5話 アルス、王子と知り合う
ブレイヴ王国学院の誇る学生寮。そのなかでも特に豪奢な作りの一室にて、一組の男女が話していた。
「全く、こうワンパターンだと歓待されるにしても飽きがきてしまうな。そう思わないか、フローラ」
ぼやいている金髪碧眼の美男子の名前はサウロス エル ブレイヴ。ブレイヴ王国継承権第一位の王子様である。
「せっかく合法的に様々な女性の部屋に行けると言うのに、贅沢な悩みですわねぇ。まあ、いくらマナーだとは言え、いつも熱い紅茶にステレオタイプの挨拶、後は詩や歌劇の話ばかりされるとそうもなりますか。」
フローラがこたえる。従妹の関係であり、幼少からのつき合いである彼女は王子の思うところを上手く代弁していた。
将来的には国を次ぐことになる可能性が高い王子は、今のうちから未来の臣下達と交友を深めることが半ば義務づけられており、また将来の妃や側室候補を探すことも求められていた。
しかし、特定の相手に入れ込めば角がたつ。また、高い身分の相手とばかり付き合うと民衆の心が離れてしまう。そこで、誰かと交際するようなことはせず、半ば義務として様々な身分の女性の部屋を訪問し親睦を深めるようにしているのだが、毎回、型につけられたもてなしをされ、笑顔の裏でなんとかとり入ろうとしてくる女性達の権力への執着に対していささか辟易していた。
しかも、これが王になってからも続くと考えるとうんざりもする。それも権謀術数渦巻く王宮で、腐敗しはじめている臣下をまとめながらだ。
この国では序列だけで王位継承をきめるわけではない。学業、武術、政治力などの総合成績で大きな差があれば第二王子以下が継承することになるシステムとなっているので、あえて手を抜いて継承権を失ってしまおうかとさえ最近は考えていた。
「でも、明日訪問するアルスメリアには少々期待しても良いかも知れませんわ。とってもいい子ですの!」
「ああ、例のウィザード家の」
ウィザード公爵家。王国の三大貴族であった名家だ。
かの家は先日の議会で、黒い噂の多いバンデット公爵家の不正を糾弾した。するとカウンターとして冤罪のようにもみられる不正を指摘され、その疑惑を晴らすことが出来なかった。
それで、先にウィザード家が責任のとり方というのをみせてみろ、そうすれば我々も潔く責任をとると言われて、わかったよ、と貴族の身分を捨てた英傑だ。当主はなんと誠実な男なのだと感心した記憶がある。
「そうか、明日訪問するのは最近噂となっているアルスメリア嬢か。少しはましな相手だといいんだが。」
☆☆☆
アルスは少々緊張していた。なんと、本日は王子様が自分の部屋に遊びにくるのだという。先日お達しが来て、あわててフローラにもてなしの作法や王子の人柄やについて聞いてきたのだが、付け焼き刃で準備不足は否めない。
(挨拶をして、お茶をだして、適当に話をするんだったっけ?あと、現在王子は、半ば義務として様々な女性の部屋を訪れてはいるが、特定の相手はいない。一夜の関係も結んだりはしていないから、気のない素振りをされても気にしないでくださいませと言っていたな……となると)
きっと王子は異常性癖だな。そんなことをアルスは思った。ノーマルな性癖なら半ば義務であっても年頃の女性の部屋を訪れて何もないなどあり得ないと考える冒険者基準の浅慮である。
出来れば自分と同じく幼女を愛でる趣味であるなら話が合っていいのだが、などと思っているとドアがノックされた。ロリコン(仮)王子のお出ましである。
「やあ、はじめましてアルスメリア嬢。ブレイヴ王国第一王子のサウロス エル ブレイヴだ。今日はよろしくね。」
金髪碧眼の爽やかイケメンが挨拶してくる。こちらも返すべきだろう。確か、「お」から始まる挨拶をしてお茶をだすのが礼儀だだったと思うが、文言が緊張して思い出せない。まあ、適当でいいだろう。
「お疲れ様です、王子。お茶をお出ししますね。」
お茶の作法については先日習ったのを覚えている。熱いお茶をだしたら、冷めるまでどうかゆっくりして行って下さいと言うメッセージ、冷たいお茶ならさっさと飲んで帰ってねと言うメッセージだ。
まあ、ロリコンが半ば義務できているのであれば、さっさとお帰りいただいた方がお互いにとって良いだろう。あと、最近の季節は夜でも熱いし、自分も冷たいお茶を飲みたい。
「……驚いたな。こんな風にもてなされるとは思っていなかった。」
「? 失礼しました。こうされるのがお望みと思っていたのですが、お気分を害されたのであれば謝ります。」
「いや、気分を害した訳じゃないんだ。ただ、自分のことを理解してもらえたようで嬉しくてね。」
良かった。何かマナー違いがあったのかとヒヤヒヤした。あなたが望んでいたんだと思ったんですぅーとあわてて言い訳してしまったが、どうやら怒ってはいないらしい。
それと、自分のことを理解とはどういうことだろう。内心でロリコンと思っていたのが見透かされ、ビンゴだったと言うことか?
