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ある一定の話数までは連続更新予定です。それ以降は、二日か三日のペースで更新していく予定です!(たぶん二日ペース)
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魔女はいつも孤独で、哀情しかない生物。
人間からは嫌われて、一人で森を彷徨って、いつの間にか自分のお家を焼かれてしまう。
魔女狩りなんて、人間の勝手な都合で、魔女という存在を滅ぼそうとされた。
だから魔女は隠れて、人間の前には顔を出さないようにした。
燃え盛る炎がトラウマなんじゃない。
人間そのものが嫌な物だと思っている。
魔女はいつだって人間を葬り去ることができるけど、人間は他の魔女をいつだって焼くことができる。
それが恐ろしくて、恐ろしくて仕方なくて、魔女は一人で森にひっそり佇む。
もう誰かが死んでしまうことを望まない。
今までの事象の全てが夢であったならと思いながら。
魔女は今日も森といる。綺麗な赤い目で、黄色い肌をしたメテオドラゴと一緒に。
魔女の肌はとても白くて、髪は薄っすら金色で、いつも純白のドレスを身に纏っている。魔女は――
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「あ」
私は黒鳥の羽でできた羽ペンを止めて、壁にかけてあったシマフクロウ時計を見た。
「もう行かないと」
時計の針は曲がっていたけれど、時間は正確でないけれど、私は行かないといけないと思った。
「さて、今日はどこに行こうかな」
身支度をすませて、メテオドラゴのツラムに留守番をしておくように頼んだ。
ツラムはちょっと前に北にあるソーダ丘で拾ったの。暇つぶしだったのだけれど、丘に行った時に、傷だらけで倒れていたの。
だから私が治してあげた。
そしたら懐いてきちゃって、私の家まで付いてきた。
本当は故郷に帰らせたかったけれど、ツラムは何も覚えてない。何で傷ついたのかも分からないし、ソーダ丘にいた理由も覚えてない。だから私が守ってあげることにしたの。
家を出て、ジェラート泉の水を瓶に汲んだ。
この泉には魔力が宿っていて、この水を飲むことで魔力を回復させることができる。
このカルカオの森には魔力の元となるマナの大樹という樹が合って、その樹から生植物や水が魔力を吸い取っている。
だから、この森自体魔力が満ち溢れているの。
この森にいる生物や植物、来た者も含めて、全てが癒しの恩恵を授かることができる。
でも、相応しくない者が来たら森はそれを拒む。メカニズムはよく分からないのだけれど、マナの大樹がそう言ってるの。
紐を通して首にかけてあるクリスタルに、掌を翳して魔力を注入した。青いクリスタルは眩い光を放ち、中に小さな魔術式を示した。
これで行ける。
私は両手でクリスタルを握り、一つの町の路地裏を頭の中で思い浮かべた。
行こう、『カイギの町』に……。
クリスタルは光を膨張させて私ごと温かい光で包み込んだ。
目を開けると私は家と家の路地裏にいた。
レンガ造りの家で、塀はない。大通りの方角を見ると、ちらちらと人の通りが見える。
誰も私には気づいていない。
よし、そろそろ姿を変えよう。
この姿のままでは、森の魔女だって気づかれてしまうから。
私は指で空中に魔法陣を描いた。
指から魔力を放出することは集中力を研ぎ澄まさないといけないからとても難しいけれど、何万回もやっているから慣れてしまったの。
「……これでよし」
目を閉じて魔術を唱えた。
「ルース・アン・バインド≪ミシュ≫」
魔法陣から紫色の羽が生えた精霊が出てきて、私の体を周り、服や容姿を変えた。肌は薄白から、健康的な肌色に。髪の色を白髪から青空の色に。黒や黄色、赤といった染色がなされている綺麗な蝶々の髪飾りをつけ、服を簡単な蒼いドレスに変えた。
この魔法は、唱えた人の性格や外見、服装までも何もかも変えてくれる。
☆★☆
これがこの町での今日の服なのね。なんて綺麗なドレスなんでしょう。ありがとう、精霊さん。
