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慈愛の公女は幼女にときめく  作者: いのりん
9/15

9話 アルス、戦う

実習二日目


「おい、院長。はやく何か妨害のひとつでも仕掛けんか。もう昼だぞ。」

「分かってるよ男爵様。だが、護衛役の目もあるし、子供達がなついて常につきそっているのに、教育者として理不尽なことすることもできないだろ。」


 小声で話ながらミリスは内心で嘆息する。相手が嫌な奴ならいくらでも非情になれるが、基本的に情に厚いところのある彼女は、先日の礼もあり、少女を悲しませたくない気持ちいと子供達のために大銀貨が必要な気持ちの間で葛藤していた。


 そんなうちに、現在は昼下がり、清掃の時間である。

 アルスメリアを中心に子供達が集まり、楽しそうに仕事に取り組んでいいたのだが、


「おうおう、ずいぶんと楽しそうにしているじゃねーか!」


 ドスの聞いたダミ声が平穏を台無しにした。


 声の主を確認したミリスは、内心で舌打ちをする。しかし、さっと相手のもとにかけより、表面上は懇切丁寧に話しかけた。


「おかげさまで、それもあなた様方がお勤めをなしてくださるお陰です。ところで、本日はどう言ったご用件で?」


「よく分かってるじゃねーか。その勤めを果すためにちと金が必要になってなぁ。」


 目の前の男は醜悪な笑みを浮かべた。


 斬りつけられて潰れた片目、上等な仕立てのシャツにズボン、

 捲った袖から覗く、禍々しいほどに巨大な刺青。

 三百六十度、どの角度から見ても紛うかたなき、ヤのつく筋のお偉いさんでいらっしゃった。

 しかも、赤ら顔で酒くさい。だいぶ酔っているようだ。


 下町では、抗争がおこることもしょっちゅうある。ミリスの記憶によれば、このいかにも凶悪そうな男は、この辺一帯を仕切りながらさらに勢力範囲の拡大を狙って近いうちに抗争を起こすと噂されていた、悪名高い組織の幹部だ。


(それで、みかじめ料の追加徴収かい?この前にたっぷりと払ったばかりじゃあないか!)


 ナインデスも慌ててかけつけ、不穏なようだが何事だ、自分は男爵だぞと言う旨を伝えるが、相手は「うるせえ!」と地面が揺れるくらいの大声で叫び出した。不敬罪にあたる行為だが、酔って気が大きくなっているらしい。


「俺の相手は今、そこの女がしてんだよ!下町には下町のルールってもんがあるんだ、外野は黙ってろや!それとも何か?男爵様はウチの組織の敵になんのか?」


 恫喝に芸はないが、その分、冷酷に睨みつけてくる貴族とはまた異なる迫力がある。こういった遣り取りに明らかに慣れていないナインデスは、びくりと体に緊張を走らせた。


(全く役に立たない男だね、爵位は飾りかい。)


 厄介者にやって来られてしまった孤児院の子供達も、体を震わせつつ、それでも見ずにはいられないというように、ちらちら視線を送ってくる。


 ミリスは、身をすくませているナインデスを無視して、再び強面の客の前に立った。この手のことなら自分の方が慣れている。男爵が頼りにならないなら、自分が最後まで対応するのが施設長の責任というものだろう。


「……どうか、落ち着かれてください。このような、しがない孤児院です。あなた様にご満足いただける支払いなど、できるはずもございません」


「しがない孤児院? ああそうだな。だが、孤児院なら知れた額の銅貨よりずっと価値のつく商品があるじゃねえか!金がねぇなら代わりに一人頂いていくが、文句はねぇよな?」


 周囲が息を呑む。この凶悪な男が、金銭の代わりに子供を連れ去り、奴隷市場に売ろうとしていることは、誰の目にも明らかだった。


 最悪の非常事態、大ピンチだ。荒事に巻き込まれないよう、どうにかしてこの状況を切り抜けねばいけない。

 しかし、その方法がわからない。ミリスが困窮したその時──


「そんなことは、させません」

 アルスメリアの美しく凛とした声が響いた。



☆☆☆



「んだとぉ!俺に逆らおうってのか!」

「そうです、私が相手」


 アルスは拳にこっそりと力を込め、慎重に目の前の男を観察する。勝てる、とアルスは確信した。


 手練れの冒険者と比べて立ち振舞いには隙があるし、酔っている。加えてこの体の元々の持ち主、メリアはべらぼうに強かった。なんでも、魔力を纏うことで身体能力をブーストできるらしい。


 入れ替りの際にやり方を聞くと、ハッと気合いを入れたら纏えるとのことだった。けっこう疲れると言っていたし、学院で物理的な荒事に巻き込まれるとは思っていなかったので、試してはいないが、きいていて良かったと思う。


「ずいぶんと好戦的じゃねーか!俺に勝てると思ってんのか!」

「暴力はキライ。勝てるとも思っていない、でも……見過ごせません。」


 大ウソだ。100%勝てると思っている。

 だが、こう答えておいた方が良いだろう。油断したところをワンパンで沈めてやるのだ。幼女を怖がらせるなど、万死に値する。


 その勝利の先には幼女からの感謝と尊敬が待っている。加えて言うと、やれやれ争いはキライなんだけどから俺tueeeするのも、人生で一度はやってみたいシチュエーションであった。


 バラ色の未来に向けて、全身に魔力を纏うべくアルスは内心で気合いを入れる……のだが。


(あれ、全然魔力纏えた感じとかしないんですけどぉぉぉ!どーなってんだよメリア!?)


