新装備でクロノ死す
弱かったおじさんは死ぬのだ。たぶん。
早朝から夕方までスキル練習をこなし、夜は酒場で冒険者の武勇伝とレポートで学ぶ生活からはや3日が過ぎた。ルーティンの精度も上がったし、周辺の魔物に関してはもう実践あるのみだが、何か足りない感じがする。
――この前、湿地帯でリザードマンの集団に襲われてな。こいつがなかったら、今こうして酒を飲んでねぇかもな。
顔に真新しい傷のある男は、腰に下げた剣の柄を撫でた。いつもは軽口を返す同席の冒険者も、このときばかりは何も言わず頷いていた。
(装備か。俺も探しみるか……)
無料で貰ったゴミはへし折ったあと、ダークネスで滅した。現在の装備らしい装備と言えば、雑貨屋でばばあから買ったマジックポーチのみである。
(卵が先か、鶏が先か……)
金を稼ぐには良い装備が必要だ。良い装備を買うには、金が必要だ。夢のない話であるが、こればかりはどうしようもない。最悪、採取クエスト扱いである薬草の納品をこなせば、無一文になってもその日暮らしは出来るだろう。
翌朝、スキル練習はお休みして、ゴミをいただいた武器屋に入る。店主からまた別のゴミ譲り受ける申し出を丁重に断り、店内の装備を見て回る。
(杖かぁ。なんだか頼りないんだよなぁ)
魔術師なのだから武器は杖になる。杖の性能に応じてスキルの威力が上がり、消費MPが下がる。しかし、かっこいいと思うものの、自分の中で納得しきれない部分がある。
(ダークネスに、これ以上の威力なんて必要か?)
遅すぎて当たらないという問題を無視すれば、威力は中級スキルに匹敵すると思っている。群れと戦うわけでもないし、拠点となる町からそれほど離れるつもりもない。何より、店にある杖には頼もしさが感じられなかった。
「お前、また剣を見てるのか。安い武器でも雑魚は倒せるはずだが、今後のことを考えるなら杖で戦ったほうがいいぜ?」
攻撃力や耐久力で劣る魔術師が、最大の利点である遠距離からの攻撃を捨ててまで、戦士の真似事をしてもただの下位互換である。戦士のスキルを使えないのでそれ以下だ。
(でも、ダークネスを当てるには近づくしかないんだよなぁ)
ランクが上がれば強力な魔物が相手になる。今は良くてもそのうち行き詰まるか、ワンパンで殺されかねない。だが、それがどうした。その日暮らし、大いに結構である。
「まぁ、買ってくれるなら何でもいいけどよ。片手剣ならロングソード・ショートソード。両手剣ならクレイモアかな。他にはファルシオン・ククリナイフ・メイス。基本的なものなら揃ってるぜ。鋳型で量産されたやつだから銀貨1枚だ」
乱雑に置かれた物から、壁にかけられた物まで一通り見渡したが、自分の中で納得できる武器はなかった。
「刀はないんですか?」
「うちじゃ扱ってない。あれは切れ味はいいが、高いし脆い。そんなものアルバじゃ売れないし、そいつを死なせちまうことになる。大昔の勇者様の真似事なんて止めておけよ。かっこいいのは分かるけどな」
「大昔の勇者様は、刀を使っていたんですか。何が違ったんでしょうね?」
「伝説級の魔物の牙から削り出したらしいぜ。骨だからボーンソードだろって言ったら子どもたちに唾吐かれたわ」
ごめん、笑うわ。職人として指摘せずにはいられなかったのだろう。
「何だ、お前も笑うのか。いつも難しい顔ばっかりしてやがるからよ。俺様の渾身の実話で笑わなかったらどうしようかと思ったぜ。まぁ、悩むのは悪いことじゃねぇよ。武器は相棒。命を預けるからな」
「おぉ、初めて武器屋らしいセリフ聞けましたよ」
「言うねぇ。お前がどうしても剣を使いたいなら、剣に振り回されないショートソードがいい。洞窟とか狭い場所でも扱いやすい。武器は実用性で選ぶことだ」
この手の知識も書庫で仕入れているが、やはり本職から聞くと納得の度合いが段違いだ。闇の時点でロマン。刀というロマンまで求めるのは欲張りだ。いずれ杖にするとして、今は自分に合ったショートソードを見つけたいものである。
「うっ、ちょっと重いですね。もう少し短いショートソードってあります?」
「……ドーレン工房に行ってみたらどうだ?」
「オーダーメイドの店ですよね。いつか行きたいんですけど……」
「ドーレンさんの話じゃ、ちょうどショートソードを作ったらしいぜ。見るだけでも武器選びの参考になるんじゃねぇの?」
話によると夕方には依頼主に引き渡されるらしい。それまでに拝みたい。早足で歩いていると、裕福そうな身なりをした親子連れが目についた。特に子供のほうは、身の丈に合わない刀を満面の笑みで抱えていた。
(金持ちはいいなぁ。おじさんも裕福で優しくて若くて美しいママが欲しい。贅沢は言わないから年下でも可)
