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「ふぅ……疲れただの」
「何でこんな早く?」
「え、いや、その、嫌われるのが嫌だとかじゃなくてだの、あの、純粋に友達になりたいからだとかじゃなくてだの……あ、えーっと、あ……仕事は早い方がいいからだの!」
何か誤魔化そうとしているようで誤魔化しきれていない話だった。
「お、お茶はないかの?」
私は台所の上に置いてある小さな壺を見た。
「まだできてないの。すぐできるから、そこに座ってて」
山積みになった紙が置いてあるテーブルの近くにある椅子を指すと、魔王さんは顔を赤らめて紙を全て回収した。
「み、みてないかの!?」
「うん。あんまり」
「み、見たのかの!?」
「うん」
「くぅ~はずかしい~」
それから、どうやったかは知らないけど、紅茶を作り終える間に、いつの間にか紙は全て消えていた。
私が紅茶をティーカップに入れて持っていくと、頬を少し赤くして、少し下を向きながら、もじもじして目を泳がせていた。
私が紅茶を目の前に差し出すと、少しびくっと動いて、またもじもじとし始めた。
「いいよ、飲んで」
「あ、ありがとうだの……」
紅茶のカップの取っ手を掴み、震える手を抑えながら紅茶を一気に飲み干した。
「お、おかわりを」
「はや」
壺から紅茶を掬い上げ、紅茶が零れそうなくらいにいっぱい淹れた。
それを差し出し、自分の分も机にあげ、私も椅子に座った。
「あ、あああああありがとだの」
「う、うん」
とても緊張しているらしい。
なんでだろう。
「それで、私はどうすれば……?」
「え、ええええと、ななななんでもいいから、は、ははははなして」
それが一番困るのだけど……。
じゃあ、今まで経験してきた色々な事、話してみよう。
そうして、私はここに来る前の事を少し、そして、ここに来てからの生活や、色々な場所で見た様々な光景を、ナズ以外の他の姿での素性がバレないように話した。
その間、その魔王さんの緊張は少しずつ解れていったのか、次第に、私の目を見て時折笑顔を見せたり、少し悲しそうな表情をしたり、私の話を真摯に聞き入れてくれた。
そして、次に私は魔王さんに話を振ってみた。
「ワ、ワシかの……そうじゃな。マグナが折角これだけ話をしてくれたのに、まだ昼下がり……ワシの話もしないとな」
それから、その魔王さんの話は続いた。
名は『セキュピラス=グロウ=デイルエール』というのだそう。
歳は千七百二歳。
魔界の支配者であり、この世界を乗っ取ろうとしてるとかなんとか。
でも実際は、人間と仲良くしたいだけであって、殺生とか、生死に関わることはしたくないらしい。
種族名は《レディーキュピアス》。
部下からの信頼は厚いらしく、とあるあだ名で呼ばれている。
〝きゅぴえーす〟だそうだ。
そして、これまでの経緯や、魔王に就任してからの話、それから就任する前の話、親の話や魔界の話、本当に色々なことを話してくれた。
その間、セキュピラスは楽しそうにしていて、まるで開放感に満ち溢れているかのようだった。
「ふぅ、久々に沢山話しただの」
「面白かった。特に、セク、セピ……セキュピラスが幼少期に風船をいっぱい飛ばして、その風船がその時偶々飛んでいた魔鳥に当たって、バランスを崩して落ちてきて、丁度散歩をしていたお父さんの顔面に当たったこととか」
「ふふ、そうじゃろう。それはそうと、この名は少し呼びにくいであろう? セピラスでも、セラスでも、なんとでも約して呼んでくれてもいいぞ」
「じゃあ、セピって呼ぶね」
「おぉ、いいぞいいぞ」
セピは今まで以上に嬉しそうに微笑んだ。
余程うれしかったらしい。
略称で呼ばれるのが嬉しいというのはよく分からないけれど。
「……さて、そろそろだの」
「…………うん」
「本当にワシは、魔物に指示をするだけでいいのかの? マグナに加勢をしなくとも?」
「うん。セピには、町の人を襲うつもりで、なるべく時間をかけ、危険に晒されないように町の外に何とか誘導してもらいたい」
「――分かった」
セピは立ち上がり、玄関の扉を開けた。
木々の隙間から差し込む月光が部屋の中に入り、セピの身体を青白く照らした。
セピは外を見ながら、玄関で立ち止まり、私に言葉を投げかけた。
「――怖くないか?」
その言葉には色々な意味が込められていた気がして、何も応答することができなかった。
数秒、時が止まったような感覚がして、セピが再び歩き出した時、時計の針がまた動き出した。
セピが玄関の扉を閉めると、月明かりは消え、部屋を一気に暗く染めた。
私はこれからあの港町に攻め込む。
いや、正確に言えば、その港町を攻め込ませ、自分は自分の目的を果たしに向かう。
人々を恐怖へと誘おうとしている。
殺すことはないものの、自分に関わった者の〝何もかも〟をもっと酷く害わせる。
そうすれば、私はもうあの港町には行けなくなるだろう。
姿を変えたとしても、もう二度と行きたくなる場所へと変わってしまうだろう。
きっと、私はまた孤独を味わうことになる――
《――怖くないか?》
その言葉が、私の脳裏で谺する。
ああ、怖いよ。
すごく怖い。
何もかもが怖い。
私は私がどうすればいいかが分からなかった。
でも、もうこうするしか他ないの。
きっと、この方があの港町の人は幸せになるだろうから――
……さて、そろそろ行こう。
私は泉の水を小瓶に入れ、魔力をネオクリスタに注ぎ、いつもの近くの林を想像し、そこに転移した。
「ルース・アン・バインド……」
――≪ナズ≫。
次話もよろしくお願いいたします!