☆☆☆
なんと気の回る娘だろう。サウロスは関心していた。
今までに訪問した令嬢たちは「お待ちしておりました。どうぞごゆっくり」と熱いお茶を出して歓待してくれていたのだが、半ば義務で毎日違う部屋を訪れるのは正直疲れるから、早く帰って休みたかったし、作法とはいっても熱い季節に熱い茶をだされるのは、正直きつかった。
それが今夜は「お疲れ様です」と労われ、冷たいお茶で乾きを潤してもらえた。聡明と評判になっている元公爵令嬢ならば作法を知った上で型通りよりはいくらかマシな応対をしてくれるかもとは思っていたが、良い意味で予想以上だった。
挨拶がマナー違反というだけでなく、王族に冷たいお茶を出すなど不敬ととられても仕方ないところだ。そこまで行かずとも、王子と懇意になれるチャンスはほぼ確実に失われると考えるのが普通だ。
それに対して驚きを伝えてみると、彼女は王子である自分の立場に立って望みを満たそうとしただけだと言う。思えば、彼女の両親も、冤罪に対して滅私の姿勢で対応し、この国の腐敗にメスを入れたのだったか。
彼女なら、自分の気持ちを理解してくれるかもしれない。王子と言う身分ゆえ、なかなかさらけ出せないこの国に対する本音を出しても良いかもしれないと、サウロスは考えた。
「なあ、アルスメリア嬢。今の王国では至るところで、『円熟期なのだ、これで良いではないか』と言われているのは知っているな。それについてどう思う?不敬などと言わぬと約束するから、君の思うところを、腹を割って正直に話して欲しい。」
今、王国では不要な忖度やことなかれ主義がまかり通っている。それに対してたまに熱意ある文官や貴族から問題提起がされても、今、国は円熟期の以心伝心で上手くいっているのだから余計なことは言うなと潰されているのが現状だ。今のところ市民に大きな影響がでるまでは行っていないが、徐々に横領や事業の遅延が悪化しはじめているという。
「はい、正直、自分には理解に苦しみます。熟しているのでなく、すでに老いて腐りつつあるとしか見えない。それより先には未来がない、可能性がない。」
「強い言葉を使うね……だが、確かにそうだ。しかし、それを主張していくのは敵を増やすことになる。君は痛い目をみてもそれを曲げずにいられるかい?」
「痛い目ならすでにみています。しかし、後悔はありません。自分の信念は曲げられませんから。周りと意見が違おうと、新しさ、純粋さこそが必要だと私は主張し続けます。」
サウロスは目を見開いた。辛辣な意見だが的を射ていると思った。彼女は公爵令嬢の地位を失うことになったのを後悔していないという。そして彼女の、また辛い目をみようと、このままにしてはおけないと言う使命感を好ましくも思った。
アルスとしてはロリコンとして妙齢女性に対してどういう印象をもっているかと、幼女の素晴らしさを述べただけであったが、それに気づくものはこの場にいなかった。
「なぜ、君はそこまでできるのだ?」
「愛しているからです。王子も、そうなのでしょう?」
「ああ、そうだな……そうだとも!ありがとうアルスメリア、君がそう信じてくれるなら、僕はなんだってできそうだ。みていてくれ、僕はきっと王になる。そして、この国を変えてみせるよ」
「それはきっと、自由で過ごしやすい素敵な国になるでしょうね。楽しみにしています。」
輝くような笑顔で少女が笑う。そこまでこの国を愛してくれているのか。そして彼女は自分のことを信じて、期待してくれているのかと、嬉しく思った。最近冷えきっていた心が、今は熱い。
その後、「でも、無理やり手を出すのはいけませんよ?」と、武力に頼らずあくまで平和な解決策を望む心優しい少女を好ましくおもいながら、王子は将来の国政に考えをめぐらせるのであった。
後日、アルスメリアのもとに、楽しい時間をありがとうと王子からドレスが送られてきて、王子の心を射止めた時期王妃候補として噂になるのだがそれはまた別の話である。