表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/70

〔拾弐〕口は災いの元である。

「立花君。どうしました? 先ほどから、何を黙っているのです?」


「…………。」


 諸君。()()が物を言わずに押し黙るとき、そこには様々な感情がある。


 それは、あまりにも腹が立ち過ぎて上手く言葉に出来ないとか、悲しみのあまり言葉を失い、嘆くことすら出来ないとか。


「お腹が空いたのですか?」


「…………。」


 あるいは、もう相手にするのが段々と面倒になってきちゃったり、そういう人に調子を合わせて、これ以上、深みに引きずり込まれたくなかったり。


「ちょいとちょいと。小僧さん。何だい、あんた」


「は?」


 唐突な剣幕。これまでずっと寡黙に煙管を噛んでいた、微笑の着物美人である。


「ちっとは何か言ったらどうだい。うんでもすんでも。相槌もなく黙ってるって、そりゃ、失礼ってもんじゃないかさ」


「あ。いや。その…」


 長煙管の柄を僕に差し向け、今にも乗り込んで来そうな雰囲気。


 だなと思ったら案の定。しかも、ぞろぞろと他の五人も後に続いた。


 八畳の部屋に計八名。しかし、余計な物が置かれてないので、とくに息苦しさは感じない。注がれる視線が暑苦しいだけだ。


 こうして間近で良く良く見ても、たしかに幽霊ではない、…のだろうな。多分。


 どうしたって見分けが付かない。何ら違和感はなく、こうして会話までしているのだ。透けてもなければ、足もある―――って、土足かい。


 まあいい。それはともかく、透けてもないし足もある。何処から見ても実体そのもの。見た目だけなら人間だ。現に僕は気づかずに、二人も話し掛けてしまったのだから。


 尤も、彼女達を幽霊ではないとするには、幽霊は透けて足が無いという前提と、それを裏付けるための確固たる証拠も要るが。


「お咲。大体、あんたもあんただよ。何を馬鹿っ丁寧に。じれったいね。さっさと話しちまいなって。難しいことなんざ、ひとっつもありゃしないじゃないかさ」


「まあまあ。落ち着いて」


「おつむの出来が良いんだろ? あんたんとこの生徒ってのは」


「この子は特殊ですからね」


 どういう意味です。それ。


「あなた、少しよろしくって?」


 は?


「あなたが何を拒絶しようと否定をしようと、そんなことはどうだって構いませんですわよ? だけど事実に変わりはなく、その先に待ち受ける運命は、後悔と茨の道のみ―――って、あら? それって糞貧しい上に敗北者? 案外、お似合いかも知れないですわね?」


 どうでもいいけど、部屋の中で日傘はないだろ。


「立花殿」


 あ?


「心中、察するに余りある。されども、腹が減っては戦にならぬでござるよ」

 

 おめい、まったく察してないだろ。


「…あの。美咲先生…」


「やはり、お腹が空いたのね?」


 あなたも少しは察してください。


「その。何と言うか…」


 さて。どこまで話して良いものか。


「たしかに僕は特殊、…いや。まあ自覚はないので、どうやら特殊()()()のです。それは美咲先生の言う特殊とも、また違う意味で」


「でしょうね」


 何を以って肯定したのか。


「だから、信じられるし、信じます。これまで美咲先生が言ったこと全部、尾鰭の付いた伝説以外は」


「殆ど信じていませんね」


「白状しますが、僕にも色々あったんです。理屈だけでは片付けられない、そりゃもう摩訶不思議なあれやこれやが沢山一杯」


「否定は、なしですか…」


「で? 結局、僕にどうしろと? 何かさせるつもりですか?」


「あのね。立花君…」


 美咲先生は深い溜息と共に小さな顎を静かに揺らした。


「あなたは信じられると言いました。ならば、信じてください。先生が一番最初に言ったことを」


「…………?」


「お話があります。()()()()()()()、重要な」


「ああ。そうでしたね」


「こうも言いました。少なくとも、対策は出来ますと」


「はい。それなんですよ。それが()()らない。その言葉の意味が」


「そうですか。困ったものです…」


 見損なったと言わんばかりの美咲先生に、僕は少し腹が立った。


「いやいや。ちょっと待ってくださいよ」


「何です?」


「だって、普通はそうでしょう」


 腹を立てた僕は勢い任せに本音を吐露した。美咲先生の気持ちも知らず、あとで後悔するとも知らずに。


「信じるも糞もない。何せ、ずらりと目の前に、不思議な連中が並んでいるんだ。嫌でも信じるしかないでしょう。けど、僕にしてみりゃ寝耳に水だし、妖鬼だ自覚だのと言われたところで、何が何やらさっぱりだ。正直、関わりたくないですね。関わりたくないし、巻き込まれたくもない。はっきり言って…」


 迷惑という言葉だけは、ぎりぎりのところで押し留めた。


「…すみません。言い過ぎました…」


 ついつい、勢いで言ってしまったが、美咲先生に悪意はない。


 むろん、その確証はないけれど、それくらいのことは僕にも判る。


 この人が、()()()()と言うのなら、それは、()()()()なのだ。


「ですが、僕の言っていることも()()るでしょう。それほどおかしなことは言っていないはずです。違いますか?」


 美咲先生は、困った子ね…、とでも言いたげな()()で、細く長く息を吐いた。


「違いません。あなたの言うとおり。だけど()()()()()、先生の言っていることも()()るでしょう。それほどおかしなことは言っていないはずです。違いますか?」


 美咲先生は、左手に填めている手袋の先端を抓み、そっとゆっくり徐に、じわりじわりとずらしはじめた。


「立花くん。これも他言無用です」


「…………。」


 諸君。さらに付け足そう。あまりにも愕き過ぎてしまったり、…と。


 そう。息を飲んだきり、僕は言葉が出なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