2話 アルス、友達ができる
ブレイヴ王国学院
大国であるブレイヴ王国の王族、貴族、庶民を問わず才に溢れる者らが通う名門校である。全寮制であり、学生寮であっても大国の威光を示すよう荘厳な作りとなっている。
夕暮れ時、そんな学生寮の廊下に燕尾服をきた黒髪の青年と、高級そうなドレスを着た青髪の少女がいた。
「フローラ様、本当にこのまま行かれるのですか?」
「もちろんよ、エドワード。相手はもう庶民の子だもの、伯爵令嬢にして中等部学年長たるわたくしが、この学院についてしっかり教えて差し上げないとね。でしょう?」
エドワードと呼ばれた黒髪の従者は気乗りしていないように見えるが、青髪の少女は勝ち気な笑みを浮かべながらそう告げる。
フローラ エル ミスリルヘルム、それが彼女の名前である。
ミスリルヘルム伯爵家の令嬢であるフローラは、その家柄と勝ち気な性格で自らの派閥を作り、スクールカーストの最上位に君臨することでその自尊心を満たしていた。
また、卒業生がそのまま要職に付くことが多いこの学院において、それは同時に輝かしい未来を約束するものでもあった。
しかし、その座を脅かしかねない存在が学園に編入して来ると言う。
アルスメリア エル ウィザード。
帝国において権力の序列は王位>公爵位>伯爵位>以下、長く続くので略、となっており、元々は超偉い公爵令嬢であった彼女は入学前から注目の的であった。さらに、父親の失脚は冤罪だと言うのがもっぱらの噂であり、国王の一声で、今までの功績から家名は残しておくと言う特別措置がとられていることから、何かきっかけがあれば貴族社会に復帰できる立場でもある。
また、例外的に中途入学が認められると言うのは、金やコネか、もしくは本人の能力が特別優れているからに他ならず、現在は庶民とは言え、油断大敵な相手である。そう考えたフローラは、自らの地位を守るため、アルスメリアにたいしてマウントをとるべく、本日入寮したばかりの彼女の部屋を、急遽訪れることにしたのであった。
王国貴族の間で訪問がある際は、従者を通して事前連絡をした上でというのが仕来たりとなっている。学生寮の中でも、貴族の子息子女には一人に限り使用人が付くことが許されているため、それが適応されているのだ。
しかし、それを行わず現在の身分差を突き付け、屈辱を与えることで優位に立とうと言うのがフローラの作戦であった。
また、入寮したのは数時間前とも聞いている。使用人がいないならまだ部屋はちらかっているし、ベッドメイキングなども不恰好だろうから、それも指摘してやろう。
ちょっと、可哀想な気もしたし──実はさっきエドに言われたときも悩んだが、貴族社会ってそういうものよねと自らを納得させたフローラは、ノックをすると返事も待たずに失礼しますわよとドアをあけ──言葉を失った。
恐ろしく整った顔立ちをした、しかも金髪の美少女がそこにはいた。帝国において金髪の女性は希少である。さらに貴族の教養として必修科目である聖書に記載された、至高の精霊と同じ髪色であることから、上流階級の間では美の象徴として扱われることが多い。服装こそ簡素な作業着だが、逆にそれがコルセット等に頼らずとも均整の取れた肢体を強調している。
そんな、令嬢の理想像のような外見に加えて、入寮の際運び込まれたであろう私物は整頓されていてベッドメイキングも完璧だった。予想外の光景に固まったフローラにたいして、目の前の少女は鈴のような声で話しかけてきた。
「あの、何かご用ですか?」
☆☆☆
「いやー、すっげー豪華だな、この部屋」
各地を回る冒険者として、慣れっこである引っ越し作業を早々に終えたアルスは、備えつけの家具や装飾品を見てそう呟く。冒険者としてそれなりにキャリアをつんでいる自分でも、宿でこのランクの部屋はとれない。どんな生活になるのかと身構えてはいるが、少なくとも住居は大満足なレベルだ。