精霊は笑顔で消えていき、光の粉と共に消えていった。
私は路地裏から出て、街の大通りに入った。みんながみんな大きく見える。
「あら、バリーさんじゃない? 二日ぶりね」
一人の女性が路地裏から出てきた私に気が付き、声をかけてきた。
「あ、いつもの人」
「その呼び方やめてって前言ったじゃないの……」
この人は、私がこの町に始めて来た時に、お腹が空いて倒れていた私に、『バリーアパント』って、山菜や海藻をふんだんに使い、野菜で包んである豚肉を特殊な甘い液でつけた料理をくれた人。
命の恩人でもあるし、今では仲のいい人でもある。
私はそれからその料理が好きになって、この町に来たときは毎回食べてる。
美味しいんだもん。
だからなのか、町の人からは『バリーさん』って呼ばれている。
この呼び名を作ったのはこの人なのだけれど。
「また食べたいな」
いつもの人はため息を吐いて、腰に手を当てた。
「わかったわかった。もう、本当に好きなんだから」
いつもの人は笑顔で私の手を握って、家まで連れて行ってくれた。
町は基本的にレンガ造りの家が多い。
武器屋や防具屋、万屋といった、冒険をするには欠かせない店が複数あって、それぞれの店で独自に物が開発されている。
綿のような柔らかなドレスなのに物理に対する耐性があったり、魔法を使うに特化した短剣とか、物理攻撃重視の杖があったり、ほんの少し飲んだだけで魔力や体力を完全に回復してくれる薬とか、自分の全てにおける限界値を底上げしてくれる飲み物とか、色々揃ってる。
でも、その分魔物も強くて、この大陸の普通の人では絶対に手が負えないし、熟練の冒険者ですら倒すのに一時間もかかるような敵もいる。
もちろん、この世界にも魔王はいて、この世界を支配してる。
この世界には百年くらいいるけれど、未だにその姿を見た事はない。でも名前は知ってる。
えっと……セ、なんとか。うん、度忘れしちゃった。
「バリーさんってどこから来てるの? まだこんな小さい子どもなのに。もしこの町に住んでいないで違う町からわざわざ来てるとしたら、相当危ないよ?」
「大丈夫だよ。だって私は大丈夫だもん」
「理由が意味不明なんだけど……」
いつもの人は苦笑した。
「あのお店、賑わってるね」
私が指をさした方向には、行列ができているお店があった。看板には剣が二つ交わっている模様が描いてあり、お店の横には、お金を貰って長方形の紙を渡している、ピエロのような恰好をしている人がいた。並んでいるのはほとんどが男だった。
「あー、あれね。確か闘技場だったかしら。お金を払って何が優勝するかを予想する所。基本的に一攫千金を狙おうとする男性ばかりで、女性はほとんど来ない」
「何が、って?」
「魔物とかを戦わせるの。この町の地下の大闘技場でね。一日に何十試合もあるのよ」
「そうなんだ……」
「バリーさんには刺激が強すぎるから、行っちゃだめよ。沼だから」
「ぬま……」
そっぽを向いて苦笑いした。いつもの人も一回行ったことがあるのかも。嫌な思い出があったからこその発言と思える。
私は手を握られながら歩いていく。町自体も賑わっていて、野菜を買うおばさん、四人組みの冒険者、男女や同性同士のカップル、他にも、水色のスライムを抱きかかえた女の子とか、路上で怪しい物を販売している人もいた。
それに、町の人から挨拶もされた。みんな私のことをバリーさんって呼ぶ。いつもの人もこの町では結構名が知られているらしくて、冒険者の人からも挨拶されてる。
そして、いつもの人の家に漸く着いた。
いつもの人は玄関のカギを開けて、私を中に入れた。
いつもの人は扉をゆっくり閉めて、鍵を全てかけた。
そして、私の顔を見てにやっと笑った。
「あの……また?」
「だってかわいいんだもーん!」
いつもの人は私を抱きかかえて頬を私の頬にくっつけてきた。それも物すごい力で。
そう、これが、『いつもの人』と呼ぶ理由なのだ。
正直こっちの方が刺激が強い。
茶色い目で私の目をじっと見つめる。降ろした梅重色の髪の毛が私にしつこくあたってくる。
