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バイト始めてクロノ死す

職の説明文を修正

「薬草の買い取りお願いします。それと、これも」


「直置きするなよ!?」



 今日の受付はハーゲルだ。薬草袋ふたつと、ゴブリンの耳を生でカウンターに置く。ねちゃっとした音がしたが、どうせ掃除をするのはハーゲルだから何も問題ない。決して先日の煽りに対する仕返しではない。ざまぁみろ。



「薬草袋ふたつで5000ルフ。ゴブリンの耳ひとつで100ルフ。大銅貨1枚と銅貨1枚だ……倒したのか、ゴブリン」


「もちろんです。レベルアップもしてヒールを習得しました」


「ヒールを習得したか。ちょっと待ってろ」



 おめでとうの一言も言えないクソハゲは、二階に上がっていく。しばらくしてギルド長と共に戻ってきた。



「ブサクロノくん、ゴブリンを討伐したそうじゃないか。おめでとう」


「ありがとうございます。ギルド長が見せてくださったレポートのおかげです」


「ふふっ、それはどうかな。何にせよ喜ばしいことだ。さて、熱心に薬草を集める君のことだ。見習い冒険者に限り、薬草の買取額が上がっていることに気づいていたかな?」


「そうなんですか? 知りませんでした」


「そうかそうか。この仕組みが見習い冒険者に、周辺の調査や現地調達の重要性を説くためのものだと気づいていたかな?」


「そちらも知りませんでした。良くできた仕組みですね」


「ふふっ、君は記憶喪失なのに、妙なところで頭が回る。もし仮に気づいていなかったとしても、私が話したのだから知ったことになる。意識付けという目的は達成された。そうだろう?」



 買取額アップはもちろん知っている。他の冒険者の買取額と比べればすぐに分かった。その理由についてもギルド長が話した内容に近い推測も済んでいた。知らない振りをして稼ぐつもりが、雲行きが怪しい。



「次から薬草の買取額は通常に戻す。異論があるなら聞くが?」


(オーマイガッ。次は魔物討伐を頑張れってか……?)



 本当はゴブリンの耳を捨てるつもりだった。しかし、初めて魔物を討伐した証を捨てられなかったのだ。



「異論はないようだね。しかし君はまだ見習いの身。薬草の買取額が下がるのは困るだろう。そこで、君さえ良ければ代わりの仕事を用意しよう」



 内容を言わない辺り、意地悪だ。俺に拒否権などないのだが、せめてもの抵抗に沈黙を貫かせて貰う。



「そう警戒しないでくれ。君はゴブリンを倒し、【ヒール】を習得した。冒険者を癒やすバイトを紹介しようと思っただけさ」



(リフレみたいなもんか? うん、違うな。聞いてから考えよう)



 ギルド長の提案は、希望する冒険者を【ヒール】で癒やし、治療費を貰う。安全かつ【ヒール】による経験値も貰える魅力的なバイトのようだ。



 うまい話には裏がある。もちろんあった。大昔から続く対立の話である。その当時から冒険者ギルドは普通に存在した。当時はまだアルバもなく、親切な制度などなかった時代のことだ。



 冒険者はパーティーを組み、依頼をこなす。魔物を倒すアタッカー、魔物のヘイトを取るタンク、索敵に長けたレンジャー、傷を癒やすヒーラー。おおよその役割は昔から変わっていない。



 ややこしいことに、今の話に出てくるアタッカーは、職業を指すものではく、役割の分類わけでしかない。例えば、戦士も魔術師も戦闘スタイルはまるで違うのに、魔物を倒すからアタッカーに分類される。



 そしてヒーラーは、光の適正を持つ魔術師だ。【ヒール】や【メディック】といった回復スキルを使える唯一の職らしい。だから問題が起きる。



 光の魔術師は、ヒーラーになるか、もう一方の属性を習得しまくってアタッカーになるか、どちらも取るバランス型になるか選ばないといけない。多くの人はバランス型になるだろう。



 しかし、難易度の高い依頼を達成するにはパーティーが必須だ。光の魔術師がアタッカーになりたくても、他のメンバーからの圧力によってヒーラーをさせられる状況がごく自然に発生する。



