雨上がりの空は
ツッコミは無しでお願いします!
突然だか、私こと笠原雨音は三年付き合った彼氏にフられました。大学の時に付き合い始めてお互い社会人になってから忙しくて会う暇もとれなかった。けど、今日は久しぶりのデートでちょっとワクワクしてたのに電話で突然別れを告げられた。その間約30秒。
好きな人ができたから、と一方的に喋り私の話を聞かず電話を切ってしまった。
最近、電話をしてもメールをしても返してくれなくなってはいたがそれはお互い様だったし大丈夫だと思ってたけど……。
はぁー。
ため息をついて歩き出す。ここはカップルばっかりで居心地が悪い。おまけに、ポツポツと小雨まで降ってきた。今日はホントについてない。
携帯を取り出し親友の美玲に電話をかけると3コールで電話に出た。
「美玲、ヤケ酒に付き合って!」
『ほぉー。何かありましたな?』
「いいから!」
からかうような口調の美玲に約束を取り付けチェーン店の安い居酒屋で待ち合わせをする。
もう! こうなったらとことん飲んでやる!
***
「うぇーん、みれいぃー」
「はいはい。あんたは悪くない」
私はお酒が入ると泣きやすくなるらしい。おまけにお酒に弱い。ちびちびと度数の弱いお酒を飲んでるのにすぐ酔ってしまう。一方、美玲はお酒に強くて焼酎のロックを飲んでいる。
姉御肌の大人なお姉さんという雰囲気の美玲にはいつもお世話になっている。
「雨音、ほら水飲みなよ。少しは落ち着いてさぁ」
水の入ったグラスを受け取り飲み干した。
「あいつのこと好きだったの? 正直いって私は別れて良かったと思うけど」
「好きだったけど今は分かんない」
「じゃあ、もう好きじゃないってことね。ほら、新しい恋でも見つけなさいよ」
美人な美玲には分からないだろうけど平々凡々な私には新しい恋なんて直ぐには見つからない。思わず、コップに残っていたお酒を一気に飲み干した。
「ちょっと、雨音。さすがに飲み過ぎ。そろそろお開きにしよう、支払いしてくるから待ってて」
「うぅ。分かった……」
美玲の言う通り飲み過ぎたみたいだ。歩けないほどではないけど、いつもより酔ってる気がする。
ボーッとしてる間に美玲が戻ってきた。
「ホントに一人で大丈夫? やっぱり送ろうか?」
「ううん、大丈夫。フラフラになるほど飲んでないから」
「何かあったらすぐ連絡しなさいよ」
「分かってる。ホントに大丈夫だから」
美玲はタクシーに乗る直前まで私に注意をしてから帰っていった。
私の家はここから近くはないけどそれほど遠くはない場所にある。タクシー代をだしたくないのと酔い覚ましに歩いて帰ることにして人通りの多い道を選んで歩き出す。
「何が悪かったんだろうな~」
私が彼に何かした覚えは全くない。それに好きな人ができたから別れるなんて電話で言う話?! ちゃんと会って話し合うとこだよね?!
あー、思い出したらまた腹が立ってきた。
そんなことを考えてるのが悪かったのだろう。
歩道橋の階段で足を滑らせてしまった。やばい、そう思った時には遅かった。
雨に濡れた階段は滑りやすくなっていて簡単に体は後ろへと倒れていく。
硬いアスファルトの衝撃がくると目をつぶった、が。
落ちた衝撃は来ない。代わりにトンっという軽い衝撃と温かい感触が伝わってきた。
「大丈夫ですか?」
やわらかい男の人の声が聞こえ、慌てて振り返るとそこには男の人が私を支えていた。
「大丈夫ですっ! ありがとうございました」
「なら、良かった。気をつけてね、滑りやすくなってるから」
「はい、すみませんでした」
お礼を言って、その後どうすればいいのか分からなくて固まってしまう。すると、男の人が躊躇いがちにハンカチを差し出してきた。
「あ、あの……」
「やっぱり、どこか痛めてない? 泣きそうな顔してる」
……え?
誰が? 私が泣きそうな顔をしてるの?
夜の闇で男の人の顔は見えない。けれど、心配してるという雰囲気は伝わってくる。
「すみません、本当に大丈夫です」
さっき、支えられた肩が熱い。なぜかは分からないけど心臓がドキドキして止まらない。
「本当にありがとうございました」
頭を下げて言い切るようにお礼を言うと一目散にかけ出す。さっき落ちそうになった、というのはすっかり頭から抜け落ちていた。ただ、その場を離れることしか考えていなかった。
未だに、心臓は鳴り止まない。さらに、鼓動は強くなっていく気がする。
どうしたんだろう、私。これは、何なのかな?