「痛いよ」
「あともう少しだけ! アパント作るから、ね?」
「むー」
食事の為なら仕方がない。と、私は思った。
それから数分後、私は疲れて床に倒れてしまった。体が熱くてとてもじゃないけど立つ気になれない。いつもの人は顔を赤くして、私を抱えて椅子に座らせた。
「よーし、美味しく作るから待っててね!」
私にそう言って、いつもの人は今いる部屋から、キッチンがある部屋に移って行ってしまった。
本当はこれ疲れるからやめてほしいのだけれど、食費を浮かせるためと思うとこうするしかないと思っちゃう。
一週間に、多いときは五回とか六回とか。
少なくても二、三回はやられる。
たまにやられない日もあるけれど、それはいつもの人が忙しくしてる時だけであって、それ以外は絶対にされる。
それにしても、毎回来るこの部屋にはボトルに入った特殊な液体が多い。
時間が経つにつれて色が変わる液体とか、常に沸騰しているみたいに、泡がぷくぷくと底から上がってきている液体とか。
この人はこの町で何をしている人なんだろう。
「できたよー」
中に入ってきて、バリーアパントが乗っている皿を私の前に置き、また違う部屋に行き、箸やスプーンの食器や、ほかほかのご飯や汁物も持ってきてくれた。
「美味しそう」
「でしょ? ささ、冷めないうちに早く食べてね。私は隣の部屋で仕事してるから。でも、くれぐれも中に入ってきちゃだめだよ?」
私は頷いて、箸を左手で持った。
いつもの人はさっきとは別の部屋に入って行った。
毎回聞こえる。この扉を開けると、鳥の囀りとか、動物の鳴き声とか。
いつも嗅いでいる木の匂い、土の匂いまでする。
それに、開けた瞬間の扉の隙間を見ると、青く発光する大きい花や、赤い花などが見える。この人は一体何者なんだろう……。
あと、この扉の奥にはいったい何があるのだろう。
いつもは鍵をかけてからいくはずなのに、今日は何もせずに行った。
私は考えながら、まずは汁物を飲み、次に、バリーアパントの野菜と豚肉を同時に掴んで食べる。
「やっぱりおいしい……!」
お米を箸で掴んで摂食した。その後も早いペースで全て均等になるように食べ続け、キノコが入った塩の汁物を飲んで食べ終わった。
「ふひぃぃ、お腹いっぱいぃ……ねー、いつもの人ー」
私が呼んでも、いつもの人は戻ってこなかった。いつもなら扉を開けてすぐに「はいはーい、ありがとね!」って言いながら戻ってくるはずなのに。
私はダメだとは分かっていたけれど、扉に近づいた。
微かに動物の鳴き声が聞こえる気がする。
やっぱりこの奥は森につながっているの……?
私は恐る恐る扉を開いた。
目の前には、大森林が広がっていた。
見た事がない大木、植物、奇抜な模様の鳥……。
こんな場所見た事ない。
私が探索不足なだけかもしれないし、違う森に行ったことがないからなのかもしれないけど、この大陸では、森は南に一つ、私の家の周りに一つ、この二つだけしかないはずなのに、ここはまるで違う。
浩大で、かつ大木ばかりが生えている所も、誰からも聞いた事が無い。
ここは本当にどこなの……?
私は大声でいつもの人を呼んだ。少しずつ歩き、大木の根を避けながら大声で呼んだ。
呼んでいると、そのうち開けた場所に来た。ここなら声も響きそうだ。
「いつもの人ー!」
さっきより声量を増やして上を向いて呼んでみた。
……それでも反応はない。本当にどこに行ったんだろう。私は地面に座り込んだ。
――その時だった。周りの茂みから物音がした。
ガサガサ、ガサガサ、という物音がいくつも聞こえた。
「いつもの人……?」
音がする方をじっと見つめた。
『にゃぴっ!』
茂みから出てきたのは、耳の長い小さな生き物の群れだった。
少し驚いたけど、どうやら害はないみたい。すぐに私の横を、何かから逃げるように通り抜けて行ってしまった。
逃げるように……?
そのすぐ後に、可也大きな足音が聞こえた。それも、さっきの動物が出てきた方から。
『――』
少しずつ足音が大きくなっていき、ついに、姿が捉えることができた。
次話もよろしくお願いいたします!