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〔弐〕口約束でも、約束は約束。

 着物の袖に襷を掛けた、双子の妹一号・二号。ふかふかの羽根布団一式を担いで立っている。


 一瞬、布団だけ宙に浮いているような錯覚をしたが、それは、この二人が極めて小柄だからである。


 後ろ姿は小学生。しかし、そんな双子の姉妹は、それでも中学三年生。


 さて。世間一般的に中学三年の冬といったら、それこそ寝る間も惜しんで辞書を破り食わなきゃならない、じつに大切な時期だろう。


 が、辞書を破り食うどころか教科書も開こうとしないのは、そこに彼女達なりの正当な事由があるからだ。


 三歳違いの双子の妹達である。


 しかし、実際は双子の妹達ではなく、双子の従妹達だったりする。


 つまり、何も問題ないわけだ。




 “ 将来、お嫁さんにしてあげる ”




 今は亡き祖母に誓い、固く固く指切りを交わしたのは、僕が八つ、一号・二号は五つであった。


 ところが、未だに真剣心底、本気で信じて疑わぬ妹達に言わせれば、高校なんざ行ったところで、何ら得ることのない時間の浪費。家事に専念したほうが、将来、素敵なお嫁さんになれるとか。


 世界万国共通、どんな家庭にも、複雑な事情の一つや二つはあるものだ。


 と先ほど、そのように申し上げたのは、じつはこの家庭にも、そういう如何ともし難い複雑な事情があると言いたかったからである。


「で? 由良は?」


「はい、兄上。ご心配なく。いつものように」

「ちゃんと布団に寝かせてありますわ、兄様」


「…そうか。なら、良いけどな…」


 由良の場合、この二人の言う()()()()には、一抹の不安を感じる。まさか死にはしないだろうが、入院なんてことになったら、百合寧さんが滞在する理由までなくなってしまうではないか。


「じゃ、行ってくる」 


 僕は、由良が()()()()寝かされている()()の桜の間を素通りし、さっさと祖父の使いっ走りを済ませてしまおうと、少々慌ただしく、硝子片の飛び散る玄関口へと足を進めた。


「…ったく、あの糞馬鹿野郎が。これで何度目だ」


 かなり変わった造りの古い家だが、玄関戸だけが妙に新しい。


 むろん、由良が原因である。


 毎度毎度、前触れもなしにやって来ては、一号・二号に蹴り飛ばされて一直線。お約束のように玄関戸へと突き刺さる。


「建ちゃんに連絡は?」


「はい、兄上。小一時間程度で」

「来てくれるそうですわ、兄様」


 建ちゃんとは、近所にある工務店の倅である。僕より二つ年上で、びっくりするくらいの馬鹿だけど、とても頼りになる、僕ら兄妹の兄貴分だ。


「ふうん。それなら応急処置は要らないな」


 僕は運動靴を履き、下駄箱の上に置かれている長細い桐の箱を、紫色の風呂敷で包んだ。


「兄上? 本当に歩いて行かれるのですか?」

「着く前に、日が暮れてしまいますわ、兄様」


「仕方ないだろ。歩くのは億劫だけど、自転車はお父さんが」


 酔っ払って路面電車に突っ込み、轢かれてただの鉄屑である。


「物が物だけに、電車はな…」


 祖父の使い走りとは、依頼品のお届けである。


 我が家は先祖代々、鍛冶を生業とする家系。


 父や祖父が何代目なのかも定かではないほどの歴史というあたりが既に眉唾ではあるのだが、しかし、その昔は名人と謳われた刀匠を幾数人も輩出しており、時の大名だか家老だかに刀を献上していたというのだから、ますます以て眉唾だ。


 そもそも刀とは、人間を斬ることのみを目的に、()()()()()()()()()()()()、を実現すべく、我が国、日本独自の製造法によって完成された()()であるからして、戦後、世界でも有数の法治国家となったこの国に於いては、本来の目的のために、その機能が発揮されることはなく、その位置づけも伝統工芸品、または、美術品の域を出ることはない。


 したがって、父や祖父が鎚を打つのは、近年じゃもっぱら包丁だの鋏だのになるわけで、今回も刀に関することではあったけれど、その依頼は【研ぎ】であった。


 たたら製法によって抽出された玉鋼を、刀匠が精魂を籠めて鍛錬し、その後は、その道を極めた幾人もの匠が心血を注ぐことで初めて、それは魂を得るのである。


 つまり、どの分野も極めるのに大変長い時間を要するので、それぞれ各々専門の者がいるということだ。

 鍛冶師。研ぎ師。白銀師。鞘師。柄師。鍔師。等々、そうした具合に手から手へ受け継がれ、ようやく鍛冶師の元へ還る。それが【刀】だ。


 また、それらの理由から、刀匠でありながら、研ぎの技術までをも修得している祖父は非常にめずらしく、その希有な祖父が研いだ刀を、今から僕が届けに行こうというわけだ。 


 すかんと晴れ渡った青空の下、行ってらっしゃいませ、と双子の妹一号・二号に見送られた僕が家の門を閉じているところへ、見慣れた一台の車が停まった。


 相変わらず迷惑なくらい、ぴかぴかに磨き上げられた純白。


 そう。外国産の高級車。たしか、アルキメデスとかいうやつだ。


 仕立ての良い背広姿の運転手・三矢は、車から颯爽と降り立ち、後部席扉に手を掛けながら、元気でやっているかね? といった愛嬌ある()()を投げて寄越した。


「やあ。元気でやっているかね?」

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