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ちょっとてかだいぶ長め。
「何であんたと一緒にいなきゃいけないのよ」
「い、いいじゃない! 明日は敵だけど今日はまだ友っていうし……。ね? 今日くらいいいでしょう?」
それを言うなら、《昨日の敵は今日の友》では? と私は疑問に思った。
プッチは深く考え込んで、ため息をついた。
「わかったわよ。でも早く帰るんじゃなかった?」
プッチがそう言うと、ルンベリーと呼ばれるエルフは、首を振って、雲がなくなって地上に陽を燦燦と降り注げるようになった太陽のように明るい笑顔になり、胸の前で手を合わせて目を輝かせた。
そして何故か、立っている私に抱きついた。
顔にしつこいと言わんばかりの胸が当たる。
息がしづらくなるくらいの豊胸で、まな板な私に何かを訴えかけてくるみたい。
なんて理不尽な世界なんだ。
でも、始めて出会って抱きつかれた割に、胸のこと以外は不思議と「嫌だ! やめて!」ってはっきり思えない。
「で、これから貴方たちはここでお昼を食べるのね。今さっきまで仕事でここに来ていたのだけれど、私もここでお昼にするわ。たった今、早く帰らなくてもいいって知らせを受けたから」
私とプッチは首を傾げて、目を丸くして顔を見合わせた。
本当に何を言っているか分からない。
私たちは三人になり、扉を開けて店に入った。
「いらっしゃいま――あれ? ルーンちゃんまた来たんですか? たった今食べたばっかじゃ――」
私の横でさっきまで笑顔で私の顔を見つめていたルンベリーと呼ばれるエルフは、目にもとまらぬ速さで弓を構えて矢を一人の店員の真横を通り抜けるように放った。
「ヒッ」
「それ以上は禁句よ、サラ」
笑顔でエルフに矢を向け撃つ時点で相当危ない奴なんだろうなってよーく分かる。
サラと呼ばれるエルフは後ろ壁に刺さった矢を抜き取り、矢を凶悪エルフのルンベリーに返した。
「いやぁ、ごめんなさいね。驚かせちゃったかしら? これは私達トゥエルフの挨拶みたいなものなの。だから至って普通よ? そういえば、興奮してて自己紹介をするのを忘れていたわ。私の名前は≪ルーン=ルーン=ランベリー≫。皆からはルンベリーって呼ばれてるから、そう呼んで貰えると嬉しい。これからもよろしくね」
「これからも……はい……」
周りのお客さんから少し引かれ気味で店内に入った私たちは、カウンター席に座った。
私はプッチとルンベリーに挟まれる形で座った。
「紹介するわ。これが私の自慢の幼馴染、カジュエルフのサラ。本名は≪チータ=バルベリー=サラシナ≫」
「どうも、よろしくお願いしますね。えっと……」
「あ、私は≪ミシュ=アノセクト=アリーズ≫って言います」
「うーん、長い名前ですね。よし、ミシュちゃんですね! よろしくお願いします!」
桃色の長い髪をしたサラは頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
「ちなみに、私たち三人は幼馴染同士なの。とは言え、私のことを自慢の幼馴染と言わないのは何だか不服ね」
ルンベリーにそう言われると、プッチは腕を組んでそっぽを向いた。
「へぇ、お二人も幼馴染なんですね」
「……そうよ」
「そうだよ~、バ……あっ、ね? バルベリー」
サラは笑顔で頷いた。
「ということは皆さん歳は同じで?」
「そう。皆174歳よ」
174歳……? この見た目で……?
「結構歳いってるじゃないですか……」
私がそう言うと、3人は顔を見合わせ、大笑いした。
「そうね。確かに人の子からしたら私たちは年寄りかもしれない。でもね、エルフの寿命は人間の10倍と言われているの。驚くのも無理はないわね。私たちを人間に置き換えると、華の女子学生みたいなものよ」
「ほぇ……」
エルフなんて絵本で読んだだけで空想上の生物だと思っていたものだから、最初に会った時よりも驚いたし、そこまでは知らなかった。
「うんうん。それじゃあ3人共。何食べる?」
サラはメニュー表を渡してきて、そのあとにコップに入った水を三人分渡してきた。
「あー、私はコーフィーでいいわ」
ルンベリーがメニュー表を見ずにそう言った。
しかしコーフィー? 何処かで聞いたことがあるような名前のもの。
今の私にはまだ早い味の飲み物だった覚えがある。
「私はいつものやつを頼むわ!」
プッチもメニュー表を見ずにそう言った。
サラは小さなため息をついて、「はいはい」と言い、後ろにある扉を開けて奥に行ってしまった。
私はメニュー表を開き、どんなものがあるかを見た。
……字が読めない。
何故会ったこともないエルフと言語の差異なしに話せるかの話は置いといて、文字を読むことができない。
料理の絵が載っているわけでもなく、ただ料理名と金額の数字が書いてあるだけで、何を注文すればいいのか、何が注文できるのかがサッパリ分からない。
「どうしたの?」
凶悪エルフのルンベリーが私に訊いてきた。
そして、メニュー表を覗き込んできた。
「あ、字が読めないのね。仕方ないわ。これはエルフ以外の種族が読めないようにするため、エルフの先代がお創りになさった今でも続く言語だもの。ちなみにこの言語の事を【エルフィ語】というの」
「なるほど」
「ルンベリー、そんなこと教えたって意味無いわよ。こいつが探している人を見つければそれでもう来なくなるんだから」
プッチはそう言って、コップを右手で掴んで、水を半分まで一気に飲んだ。
「あら? 探してる人……」
ルンベリーは顎に手を当てて何かを考え始めた。そして、口をポカッと開けた。
「あっ」
ルンベリーは数秒間硬直して、汗を一滴垂らした。
「どうしたんです?」
「い、いやぁ、何でもないの。心当たりがないか今までの行動を思い出してただけよ」
何故行動を思い出すんだろう……?
