表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/70

〔拾肆〕神様は人見知り。

 素通りという言葉を聞いて、先ほどのことが頭を過ぎった。


 言うまでもなかろう。小鳥が三つ編みを突き抜けた、あの一瞬の出来事だ。


 小鳥は三つ編みの胸元に突き刺さるような形で姿を消すと、直後には背後から、そのまま上空へと飛び去った。


 それは、ほんの一瞬の出来事で、まさに書いて字の如く、瞬き一つしていたら、それこそ見逃していただろう。


「立花君。もしかして、小鳥のことを思い出しているのですか?」


 その問いに少し気まずいものを感じた僕は、ちらりと横目で三つ編みを見た。


 するとどうやら、もう気にしてませんよってな感じで微笑むものだから、尚さら健気というか、痛ましいというか。


 僕は視線を美咲先生のほうに戻して、幾分、遠慮がちに肯定した。


「…まあ。はい。あんな感じかなと…」


「ただし、先に言っておきますが、これから必ず矛盾します」


「矛盾?」


「必ず」


 と胸を張られましてもね。


「だけど、致し方ないのです。正直、わからないことばかり。手持ちの情報から、一応の仮説らしきものは立てていますが、それも、どこまで合っているのやら…」


 の割には、自信たっぷりに話してますよね。


「ですから、矛盾は矛盾のままで聞いてください」


「はあ…」


 ま、いいだろう。それならそれで。


 そもそも、言っていたではないか。妖鬼の目的は人間の()であると。ここにいる六人は、だから、身体を奪われたのだと。


 ならば、妖鬼に襲われたという村人達も、乾涸びたり、その躯が塵のように霧散したりするのは違う気がするし、矛盾がどうのと言うより以前に、すでに話は破綻している。


 つまり、伝説だの昔話だの、そんな曖昧不透明なものに、整合性を求めるほうが間違っているのだ。


「立花君。それと、もう一つ」


 何だ。


「何故いつまでも、そんなに()()を強張らせているのです?」


「それは。その…」


「らしくもなく真面目くさった()()をして。先生、笑ってしまうでしょ。いつものようになさい。いつものように」


 いつもって、どんなだ。


「あの―――」


「だらしなく」


「…………。」


「とにかく、普通でいいのです。普段どおりの()()になさい」





 犇く群衆よりも頭二つ分ほど突き出た二体の妖鬼は、眼下で蠢く人頭には一瞥もくれず歩みを進め、がらりと空いた拝殿の前に立ちました。


 妖鬼が同時に三体。


 そこで、少女は戦慄します。


 一体は自分を見、もう一体は的屋の男を見、残る一体が、自分も的屋の男も無視して、拝殿の脇、さらに奥を見ていることに。


 立花君。先ほど話した、甲と乙を思い出してください。


 妖鬼にとって、()()()()()()()のです。


 それまでに得ている情報と、自分の目で見た現実が、そのことを少女に確信させました。


 と同時に、直感します。


 妖鬼にとって乙は存在しない。ならば、逆も然り。乙にとって()()()()()()()()のです。


 実際に、誰も彼もが恐怖に青ざめてはいても、妖鬼そのものを見て恐怖しているわけではなく、それは群集の様子からも歴然。新たな妖鬼が二体も出現したというのに、群集の誰もが依然として、賽銭箱の下に逃げ込もうとしている的屋の男を、哀れむような目で凝視しているだけなのですから。

 

 ならば、妖鬼が見ているその先には、()()()()()()()()()()


 そう。少女は気づいたのです。それが、愛する自分の娘だと…。


 その事実に気づいた少女は―――むぅ?





「何です?」


「あ。すみません。あの。拝殿と本殿って、何か違うんですか?」


「あのね。立花君」 


 そんなつまらない質問のために話の腰を…、と喉元にまで出ている()()である。


「あなたも神社へ御参りしたことくらいはあるでしょう? 幾ら偏屈で無神論者な臍曲がりでも、縁起担ぎの一度や二度は」


 この人は、僕を何だと思っているのかな。


「ここ数年はご無沙汰ですがね。以前は、近所の吉原神社か鷲。初詣に、わざわざ下谷まで足を伸ばしたことも」


「ならば話も早いです。拝殿は御参りの際、皆が拝み祈る場所。あなたも御賽銭を入れたでしょ?」


「手持ちの小銭だけですが」


「結構。その賽銭箱奥の社殿が拝殿。本殿は御神体―――つまりは、神様がおわす社殿で、大抵は拝殿の奥に位置し、それら社殿を繋ぐのが幣殿、もしくは、中殿と呼ばれます」


「なあんだ。そんな奥にいるんですか」


「あのね。立花君。世の中には、()()()という言葉があるのですよ、()()()という素敵な言葉が。何より重要なのは信じる心であって、物事には【見せず・見ず】にしておいたほうが、良い場合だってあるのです」


