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「ふふん。とりあえず、その切り株にでも座って見てなさい!」
そう言って、近くの小屋に駆け込んで行った。
私は言われた通り切り株に座って待った。
この辺りは、空気が一段と澄んでいるし、特に風が心地いい。
日の光も木々の隙間から丁度差し込んできて、生育環境も良さそう。
そういえば、お水は何処から入れてるんだろう? 農家の人は、畑の横に小川とか溝を作ってそこから水を畑の土に供給してあげてるみたいだけど……地域ごとに違うのかな?
私は頬杖をついて考えた。
違う私がいる地域では、雪が半年以上降っているから、雪が止んだら、その雪解け水を使って作物に水を与えている。
ここは地下水とかがあるのかな。
それともただ雨が降るだけかな。
もしかしたらここも雪解け水を使っているのかもしれない。
色々考えることができるなぁ。
そのうち、プッチが大きな白い袋を持ってきて、私の横に置いた。
袋の中には同じ種が何千個も入っていた。
まさかこれを全て撒くというのだろうか。
それも2時間で。
「よーく、見てなさいよ」
「はい」
プッチは畑の前まで歩いていき、両腕を横に大きく広げ、手も大きく広げた。
「あぁ、農業に関してだけは全知全能なる神【シンノウ】よ! 我が一族の第一族長との契約に従い、我に農耕の力を授けたまえー! なむなむーなむなむー」
プッチが拝むように手を擦り合わせながらそう願うと、プッチの周りに沢山の妖精たちが集まってきて、何かを詠唱した。
そして、プッチに緑色のモヤモヤしたオーラが流れ込んでいき、そのうちプッチを包み込んだ。
プッチの姿はよく見えているから、本当の気みたいなものなんだと思う。
というか、見てても分かんない!
「雑草撤去!」
プッチは手の指を綺麗に揃えて手刀を作り、回転しながら一気に横に切った。
すると、畑中の草が根から一気に跳ね上がって土から浮かび上がり、空中でこれでもかというくらい粉々に切断され、全て風で流されていった。
畑は完全に土しか見えなくなった。ただ、まだ耕したとは言えない。
「タガヤス!」
次は、何かを持つように両手を軽く握って空間を作り、縦一列にして腕を頭上まで振りかぶって、勢いよく振り下ろした。
すると、畑中の土が空中に舞い上がり、土煙を作り出した。
しばらくして土煙が収まると、魔女でも人間の手でもできない程に、畑は見事に耕されていた。
土の高低差、盛り上げ、人が歩く幅など、全て均等な感覚で並んでいた。
これが農業専門エルフの村長の娘の女子力(物理力)……!
「次で最後よー。私の凄さを目に焼き付けておくことね!」
振り返って、種の入った袋を人差し指で指した。
種が入った白い袋は、まるで憑りつかれたかのようにふらふら浮かび上がって、ゆっくりと畑の上空に移動した。
横にある袋が動いた瞬間ちょっと吃驚した。
「さぁこの力を使った最後の作業よー! ……タネマキ!」
袋に入った種は、油を引いたフライパンの中で跳ねるポップコーンのように弾け飛び、畑の盛り上がっている土の中に自ら入って行った。
なんて便利な力なんだろう。
違う私の村にもその技術と能力を取り入れたいくらい素晴らしいもの。
種が弾け飛び終わると、袋が勝手に締まってプッチの元に結構な速さで落ちてきた。
プッチはその種袋を軽々と受け止め、地面に置いた。
大事な事だと思うから2回目を言うけど、これが農業専門ダクエルフ、そして村長の娘の(物理的な)女子力……!
「どう? これぞ私のウラワザよ。30分もかからなかったでしょう?」
「はい。私の時計はフェムト秒しかずれてない筈だから、32分しか経ってないです」
「……その前の情報いる?」
「いらないですね」
軽く否定して小時計をドレスのポケットにしまい、私はプッチにこの後の事を訊いた。
「次はどうするんです?」
「ここからが私たちの作業になるの! この畑は特別な畑で、土の中に一度でも入った種は、濃厚な魔力の入った水しか受け入れてくれないのよ」
「我儘な畑ですね」
「うんうん。それを探すのに時間がかかって、毎回最終的には二時間かかっちゃうわけね」
あっ、ふーん。
マナの泉なら来る途中で結構見た気がしなくもないけどなぁ。
「最近では村付近のマナの泉は枯渇しかけてる、それか枯渇して完全に泉の水がない状態になってる所が多くなってるのよね。だから見つからないし、使うにしても量が限られてくる。元々は――」
この後、プッチの話は1時間近く続いた。話によると、このエルフィーナ森林にはマナを生成し、土地や他の職粒、また動物などに魔力を与える『エルフィーナの神木』と呼ばれるマナの大樹があるらしい。でも、エルフ族は誰も見た事のない樹木みたい。
私がいる森のマナの大樹と同じ効果がある。
とすると、他の樹木や職部にもマナが宿っているので、そこから水を絞り出せばよいのでは? と、思いかもしれないけれど、この森にある樹木や植物は私が見る限り魔力の影響を受けないような構造になっている。
樹木に関しては、私が今座っている切り株と私の森の切り株を見比べるとよく分かるけど、ここにある木は、外側から樹皮、外樹皮、コルク形成層、内樹皮、維管束系成層で、中は辺材心材になってる。
問題はこの心材の中央の部分で、私の森にある木は、この心材がもっと太くなっていて、心材の中央にはマナを通す『魔力供給管』(私が勝手にそう名前をつけた)という管がある。
基本、この世界の樹木や植物にもこの魔力供給管があるのだけれど、この森林の樹木や植物にはそういった魔力供給管が見つからない。
おそらくそれが原因だろう。
ここにある植物は普通の植物ではない。
私たちはそのあと泉を探した。
本当の事を言ってしまうと、魔力をこのクリスタルに宿して家の近くのマナの泉から水を持ってきてもよかった。
だけど、それはリスクが大きいと思ってするのをやめた。
私は道中で見た気がするマナの泉の場所を言って、その周辺を探した。
そして、枯渇していない潤った泉が丁度良く見つかり、魔力が宿った水を大量に持ち帰った。
その泉からは、既に水が湧き出なくなっていて、持ち帰った水でその泉の水は殆ど無くなった。
ちなみに、持ち帰るために使用しためっちゃ大きい透明なタンク。
水の入ったタンクを持って驚いたのが、軽いというより、何も持っていない、持っている感覚がない、ということである。
これはある意味神器だ。
欲しい。
いや作ろう。
畑に戻った私たちは、タンクにシャワーのような物を取り付けて木の上から満遍なく放水した。その時のプッチはとても楽しそうで、ずっと満面の笑みを浮かべていた。
「よーし、終わったわ! あんたもお疲れ様! そろそろ家に帰らない?」
水撒きが終わり、タンクを小屋にしまい終えたプッチがそう言った。
「そうですね」
「お昼はどうする?」
「何でもいいですけど」
「そういう曖昧な答えって一番腹立つのよ」
「わかります」
「じゃあやらないでよ!」
こういうよく分からない馴れ合いが楽しい。
次話もよろしくお願いいたします!