「じゃあ、このお店のオススメでいい?」
「ならそれでお願いします」
するとルンベリーは立ち上がって、サラを大声で呼んだ。
「はいはーい」
サラが片手に、飲み物と料理を乗せたトレーを持って扉を開けて入って来た。
トレーの上に乗っている、薄茶の飲み物が入ったカップをルンベリーの手前に、お米ではない異形の白い粒粒が沢山あり、その上にタレがかけられたお肉が乗っていて、その皿の中には甘い香りのするスープが入っている斬新な料理がプッチの前に置かれた。
「はい、あったかコーフィーとハングポテね。これは領収書」
白く長細い紙に料理名と思われる文字、そしてその料金と思われる数字が書いてあった。
その紙を静かにプッチとルンベリーの前に差し出した。
「やっぱこれよね~」
プッチはそう言うと、カウンターの台の上の透明なケースに入っているナイフとフォークを取り出して料理の前に置いた。
「ありがとうサラ。それと、ミシュにはバリーアパントをお願い」
……? 同じ名前の食べ物がここにもある……?
「すぐ作ってあげるから待っててね」
サラは微笑んで、また奥の部屋に入って行った。おそらく奥には厨房があるのだろう。
「バリーアパント……」
「何か気になる事でも?」
ルンベリーがそう問いかけてきた。
「そういう名前の食べ物を何度も食べたことがあって」
「そういうことね。確か、このエルフィーナ森林に、旅人が一回だけ迷い込んできたことがあってね、多分その人がここでバリーアパントを食べてサラに作り方を教えてもらったんだと思う。きっとあなたにバリーアパントを食べさせているのがその人なのよ。きっとね」
「そういうことだったんですね」
ということは、あのいつもの人がここに一回迷い込んで……。
でも、それじゃあ何で毎回あの扉からこの森に……? うーん……頭がこんがらがってくるよ。
横を見ると、プッチは隣で行儀よくナイフとフォークをうまく使いお肉を切りながら食事をしていた。
話し終えたルンベリーはカップの取っ手を掴んでコーフィーを少しずつ飲んでいた。
「んー? そんなことあったっけ?」
プッチが口に物を含みながらもごもご話した。
ルンベリーはコクリと頷きコーフィーを啜った。
そのあと本当にすぐにバリーアパントが入ったお皿を片手で持ってきて私の前にドンと出した。
「はい! バリーアパント! あなたはお金を持っていないと思うから、今回はプチちゃんが払ってね」
「なんでよ!」
「だって一応保護者みたいなものでしょ?」
「だって、しょうがないじゃない……」
プッチは渋々と財布を取り出し、銀貨を五枚取り出した。
「はい、ミシュちゃんの分と含めて丁度ね」
サラは銀貨を受け取って銀色の箱に入れた。
「ミシュちゃん」
サラが私の名前を言った。
「はい?」
「ここに来るまで、プチちゃんの料理食べた?」
「食べましたけど……」
「なかなかのものだったでしょう?」
まぁ……確かに。
「実はこのバリーアパントってね、プチちゃんが発明してくれたものなの。意外でしょ?」
「え」
私は思わずプッチの顔を見た。
「何よその反応」
プッチは私の顔をじっと見返していた。
「プチちゃんね、料理の見た目がよくできても味付けができないの。見たでしょ?」
「はい」
実際、朝の野菜炒めは美味しそうには見えた。
味はこの世のものとはお世辞でも思えないくらいだったけど。
「料理の考案は全てプチちゃんなの。これに関しては奇跡と言わざるを得なかった」
「な……当然よ!」
するとサラは一枚の絵を取り出した。
サラは私にその絵を見せ、微笑んだ。
絵にはサラとルンベリーとプッチ、そして褐色肌のエルフが写っていた。
「このお店、前までは全く繁盛していなかったんだけど、このバリーアパントができてから口コミでお客さんが広がるようになってね。端的に言うと、全てプチちゃんのおかげなの。ね?」
プッチは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「それはその……」
プッチは黙り込んでしまった。
そして、一人で席を立ち、店の外に何も言わずに出て行った。
「本当は優しいんだけどね~、プチ。ツンツンしてるんだよね」
「わかります。からかうの面白いですよね」
「あ、わかる~? そうそう、それが楽しい」
次話もよろしくお願いいたします!