 全然上手くいかず青ざめた。

 感覚派の天才であるメリアは簡単にできるのだが、実は魔力を纏うにはかなり繊細な技術が必要なのであった。


「上等だ!後悔すんなよ!」

(うげ!)


 動揺した隙に男に足をかけられ押したおされた。そのまま馬乗りになられる。ヤバい、女性としては鍛えられた身体だが、魔力抜きだと腕力でこの男に勝てる気がしない。


「よく見るとキレイな顔をしてるじゃねぇか。滅多にねえ上物だ」

「…………っ!」


 ミリス達が一斉に気色ばむ。


 そういえば、メリアは見てくれは美少女だった。自分の好みの年齢から外れていたため失念していたアルスは、男に性的な目を向けられ、焦った。


「逆らわねえほうが身のためだぜ。なあに、暴れなければ、大切にしてやるよ。たっぷりと可愛がふごぉ!!」


 なんか気持ち悪いことを言っていた男がふっ飛ぶ。

 男の頭が有った場所に、エドワードの足が振り抜かれていた。


「大丈夫ですかアルスメリア様?助けるのが遅れ失礼しました。本人に危機がないかぎり、武力介入は禁止されていたもので。」

 低くおちつきのある声で護衛兼従者が尋ねてくる。

 アルスはコクコクとうなずいた。


「しかし、無茶をなさらないで下さい。まさか、私がいることも忘れて、子供達の盾になろうとするとは。もっとも、私は孤児院の運営に関わることも禁止されていたので、権限を逸脱せずに子供を救うにはこの方法しかなかったのかもしれませんが。」


「て、てめえやりやがったな!」


 ヤクザ男が立ちあがり、苛立ちも露わに威嚇する。

 しかし、相当ダメージがあるようで足が震えていた。


「それはこちらの台詞だ、この女性はキサマごときが気安く触れて良い方ではないぞ。」

「んだと、てめェ!」


 エドワードにヤクザ男が勢いよく襲いかかった。

 先程のアルスと同じく、激しく地面に叩きつけられるであろう未来を予測し、周囲は咄嗟に首を竦めたが――


「ぐおおお!」


 聞こえたのはヤクザ男の野太い悲鳴だった。エドワードはこともなげに相手の右腕を掴み、それを捩じり上げている。強い。


 彼がぱっと手を放すと、ヤクザ男は右腕を庇いながら、どしんと尻餅をついた。


「ひ……っ、い、いてぇ」

「肩の関節を外しただけでおおげさな」


 脂汗を浮かべ、苦悶の表情を浮かべるヤクザ男に、エドワードは冷たく言い放つ。


 美貌の少女に迫る凶悪な男、それを鮮やかにこらしめた精悍な青年。物語のような一幕に、子供達は沸き立った。


「て……めぇ、俺にこんな真似して、ただで済むと思ってんのか?組織を敵にまわすんだぞ!」


「我々と敵対したいなら、命を懸けてどうぞ。ただ、言っておくが、彼女は上流貴族のみならず、王族とも懇意だ。その先はわかるな?」


 痛みにより酔いが冷めて、エドワードの言葉が理解できたヤクザ男が真っ青になる。土下座して謝りはじめた。


「す、すみません。そんな方だったとはつゆ知らず……なんでもしますから、どうかお許下さい!」

「どうされますかアルスメリア様?お命じになれば、この場で首をはねますが?」


 掃除をしたばかりなのに血だまりを作られては堪らない。

 アルスはため息をひとつついて、落とし所を示すべく口を開いた。


「ありがとうエドワード。ただ、それはやめましょう。代わりに貴方、今後この辺一帯からからみかじめ料をとるのをやめて下さい。あと、嫌がらせをするのも。」

「へ、へい!お安い御用でさ」



☆☆☆


 ヤクザ男が去った後、アルスメリアとエドワードのまわりは、子供達のみならず、近所の住民達も集まり大にぎわいとなっていた。先程の騒ぎを遠くから見ていたらしく、嫌な奴に一泡ふかせてくれたことにお礼をいいたいと、孤児院宛に肉や野菜まで差し入れてくれていた。


 その賑わいから離れたところで、ナインデスがミリスに話していた。


「おい、もうやめるとはどういうことだ!?あれを見ろ、勝手に差し入れを受け取っているぞ。あれに文句でもつけてみてはどうだ?」


「彼女には恩がある。大切な子供達を教育してくれた恩に、勇敢にも暴漢から矢面にたって、守ってもらった恩がね。」


 びびって動けなかったナインデスに冷たい目を向けながら、

 それを仇で返すなんて畜生の所業さね、と彼女は続ける。


「だ、大銀貨で贅沢したくないのか?」


「あんたもしつこいね。従者殿の口上もきいたろう。そもそも、あの娘は大銀貨程度で貶めて良い存在じゃあなかったんだよ。それと勘違いしなさんな。大銀貨は子供の飢えを満たすために使いたかったんだ。それだってみかじめ料がなくなった分、今後は余裕ができそうだし、今差し入れてもらってる食材で当面の腹を満たしながら、教育で食いっぱぐれないようにしていくさ。」


 そういうことになった。

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