「しかし油断するなよ、絶対に落とし穴があるはずだ。例えばこの後、ドアがバタンと開いて、意地の悪い上級生が取り巻きをつれて新参者である俺を囲んで因縁つけてくるとかそういうのが」
冒険者の間ではわりとよくあることである。まあ、冒険者同士だとそこで殴り合いになって後に友情が芽生えたりすることも多いのだが、メリアのやつが貴族の子を殴るのはまずいと言ってたし。
そんなことを考えていると、上品なノックの後に同級生くらいの少女が入ってきたんだが、何か用でもあるのだろうか
「ご、ごきげんよう。貴女が新入生のアルスメリアね。わたくしの名は、フローラ エル ミスリルヘルム。横にいるのは従者のエドワード ショートソードよ。庶民である貴女にこの学院のことはわからないでしょうから、伯爵令嬢かつ中等部学年長であるこのわたくしが色々と教えてあげなくてはと思って馳せ参じた次第よ。文句はなくって?」
「はじめまして、フローラ様。文句なんてとんでもない。フローラ様が優しい方で私、嬉しいです。どんな生活になるのか不安だったので色々と教えて下さい。」
「え!?」
アルスは安堵していた。そりゃあ、出来れば幼女にきて欲しかったが、それはベストオブベストのケースだ。親切にきてくれたのに文句なんてとんでもない。誰だよ上級生が因縁つけにくるとか考えてたやつは、フローラ様めっちゃ良い人じゃん。ドアもあける前にノックするとか、やっぱり本物の令嬢はマナーも良いんだな。
もちろんノック後返事を待たずに開けるのは貴族のマナーとしてはアウトであるが、冒険者はノックすらしないのが普通である。内容もフローラとしては皮肉や嫌みを込めて言っているのだが、冒険者同士でケンカを売る場合もっと直接的な罵り言葉になるので、アルスがそれに気づくことはなかった。
「そ、そうなの。ええと、わかればよろしくてよ……」
てっきり、憎々しげに睨み付けられると思っていたフローラは、アルスメリアに友好的な態度をとられて毒気を抜かれてしまう。しかも、声の調子や表情からは取り繕いは感じられず、純粋にこちらを慕ってくれているようにみえる。
(いえ、そんなはずはないわ。もう少し揺さぶれば、必ずぼろを出すはず。)
「ところでアルスメリア。貴女は知らないと思って教えて差し上げるけれど、来客、特に貴族のような身分の方を迎えるときは冒険者が着るような作業着ではなく、もっと正装しないといけませんわよ?まあ、安心なさい。ドレスなどなくても学生服で大丈夫ですわ。」
「そうなのですね。これは失礼しました。今から着替えますね。」
元公爵令嬢に対して、お前は知らないだろう&自分の身分自慢&ドレスなどないだろうの失礼ジェットストリームアタックなのだが、気にした様子がない。さらにエドワードと言う初対面の男性がいるのにそのまま着替えようと服を脱ぎだしだアルスメリアにフローラの方が逆にあわててしまう。結局止める間もなく上着が取られたのだが、その均整の取れた体の上腕や背中に無数の傷痕を見つけてフローラとエドワードは大層驚いた。
「まあ、アルスメリア!どうしたのよその傷は!」
「うまくやれなかったので。自業自得ですね。でも、この学院ではこんなことにならないよう頑張りますので、フローラ様、エドワード様、ご教授よろしくお願いしますね。」
アルスは両手で握手しながら親切な先輩方に挨拶を行った。
前に露店で「オウ、アナタトモダチネ!ヨロシク、ヨロシク」と言いながら商談をしていた、異国の商人を参考にした動きである。
その際に二人は何か驚いた様子だったが、もしかしたら普段から剣を振っているアルスメリアの手の平は二人のと比べてゴツゴツしているので、それが原因かもしれない。
そうした後、少し何か考えている様子だったフローラはアルスメリアに笑顔を向けると言った。
「ええ、任せてちょうだいアルスメリア。それでは早速一つ、私と貴女は学生と言う身分においては対等な友人でしてよ。貴女も私のことは呼び捨てにしてみてはいかが?」
