〔柒〕ご利用は計画的に。
大永二年。今より遡ること、およそ五百年ほども前。それこそ、尊き人の命が、
まるで焼け灰や落ち葉のように、いとも軽々しく扱われていた時代の話です。
人の噂も七十五日などと今でこそ言われますが、娯楽という娯楽が殆どない時代
ですからね。庶民の楽しみといったら、ちびりちびりと安酒を舐めながら交わす、
出所すら不確かな噂話くらいなものでしょう。
そのせいか、三月経っても四月経っても、酒場に屯をする者達の間で交わされる
会話は、社の鬼騒動で持ち切りでした━━━そして。
有る事、無い事、誰も彼もが勝手に噂話を膨らませ、そうして流布された風説は
ついに、この武蔵国を治めていた権力者、扇谷上杉家当主・上杉朝興の耳にも届く
こととなったのです。
すると、元々は扇谷上杉の領地であった隣接国・相模の権力者、伊勢━━━後に
北条と改姓しますが━━━伊勢氏綱の野心とその動向に脅威を感じていた朝興は、
家臣、領民を問わず、大々的に少女捜索の命を下しました。
理由は至極単純で、尾鰭背鰭の付いた噂を逆手に取った朝興は、少女の異能を、
実しやかに神通力などと囁かれる妖鬼の力を、相模国に対する抑止力として、利用
する策を講じたのです。
一方、当の少女はと言うと、妖鬼騒動の後は人目を憚り、人里離れた僻陬に身を寄せて、罪人が如く隠れるように暮らしていた━━━のですが、朝興は人海戦術を駆使し、行方知れずな少女のことを、無理矢理に捜し出してしまうのでした。
尤も、海の物とも山の物ともつかぬ存在に、朝興自身も相当に恐れをなしていた
ようで、『見つかれば、それに越したことはない。が、見つからぬなら、それでも
良し。所詮は愚像。適当に容姿の似た小娘を置けば済むことよ…』と度々、家臣に
漏らしていたそうな。
つまり、わざわざ多くの人手を割いてまで捜させたのは、それ自体が噂を広める
ための奇策。見つかろうと見つかるまいと、本人だろうと偽者だろうと、朝興には
二の次の些事だったのです。
しかし、そんな思惑とは裏腹に、正真正銘、少女本人が見つかってしまい、その
ことで少女も困惑しましたが、朝興の困惑は少女の比ではありません。事実、少女
発見の報を受けると、ろくすっぽ食事も喉を通らず、何日も何日も城に閉じ籠り、
誰にも会おうとしなかったそうですから。
きっと、恐ろしかったのでしょうね。手に入れた力が本物ならば、それは強大。
運用の仕方次第で、地図が塗り変わる時代ですもの。それを一つ過てば、我が身は
おろか、扇谷家そのものが滅んでしまう。
けれども、そうして何日も懊悩していたところで埒が明くはずもなく、ならば、
と朝興は秘密裡に、少女との接触を図ったのでした。
それからです。朝興が、いよいよ本気で動いたのは。
ほんの六千年くらい前までは、海面が今より五メートル近くも高く、関東平野は
海の底にありました。
やがて海面も下がりはしますが、それでも当時の江戸という土地は、その湾に、
利根川・荒川・多摩川が流れ込み、農耕に向く向かない以前の、荒れに荒れ果てた
大湿地帯。
また本来ならば、自ずと地中に浸み入るはずの雨水が、少女の洞窟石化によって
行き場を失い、件の川が大氾濫。川の流れと、一帯の地形までもが変ってしまい、
少女を生き神様として祀っていた社も、その濁流に押し流されてしまっていた。
そこで、本腰を入れた朝興は巨費を投じて、ひっそり内々に社殿を再建。それが
妖鬼の業を背負った者の宿命なのか、またもや少女は生き神様として、新たな社に
祀られることとなったのです。
ひっそり内々。それでも日雇いの荷役や人足の類だけは、近隣諸国を転々とする流れ者ばかりを起用した。
そう。それこそ朝興の狙いどおり。噂が出鱈目に誇張された頃、満を持して伊勢氏綱の耳にも届くのです。
だけど、狙いどおりはそこまでで、そうして広めた噂が仇となり、結果的には、
自らの首を自らの策が絞めることになるのですが…。
氏綱としては、予てより攻め倦ねていた隣国が強大な戦力を得、しかも、それが
神通力ともなれば、黙っていられるはずがない。
おまけに、噂は四方八方にまで飛んでいますから、相模と共闘する姿勢を見せる
国までも出てくる始末。
その上さらに悪いのは、家臣重鎮でありながらも、その実、内心では朝興に強い
恨みを抱く側近の大田資高が、正妻の父である氏綱と事前に内通しており、大詰め
土壇場のところで見事に、朝興のことを裏切ったのです。
むろん、あっと言う間に攻め込まれてしまい、朝興率いる扇谷上杉軍はあっさり
江戸城を落とされてしまいました。
誤算に次ぐ誤算の連続で焦りに焦った朝興は、形振りを構っていられなくなり、
これまで敵対していた近隣諸国と和睦を結び、援軍を要請。それらが功を奏して、
劣勢な戦況を何とか覆すことに成功します。
しかしながら、戦は非常に長きに亘り、最後の最後は北条と改姓した氏綱が関東
進出の足掛かりとして、その手中に江戸を収めたのでした。
さて。では、そうした戦乱の最中、少女はどうしていたのか。
尤も、それは想像に難くないでしょう。
むろん、何もしません━━━と言うより、何も出来なかったとしたほうが正しい
ですね。
娘の命を繋ぐため、妖力の殆どを失った少女。
残ったのは、人外とも呼ぶべき怪力と、それなりに結界が操れる程度。
ですが、朝興にしても、元より対外的な計略。抑止力として利用することが目的
なので、少女を巻き込むようなことはしなかった。
それどころか、とにかく人目から遠ざけようと、社の周辺一帯への立ち入り禁じ
命令までも発布したほど。その徹底ぶりは、朝興の許可なく近づくば死罪という、
極めて厳しいものでした。
理由は、一人歩きさせた噂の神秘性を保つため━━━というのは表向きの建前。
実際は、朝興の中で何かが生まれ変わったから。
それは、ようやく重い腰を上げた朝興が、自らの両眼で真偽のほどを確かめると
勇み立ち、口の堅い馬方と二人、お忍びで少女と接触したときのことです。
お供を連れないことを条件に、少女の導きで件の洞窟に足を踏み入れた朝興は、
その信じ難くも荘厳な光景に驚愕し、言葉を失い、それこそ瞬きも時間も忘れて、
微動だもせずに魅入ったのでした。
その後、突然。何を思ったか朝興は、自ら髷を切り落とすと、貧相という言葉が
布を纏っているような薄汚れの少女に向かって頭を下げ、武将でも君主でもなく、
人間・上杉朝興として接することを約束しました。
少女の施した結界により、朝興の瞳に、異界の渦は映りません。
それでも朝興は少女の言葉を真摯に受け止め、己の愚行を改めると同時に、妖鬼
という異形の存在を知ることとなったのです。
尚、一国を治むる朝興の心をそこまで大きく開かせたのには、心魂を改めさせる
までに至らせたのには、とても重大な理由がありました。
少女の異能が造り上げた、さながら、宝石を鏤めたかのような神々しくも壮麗儼乎たる眺望を、その目で見たから━━━と、それだけが理由ではなかった。
無色透明、煌びやかに光を放つ、筆舌に尽くし難い美しさ。
その巨塊に眠る幼女の姿に、朝興は神の存在を重ね見て、そこから天啓を得たの
でした。




