閑話 アルス、幼女を護衛する 前編
ブレイブ王国の中級貴族令嬢であるジョゼット・コルロ・クローズピンチは現在不機嫌だった。
「ハア、ハア、まったく、なんでこんなことしなくちゃいけないのよ」
この国では18歳で成人と認められるが、貴族階級にはその半分、9歳で半成人としての行事がある。自ら雇った護衛の冒険者と共に、森に数日間入り祠にある札をとって帰ってくるというものだ。
可愛い子には旅をさせよと、勇者王が始めた行事である。そんなもの必要なのかと皆懐疑的だったが、人を雇い物事をなす経験や、野営することで普段の生活がいかに恵まれているか実感できることから、建国してまもなくから現在まで継続して行われている。
そんな事情はさておき、温室育ちで甘やかされてきたジョゼットにとって森の移動は過酷だ。そしてそれ以上にカンに触るのが、
「ジョゼットさま、お疲れ様です。地図によると、もう少しいけば小川と開けた休息場所があります。頑張りましょう。」
メリアという、微笑を絶やさない、美しい護衛の存在だった。
彼女は大荷物の入ったザックを背負って軽々と森を移動していく。地図とコンパスで方向を現在地を正確に把握し、歩行速度と水の備蓄を計算して最適なルート選択を行う。
ジョゼットには王立学学院に通う同じくらいの年の姉がいるがとてもこんなことは出来ない。自分達は貴族の女として大切に育てられ、様々な教育も受けてきた。しかし将来、姉や自分は誰かに嫁いで夫を補助する一方で、自らが主体となり何事かをなすことはないだろう。
劣等感が刺激される。貴族として社交界で役立つ詩やマナーを学んできたが、実生活に役立つ力を持っていないことが、この旅の中で急に空しく思えてしまった。
(でも、この女にだってできないことや知らない事も沢山あるでしょ!そうよ、粗野な仕事しかやってない冒険者が絶対に知らないようなことを、逆に私が教えてあげるわよ)
☆☆☆
(いやー久しぶりの入れ替わりってどうなることかと思ったけど、幼女と泊まりでハイキングとか最高すぎませんかね、まったくメリアさまさまだな。)
休息場所になっている小川のほとりで野営の準備をしながら、アルスはとても上機嫌だった。
ブレイブ王国にて、A級以上の冒険者には様々な特典と同時に義務が課せられる。その一つがギルドから依頼された仕事は基本的に受けなくてはならないというものだ。
今回、ギルドからメリアにきた依頼は子爵令嬢の護衛であった。同姓のほうがなにかと良いだろうという配慮と、女性でA級以上の冒険者が少ない事情から、白羽の矢が立ったのだ。しかし、短気なメリアのこと、何かの拍子に貴族を殴る可能性もあり非常にまずい。そこで幼女とお近づきになりたいアルスと利害が一致して、現在入れ替わりが行われているのであった。
「ねえ、貴方」
しかも幼女がニコニコ話かけてきた。役得だ。
「あなたは知らないだろうけど、今議会でサウロス王子が主体となって、ある規制緩和について話し合われているのよ」
「サウロス王子がですか?まあ!それならきっと私……の友人にとって生きやすい社会になるものでしょうね。教えて頂き有難うございます、ジョゼットさま」
「なっ」
ジョゼットは驚いた、議論されている緩和内容は”平民出身でも能力を示せば官職の重要な役につけるようにしよう”というものだったからだ。この冒険者はあれっぽっちの情報で、なぜここまで正確に内容がわかるのか。
ちなみにアルスは王子のことを自分と同じロリコンだと思っており、緩和内容は”成人も幼女とお付き合いできるようにする”とか、そっち方面だと思っている。友人の話と言うことにしたのは、この幼女に”この人ロリコンだー”と不要なストレスを与えないための配慮であった。
「で、でも私のお父様は反対していたわよ!秩序や風紀が乱れる原因となるとかなんとか。ほかにも反対している人が多いみたいだし、実現は難しいんじゃないかしら」
「たしかに、貴方のお父様や、同じような立場の方ならそう思うかもしれませんね。自分の娘の今後に関係することで心配もするでしょうから……でも、規制緩和って悪いことばかりじゃないんですよ、過去の例でいうと……」