 仕方がなく回復スキルに特化しても、更に優れたヒーラーが見つかれば捨てられる。そんな環境にうんざりしたヒーラーは徒党を組み、冒険者ギルドを脱退。そして、聖職者を名乗るようになった。



 聖職者は冒険をせず、市民の治療を有償で行う。棲み分けが出来てめでたしでは終わらない。冒険者ギルドは深刻なヒーラー不足に加えて、聖職者が冒険者の治療を拒否した。それが原因で死亡者も出たらしい。



 事態の重大さに気づいた冒険者ギルドは、光の魔術師への圧力を禁止にしたが、その効果も時間と共に薄れる。何の解決にもならず、当時の聖職者たちが作った組織が抑止力として機能している。嫌ならうち来いよ、である。



 冒険者だからと治療を拒否されることはなくなったが、治療費は【ヒール】【メディック】セットで銀貨1枚。市民と変わらない公平な値段だが、とてもよろしくない。市民と冒険者では怪我の頻度や度合いがまるで違うのだ。



 命がけで依頼を達成しても、治療費で報酬が消し飛ぶどこかマイナスになることもある。そうなれば冒険者ギルドの存続は危うい。やがて、国家規模の問題になってしまった。



 まず市民権は持たないが俺のようにまともな人が冒険者になる流れが止まり、大半が詐欺や盗みを働く犯罪者コース。治安が悪化する。次に冒険者が少ないのだから魔物討伐が行われず、魔物が蔓延る地獄のような国の誕生だ。



 兵士を増やせば国庫を圧迫し、雇わなければ隣町への移動すらままならない。どちらに転んでも詰んでいる。国の介入によって冒険者ギルドと聖職者が表面上は和解したが、値引き交渉は決裂した。



 聖職者からの譲歩として、過度な引き抜きを止め、冒険者ギルドに所属する光の魔術師が、身内を割引で治療することを許可した。光の魔術師の権利を守ろうとする聖職者らしい内容だ。



(ブラック企業からホワイト企業に転職した件、で済まないから怖い話だ。両者の関係は今も最悪らしいし、解決策なんてありゃしない。何らかの方法で解決した気になっても、時が経てば振り出しに戻るやつだろこれ)



 冒険者と聖職者は、目的が正反対の組織。だからこそ国が回るのだ。間違っても解決しようなどと思ってはいけない。これはもう済んだ話なのだ。



(まぁ、昔の当事者たちにはグッジョブと言いたい。もし俺がその当時に生まれていたら、ボイコットから始まる異世界生活、なんて御免だし)



「事情は理解して貰えたかな? だから私も強くは言えないのだが、少しばかり君にお願いをしたいのだよ。聞いては貰えないだろうか」


「先に質問してもよろしいですか? 俺がこのバイトを引き受けると、ギルドにとって助かる、と言えるのでしょうか?」


「もちろん大助かりだよ。光の魔術師は常に不足しているんだ。彼らも冒険者だからね、必ずしも酒場に居るわけじゃない。それにランクが上がった冒険者は、アルバから王都に拠点を移すからね」


「そういう話は聞いていますけど、残る人は居ないんですか?」


「アルバの特性として、駆け出し冒険者を育成し、王都の冒険者ギルドに送り出す。それが国の願いであり、見返りにそれなりの譲歩や自治権なども認められているほどだからね」



 アルバと王都の冒険者ギルドの違いは、活動範囲にある。まずここでの依頼はアルバ周辺のものであり、魔物は弱い部類だし、数も少ないらしい。良く言えば難易度が低い。悪く言えば稼げない。



 王都ギルドはアルバを除く、国全域からの依頼を引き受けている。難易度が高いものが多く、冒険者の数も慢性的に不足しているが、誰でもいいわけではない。アルバと王都の関係は、もはや国政である。



「君はまだ駆け出しだから、しばらくはうちに所属するだろう? 引き受けて貰えると本当に助かるんだ。平和な場所とはいえ、無傷で帰ってくる冒険者なんてそうは居ないからね」


「ギルド長にはお世話になっていますから、引き受けます。それで、治療費の相場が知りたいのですが……」


「ありがとう。助かるよ。治療費は高すぎても困るし、安すぎてもいけない。他の人は【ヒール】【メディック】合わせて大銅貨1枚くらいが相場かな」



 身内割引で聖職者の半額か。これなら治療を受ける冒険者も助かるし、俺としても薬草採取をするより稼げそうだ。しかし、俺はまだ【メディック】を覚えていない。相場よりは割引が必要だろう。