「わかりました。これからよろしく頼みます、フローラ。」
その数十分後、アルスメリアの部屋を後にしたフローラとエドワードは自室で話し合っていた。
「ねぇ、エド。あの娘……凄かったわね。」
「はい、フローラ様。数時間で整頓された部屋に完璧なベッドメイキング、令嬢の教養としては優先度の低いそれらまで完璧にこなすというのは並大抵のことではありません。また、無数の傷痕とタコのできた手を見るに、才能もさることながら、鞭で叩かれるような厳しい指導のもと、強烈な努力をして身につけた能力でもあるのでしょう。」
伯爵家の従者として自身の行ってきた訓練と重ね合わせ、アルスメリアに尊敬の気持ちを抱くエドワードだった。
引っ越しスキルは冒険者をしている内に自然と身についたものであり、もちろん厳しい教育など受けていない、加えて令嬢の教養として優先度の高いもの程、むしろ全く身についていないアルスだったが、二人がそれを知ることはなかった。タコはもちろん剣ダコでありメリアは家事は全般的に練習したこともない。
「それを誇るでもなく、あんな傷だらけになったのを当然のように自業自得と言ったり、わたくし、ひどい嫌みを言ってしまったのに、それを当然のように受けいれてあまつさえお礼を言うと言うのはやはり……」
「はい、フローラ様の考える通り、清廉潔白な修道女としての教育を施されていたのでしょう。自らに厳しくすることや、人の善性を信じることが教義にありますから。厳しすぎると最近はほとんどされていないようですが、一昔前には花嫁修業の一環としてとり入れる貴族家もあったと聞いております。恥じらいなく着替えていたのも、俗世の色事から隔離されて育てられたと考えれば辻褄があいます。」
幼女にときめく業を背負い、世俗にまみれた冒険者に対するものとは思えない批評である。ちなみに傷をおったのは、群れから引き放し各個撃破するのがセオリーと言うアルスのアドバイスを忘れて、魔物の集団にウォォーと突撃して行ったメリアの自業自得によるものであった。
また、庶民呼ばわりはその通りなので、アルスには嫌みでもなんでもない。戦闘力はピカ一だが人の話をきかないメリアを反面教師に、フローラ達のアドバイスはちゃんときこうと考えていたアルスであった。
「はあ、悔しがる顔を見るはずが、あんな好意的な態度をとられるなんてね。なんだか毒気を抜かれてしまいましたわ。それで最後呼び捨てを提案してみたらあっさりフローラ、ですものね。」
「もくろみが外れてしまいましたね。それに、元公爵令嬢ですから伯爵令嬢と言う地位に萎縮することもないのでしょう。フローラ様はお嫌でしたか?」
エドワードの問いにフローラは苦笑で答える。確かに、予定通りやり込めて悔しがる顔をみても、それなりに良い気分にはなれただろう。でも、あくまでそれなりにだ。今回のような笑顔を向けられた方がずっと気分が良い。
また、今まで、他の学友に対して呼び捨てを提案をしたことは何度かあったが、それまでにとっていた尊大な態度と家柄や優秀な成績から、相手が萎縮し様付けが取れることはなかった。それを考えると初めて対等な友人関係を結べたと言えるだろう。それがとても嬉しいことだった、とは恥ずかしくて口にだせない。
ちなみにアルスは貴族と言う時点ですべからく偉い人認定で感覚がマヒしており伯爵令嬢と言われてもいまいちピンときていないのが実状であった。すぐ呼び捨てにするのはもちろん冒険者のノリである。
「はあ、色々教えて差し上げるつもりが、逆に教えられるなんて……ね。完敗で悔しいはずですのにね、エド、わたくし今、なんだかとっても清清しい気分ですの。」
「それは、ようございました。」
長年の付き合いである年下の主が良い方向へ変化していくのを感じとり、エドワードは笑みを深める。そして、それをなし得た金髪の少女に対しても敬意と感謝を抱くのであった。