 にしたって、出し惜しみが過ぎないか。


「案外、人見知りなんですね。神様ってやつは」


「そうですね。確かに、そういう点では閉鎖的かもしれません。余程のことがない限り、本殿の御扉が開くことは皆無―――とまで言ったら少し大袈裟ですが、それくらい、まず、ありませんから」


 なるほど。そりゃ、逃げ出すわ。足が付いてる()()()()なら。


「じゃあ、ついでと言っちゃ何ですが。あの。どうにも妖鬼が…」 


 美咲先生、小首を傾げる。妖鬼が何です?


「その。全然、浮かばないんですよ。妖鬼ってやつの容姿が」


 伝説とまで言うのだ。その真偽の程は別として、相当、古い話に違いない。


 ならば、群衆より頭二つ分ほど突き出た妖鬼というのも、そこまで驚愕するほどには大きくなかったのではなかろうか。


 何せ、この島国は農耕民族。江戸時代あたりでは、男子の平均身長も五尺二寸、百五十五センチ程度だったと聞くし、それも、そこそこ食うことの出来た武家人が主な対象なのだとか。


 つまり、社に逃げ込んだという群集の食生活までは知らないが、おそらく、ものすごく小柄だったに違いない。


 で、そこから頭二つ分と言われても、現代に生きる僕からしてみりゃ、失禁だの肝が縮こまるほどでもないわけで、でかいの何のと煽られたって、やはり、ぴんと来ないのだ。


「なるほど…。言われてみれば、そのとおり。先生としたことが、ついつい、自分勝手に話を進めていましたね。あなたという()()が、ねちねちと細かい性格であることを、すっかり忘れていました。ごめんなさい」


 何だ。その言い種。


「いや。こちらこそ、すみません。想像力が足りなくて」


「まったくです」


 否定しなさい。


「で? どれくらいなんです?」


「そうですね。まあ、個体差もありますし、大雑把にですが、その鴨居を少し超す程度でしょうか」


 僕は胡坐を()いたまま、ぐいと首だけで鴨居を見上げた。


 相当に古い屋敷ではあるが、造りは、()()と大きく違わない。


 鴨居まで、およそ一間。つまり六尺。百八十ちょい。さらに、それを少し超すとなれば…。


「ですので、先ほど指摘があったように、あなたの背丈なら、()して大きく感じることもないでしょう」


「いやいや。充分、大きいですけどね」


 ちなみに、僕が寸や尺で目測するのは、父や祖父の影響だ。家業が家業だけに、刃渡りを読むのも、寸と尺を使っている。そうして日常的に馴染みが深く、寸尺のほうがしっくりくるのだ。


 また、せっかくなのでついでに言うが、今日、僕が届けた刀は、刃渡り二尺一寸五分。およそ六十五センチで、室町時代から江戸時代中頃にかけての平均刀身が、二尺四寸、乃至(ないし)、二尺六寸くらいであるから、幾分、短い部類に入る。そのあたりから考察すると、元の持ち主は、背丈の低い小柄な人物なのだろう。


 尚、戦術的に騎馬兵を多用していたとされる鎌倉時代あたりだと、その分、細く長く、反りが強くなるのは言うまでもあるまい。


「そうですか。大きさは納得です。なら…」


 と僕は、妖鬼が上手く想像できない、最大の理由に言及した。


「言っていましたよね。亀の甲羅のように強靭な皮膚が云々。それって、何です?ま、皮膚ってことは、それなりに弾力もあるのだろうし、また体毛とか、そういうのはないと思いますが」


 しかし、どんな皮膚の色なのか。今のところ、僕としては亀のような深い緑だと勝手に思っているのだが、違けりゃ随分、その想像だって変わるだろう。


 目は。鼻は。口は。牙は。角は。角はどうだ。


 一角? それとも二角? まさか、三角ということはあるまい。


 等々、色々と訊くつもりでいた。


「どうなんです?」


 ところがしかし、予想外というか非常識というか、その一言で、何もかもが吹き飛んだ。


「きょ…?」


「恐竜です。恐竜」


 そんな馬鹿な。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