「治療費のツケを頼まれることもあろうだろうが、そこは君に判断を委ねる。嫌なら拒否してくれて構わないからね。ただ、急を要する場合はなるべくツケでも治療を引き受けてくれると……」


「その辺も抜かりなくやっておきますので、安心してください。さっそく今からやってみます」



 ギルド長として俺に一切の便宜を図るつもりはない。そう言ったギルド長がここまで言うのだから、先に聞いた話を含めて非常にデリケートな問題なのだ。俺から話を切らないと、あれとこれとそれが増えて終わりそうになかった。



(ギルド長も大変だなぁ。でも困った表情も舐めたい)



 酒場から椅子を借りて、どっしりと構える。ゴッドハンド・クロノの爆誕である。とりあえず客引きだな。



「はーい、らっしゃいらっしゃい! ヒール1回で中銅貨3枚だよ! 顔に傷を持つそこのお兄さん、せっかくの男前が台無しさ! うちで治しておきなよ」



 最初に目が合ったのはグラスを拭いているハーゲルだ。金を稼ぐためならハゲにだって魂を売る。



「おい、流石に客引きは止めろ。それと話があるから、こっちに来い」



 俺は腕を組んで、何度も頷く。スッと右手を上げ、広げた手のひらをゆっくりと耳の後ろに当てた。



「えっ? 何? 聞こえない」


「こ、殺してぇ……聞こえてるだろ! いいから来いよ!」


(強い言葉は胸のうちに留めておくのが賢明だぞ。俺は優しいから聞かなかったことにしてやろう)



 そう、俺は何も聞いてない。だから一歩も動かないのだ。



「分かった、分かったから! 晩飯おごってやるから!!」



 はい喜んで~。軽快に立ち上がり、速攻で席に座る。注文は心の中で既に決まっているのだ。



「マスター、ミルクひとつ」


「うちは酒場だと言ってるだろ!」



 グラスは叩きつけるように置かれたのに、中身のミルクは一滴もこぼれていない。品揃えも含めて、こいつ、出来る……。



「それで、晩飯の注文は? 冒険者が一番増えるのは日が暮れてからだ。今のうちに食っておかないと治療出来なくなるぞ」


「祭り魚の踊り食いに、ホーンラビットステーキ。あとは葉野菜のごま和えと、森のフルーツ盛り合わせ……以上で」


「あいよ……いつの間に覚えたんだよ」



 もちろん酒場でレポートを読んでいるときである。いずれ利用すると踏んで、人気どころはしっかり覚えておいた。



(どれ、お手並み拝見といきますか)



 忙しい酒場を一人で切り盛りしているだけあって、手際の良さには脱帽である。時間がかかる肉料理の調理中に、祭り魚の踊り食いが出てきた。



(こいつ、一応は魔物なんだっけ。魔術が使えれば魔物ってことかねぇ。ほぉ、跳ねてる跳ねてる。祭りだワッショイ)



 祭り魚は雑魚すぎてギルドでは魔物認定されていない。群れで生活し、池の水が減ると魔術で水を生成する。こいつの利口なところは、容器から溢れそうになると水を出さなくなるところだ。おかげで運搬が簡単で鮮度も落ちにくい。



 大きめのスプーンでごっそりすくい取り、覚悟を決めて口に突っ込んだ。



(……あー、生のしらすっぽいなぁ)



 淡水なのに生臭さがないのは、運搬中にこいつが生み出す水によって泥抜きされた状態になるからだろう。もし現地調達するときは、適当な空の桶に入れてしばらく待ったほうが良さそうだ。



 次に出てきたのは目にも止まらぬ速さで切られた葉野菜のごま和えだ。比喩じゃなく、まじで目で追えなかった。やはりハゲに喧嘩を売るのは止めようと思った。肝心の葉野菜は予想より硬かったが、これは慣れるしかなさそうだ。



 いよいよメインディッシュのホーンラビットステーキの登場だ。フォークとナイフを構えて待っていたが、既に切られている。もうこれサイコロステーキだ。



(……おほっ、柔らけぇ。スパイスの味が絶妙だ)



 これだけ柔らかいと、肉を叩いて筋繊維を破壊しているに違いない。かなり手間がかかるはずだが、叩いた様子はなかった。調理を凝視していた俺が見落とすはずがない……。



(ま、まさか……瞬きしてるうちに音もなく終わらせた……!?)