少ししょんぼりしながらも、アルスは規制緩和の過去事例とそのメリットを伝えていった。学院にいるとき習ったのを、たまたま覚えていたのだ。武器や燃料、貿易の規制緩和は冒険者稼業にも影響するので興味を持って聴講していたのも大きい。
「そういうわけで、緩和で社会が豊かになることもあるのです。それで、王子は自分の利になることも多いので粘り強く実現していくのではないでしょうか。実現にあたっては、ジョゼット様の立場からすると不安もあるかもしれませんが、”選択肢が増える”ということをポジティブに考えてもいいかもしれません。」
予想外の博識な回答に圧倒されたジョゼットは、この話題では分が悪いと思った。そもそも緩和する内容自体が公共の利益になるのはジョゼットだってわかっているのだ。既得権益に胡坐をかいて努力を怠っている無能な貴族が困るだけで、能力がある貴族なら逆にチャンスが広がることも……有能な自分の父が反対している本当の理由は、姉や私にあまり期待していないからだということも。
そこで、なにか自分が興味を持てるような楽しい話をしろと相手に話題を振ることにした。年代も立場も違うのだ、私が好むような話題など持っていないだろう。一通り話をさせたうえで、全然面白くないわねとダメ出しをしてやるのだ。
☆☆☆
「そ、それでその後どうなるの!?」
「それは……っとジョゼット様、今日は遅いのでこの辺で休みましょう」
「えー気になってしかたないんだけど!」
ジョゼットは聞き入っていた。メリアの話はめちゃくちゃ面白かったのだ。話題も広かった。ジョゼット達の年代の子供達に流行している小説、遊び、ファッションや菓子、なんでもござれだ。今はヤンデレな勇者に愛されて困る魔女の話をしてもらっていた。9歳の半成人はおませなコイバナが大好きなのだ。
「っていうか貴方なんでこんな話題豊富なのよ。あなた、年代も立場も違うのに私の好きな話題ばかり話すじゃない。」
「こんなときに備えてずっと勉強してきましたからね、あと研究も」
「な……なんでそんなことまでするのよ」
「なんでって、私にとって優先すべきことからですよ」
当然のようにさらりと言われて、ジョゼットは固まった。だって、執事から聞いて知っているのだ。半成人の儀式で入る森に危険は少なく給金もいいのに、A級冒険者の義務を盾にしないと人を雇えないくらい、この護衛任務は敬遠されていることを。
それも当然かもしれない、今日で骨身にしみてよくわかった。自分の様に体力もなく、わがままな貴族の子供を護衛するなど、不遇な環境から自分の才覚一つでのし上がってきた冒険者にとっては不快だろう。しかも会話の中で失言でもすれば大問題になるのだ。だから、雇った冒険者も最低限の会話はするが基本不愛想で、仲良く会話などは期待できないことも聞き及んでいた。
しかし、このお姉さんは護衛中ずっとほほえみを絶やさなかった。しかも滅多に護衛対象にならない年齢層である自分と、楽しい会話をするだけのために、わざわざ話題を勉強までしてくれたという。優先すべきこと、というのは自分の感情は置いておいて、護衛のみならず接遇まで完璧にこなす、プロ意識の高さなのだろうとジョゼットは思った。
一方、自分や姉はどうだろう。確かに指示されたことは義務としてまじめに学んだが、それだけだ。相手の役に立つために何が必要か、主体的に学ぼうという姿勢はなかった。今回の依頼手続きだって深く考えず執事任せにしていた。父が私たちに期待せず、緩和に反対するのも当然だと思えてしまった。
そして今、人生を変えるようなすごく大きいことを学んでいる最中だと感じていた。
もちろん実際は、アルスは幼女といられてニヤけていただけであり、単純に幼女と仲良くすることが最優先で、そのために話題になりそうことを勉強してきただけなのだが、今それを指摘できるものはこの場にいなかった。
こうして、1日目の夜は過ぎていくのだった。
次話は15時に投稿します




