだが、ぐるりと柄に巻き付けただけなのに、ぴたりと安定するから不思議だ。


「これで良いですか?」


 横たわっている眼前に御札を貼った鍔元の部分を差し向けると、美咲先生は軽く指先を当てながら、小声でぶつぶつ何やら念じた。


()()!」


 何だかな。別段、変わった様子はないが…。


「立花さん。妖鬼の様子が変わりました」


「へ?」


「ちっ…。ありゃ、そろそろ本格的に動き始めるつもりさね」


 間が悪いというか何というか。とにかく急っ勝ちな野郎である。


 妖鬼は、それこそ人間がするように首をぐりぐりと回しながら、大鎚で打たれた下顎のあたりを大きな手で軽く擦り、次いで、ずいと一歩前に踏み出した。


「立花君。身体の何処でも構いません。これで妖鬼に一撃を」


「はい」


「ただし、効果はその一度きりですよ」


 僕は心配そうに念を押す美咲先生を真っ直ぐ見ながら頷いた。


「わかっています。すぐに片付け―――うっ…!」


 突然、背筋に衝撃が。見れば、日傘が憑依を解いている。


「…い。いきなり何を…」


「ユリネさんでしたかしら? こうなると、彼女にも先に段取りを説明しておいたほうが何かとスムーズに運ぶのではなくて?」


 ああ。まったくそのとおりだ。気が利くな。あと、どうせなら僕にも先に言ってくれ。抜けるなら抜けるぞと…。


「立花君。急ぎなさい。それと、くれぐれも用心を」


 僕は肌蹴てしまっている美咲先生の足に外套を被せ直しながら言った。


「はい。すぐに片付けて戻ります」

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