 元B級冒険者のハーゲルの実力に、底は見えない。今後はムカつくことがあっても、ほどほどに煽るだけにしようと固く誓った。



 デザートのフルーツを摘んでいると、ハーゲルがミルクのおかわりを注いでくれた。隣の席に、もうひとつミルクが置かれる。座ったのはハーゲルだった。グラスを見つめながら、ハーゲルが語りかけてくる。



「……ミルク、好きなのか?」


「いや、全然。フルーツジュースのほうが美味かった」


「だったら頼むなよ……せっかく仕入れたのによぉ……」



 ミルクを頼んだのは、ただの煽りだとは口が裂けても言えない。半端なこの時間帯は、人が少なくとても静かだ。騒がしいのが好きというわけではないが、居心地が悪く感じるのは隣にハゲが居るからだろう。



「……この前は、悪かったな。ゴブリンのこと言いふらしたりしてよ」



 俺は何も答えない。ムカついたのは事実だが、それを逆手に取って予定より早く学ぶ機会を得た。本来ならば、人柄の良さそうな冒険者を見つけて、酒を奢り、よいしょして情報を引き出さなければいけなかったのだ。



 まだ知り合いも少なく金に余裕がない俺には、荒治療のほうが都合が良かっただけで、人によっては心が折れていただろう。俺だけを狙い撃ちなら別にいいが、そうでないなら大きなお世話だろうと、アルバの基本方針から外れている。



「人は初めは弱い、なんて言うけどよ、ありゃ嘘だ。俺は強いやつをたくさん見てきた。俺が強いと思ったやつは、最初から強かった。ギルドに入ったときから噂で聞くほどだ」


(ハーゲルも最初から強かった系だな。指導者としては最悪だなぁ)


「冒険者ってのは、いつ死んでもおかしくねぇ。何が起こるか分からねぇし、平和なはずの森に化物が出ることだってある。そういうとき、恐怖に飲まれて動けねぇやつは死ぬ。お前もそっち側だと思った」


(まぁ、俺も自分の弱さには驚いたわ。でも冷静に考えると、刃物を持った通り魔に出会ったようなもんだ。パニックになるのが普通、と言ってもハーゲルには分からないだろうなぁ)


「お前は光の適正があるだろ? 向いてない冒険者を意地で続けて死ぬよりは、聖職者になって生きたほうが良いと思ったんだ。だからお前が辞めるように言いふらしたんだが……俺の目は節穴だったようだな」



 おっさんのツンデレとか誰得だよ。しかし、このままだんまりを決め込むわけにもいかない。冒険者と聖職者のような関係になると俺が困る。いきなり切り込むのも難しいので、まずは小話から始めよう。



「……ミルク、好きか?」


「へっ、そんなんじゃねぇよ。俺はママのおっぱいが飲みたかったが、ないから仕方なくミルクを飲んでるだけだぜ」


(まじでっ!? いや、待てよ……? このハゲからは変態オーラをまるで感じないぞ)



 今の話を言いふらせば、ハーゲルは大恥をかく。それはきっと、俺が受けた恥じと釣り合うのではないか。このハゲ、贖罪のつもりか……?



「そりゃ、残念だったな。皆に伝えて理想のママを探して貰うか?」


「おう。構わねぇぜ。それでチャラにしてくれや」



 ガチムチのおっさんがママのおっぱい飲みたいと言った、なんて噂が広がればそれはもう酷いことになる。このハゲ、少しばかり真面目すぎである。



「やーだね。俺はあんたをハゲと呼ぶ。それでいいならチャラにする」


「ちっ、しょうがねぇな。特別に許してやる。感謝しろよ、ブサクロノ」



 下手に遠慮されてギクシャクするより、煽り煽られる関係のほうが何倍も楽しい。その場のノリで固い握手を結ぶと、腕がへし折れるかと思った。ゴブリン討伐の報酬は、ハゲとの和解と、骨折未遂で終わった……。




悪口も友情に含まれますか

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