***
私が、彼にフラれてから2週間が過ぎた。その間は、ただひたすらに仕事に励んだ。一刻も早く彼との思い出を忘れたかったからかもしれない。けど、それ以上にあの夜のことが気になっているのかもしれない。あれから、あの道は通っていない。何となく、通りにくくて無意識に避けていた。
今日はお休みで、街に出てブラブラと散歩をしている。
「あ、雨……」
通り雨だろうか。今日は天気予報では晴れと言っていたから傘なんて持ってない。
仕方なく近くにあったカフェに入り雨が止むのをまつ。けど、雨は弱くなるどころか強くなる一方で止む気配は全くない。
仕方ない。コンビニで傘を買って帰ろう。
そう、決めてカフェから出ると雨はまだ強く降りつづけていた。これは相当濡れるのを覚悟しないとダメだな。
せっかくの休日が台無しだ。
覚悟を決めて出ると雨のしずくが体に当たる。思ってたよりもだいぶ強い。歩き出そうとしたとき聞き覚えのある声が私の耳に届いた。
「雨音!」
この声は……。彼の、元カレの健也の声だ。
「健也、なんで?」
「彼氏なんだから、なんでなんてないだろ」
今、なんて言った? 彼氏? 今、彼氏って言った?
「何を言ってるの。私はもうあなたと付き合ってない。別れるなんて言ったのは健也のほうだよ」
「それについては謝るよ。だから、もう一度付き合ってくれないか?」
何を言ってるの。三年付き合った彼氏のはずなのに何か知らない人のように思える。
さっきまで、昂っていた気持ちが一気に冷めていく。なんでこんな人と付き合ってたんだろう。
「調子のいいこと言わないで。好きな人ができたから別れてほしいといったのはそっち。なのに今になってよりを戻してほしいとかふざけないで」
雨はよりいっそう強くなっていく。髪も服も全部濡れていく。
「あなたなんか嫌いよ。今後一切私に関わらないで」
自分が考えていたよりずっと冷たい言葉が出た。思っていたより私も怒っていたらしい。
健也は私の言葉に固まったまま動かない。これだけ言っとけばもう話かけてこないかな。本当になんであんなのと付き合ってたんだろう。美鈴の言う通り別れてよかった。
後ろを向き歩きだす。そのとき……。
「大丈夫ですか?」
低くて優しい声。あの時と同じ言葉と同じ声。
前を向くと知らない男の人がいる。それはそうだろう。あの時、顔は見ていない。知っているのは声だけ。
「大丈夫です」
「そうですか。でも、濡れたら風邪をひきますよ」
話したことのない人なのにスルスルと言葉出る。
彼に促されて近くのお店に入る。濡れたままでお店の人に申し訳ない。
「あの時は助けていただきありがとうございました。私は笠原雨音と言います」
「僕は飯田雅人です。あの時は無事でよかったです」
私が髪とかを拭いている間に飯田さんがコーヒーを注文してくれていたらしい。
「何があったか聞いてもいいですか?」
「しょうもない話ですけど……」
躊躇いがちに聞いてくる彼に笑いながら答えた。
一通り話終えると飯田さんの顔が無表情で怖かった。全て終わった私からするとどうでもいい話になるのだが他の人から見たら違うのうか。
「もう終わったことですから。そんな怖い顔しないでください」
「あ、すいません。とんでもない男だと思って。別れることができてよかったですね」
「本当に。なんであんな男と三年も付き合ってたのか分からないです」
そう言うと飯田さんはくすりと笑った。
「笠原さんは今何歳ですか?」
「名前呼びで大丈夫ですよ。年は23歳です」
「僕と同い年なんですね。てっきりまだ下だと」
え?! 飯田さん、私と同い年……。大人びて見えるからもっと年上かと。
「じゃあ、雨音さん。これからはタメで」
「うん、えーと雅人さん、でいいかな? よろしくね」
それから、約1時間ぐらい話し込んでしまった。気づけばもう夕方ですっかり雨は上がっている。
こんなに話が盛り上がったのは美玲以外で久しぶりで時間が経つのを忘れてしまった。
「雅人さん、今日はありがとう。また、お茶できたら嬉しい」
「うん、僕も」
空は雨雲なんてひとつもない綺麗なオレンジ色。
「虹だ」
小さく呟いた彼の声に顔を上げると雨上がりの空に綺麗な虹がかかっていた。
加筆修正しました。