そんなものはない。すぐに興味が失せてその場を後にした。
店が立ち並ぶ区画から少し外れて、看板の代わりに煙突が突き出た石造りの建物が目的のドーレン工房である。
「何だ、おめぇ? オークならぶっ殺すぞ」
愛想の欠片もない店主は、白髪に濃いヒゲを蓄えた筋肉の化身のようなおっさんである。初対面でも分かるほど不機嫌な顔だ。うっかり怒らせようものなら、ワンパンで肉の塊にされそうだ。
「人間です。あそこの武器屋でドーレンさんがショートソードを作ったと聞いたので、見せて貰えないかと思いまして……」
眉間に寄せられたシワが一層険しくなる。これは地雷を踏み抜いた気がする。
「好きなだけ見ればいい。キャンセルされちまってな。触ってもいいが振り回すんじゃねぇぞ」
(キャンセルされたなら好都合だ。じっくり拝ませて貰おう)
一見すると量産品と形状に違いはないが、柄に巻かれた皮のおかげで握りやすい。真新しい皮の鞘から刀身を抜き出すと、僅かに短く、両刃の輝きには目を奪われる。
(少し短いだけなのに軽く感じるし、この刃の輝きは迫力あるなぁ)
武器のことなど分からない俺には、ふわっとしたことしか感じ取れないが、今まで出会った武器の中で最高の装備なのは間違いない。カウンターに背を向けてこっそり振ってみると、やや重く感じるだけで振り回されることはない。
「ドーレンさん、これ売っていただけませんか?」
「お前、噂の魔術師だろう。そいつでゴブリン叩き切るつもりか?」
「クロノです。その噂の魔術師ですよ。実戦で使うかはともかく、気に入ったのでどうしても欲しい――」
「そいつは売れねぇな」
「キャンセルされたんでしょう? 買い手が居ないのでは?」
「お前みたいな半端者に売る武器なんざねぇってこった」
「半端者、とは?」
「ゴブリンから逃げて、魔術師のくせに武器にすがる。それが半端者じゃなくて何だと言うんだ? そんなやつに売ったところで役に立たねぇ。武器が泣いちまうぜ」
このクソじじい、人が下手に出てりゃいい気になりやがって。ふわっとした精神論や職人気質なんざクソ喰らえだ。
「そんなことはどうでもいい。俺の心が折れないために、あんたが作ったこの武器が必要なんだ」
「その剣があれば折れねぇってか? 半端者が大口叩くんじゃねぇ!」
「俺以上にこの剣を求めてるやつなんざ居ねぇよ。売る気がないなら在庫抱えて憤死しやがれクソじじい」
「ほーう。どうして売れねぇと思うんだ? 武器のいろはも知らねぇようなクソザコ野郎がよ」
確信はないが、推測なら済んでいる。それを話すか迷いどころだが、間違えばどのみち売って貰えない。だったら、派手に語ってやろうじゃないか。
「オーダーメイドは高い。利用者の大半は金持ちだ。ショートソードの中でも若干短めの刀身から察するに、ぼんぼんの可愛いお坊ちゃんへのプレゼント。ところがどっこい、子供ってのは派手でかっこいいものが大好きなのさ。
年頃の子供の体格に合わせて作られた最適装備だと毛ほども考えず、地味でありがちなつまらねぇ武器にしか見えねぇわけだ。どうせ実戦で使う予定もねぇから、ガキが喜ぶ刀とかをプレゼントして機嫌を取り、そいつはキャンセルされた。
別の金持ちが誰かの中古品なんて買うわけがない。高いし長さも中途半端なそいつは、この駆け出し冒険者が大半を占めるアルバで、どれくらい売れ残るんだろうな?」
クソじじいが歯ぎしりしてうつむいている。大博打には勝ったらしい。ならば言うことは決まっている。
「おやおや? 当たっちゃった? 武器のいろはも知らないクソザコナメクジだけど、当たっちゃった!? 半端者に使われたら武器が泣くとか言っておいて、金持ち様には作るんだからあんたは大した職人だよ!
でも仕方ないよね、生活があるもんね! だったら、俺に売るのは当たり前だよね!?」
こんなの煽るしかないじゃないか。ちゃんと近づいて顔を覗き込むのも忘れない。クソじじいが折れるまで、ずっと俺のターンだ。
「……クソが。銀貨3枚だ。その武器持ってさっさと失せろ!」
「思っていたより安いな」
「頭金はキャンセル料を兼ねてる。在庫抱えて憤死なんざしねぇよ」
「どうせ材料費だろ? タダ働きにならなくて良かったな」
「余計なお世話だ。帰れ帰れ」
銀貨3枚は俺の全財産と言っていい。それでも、物の価値を考えれば予想より安く済んでホクホク顔で店を出た。
(これでルーティンは完成だ。あとは防具の金を稼がないと……)
本当は防具を優先したかったのだが、ついカっとなって買ってしまった。今は反省している。時間もちょうどいいし、森で薬草採取に決めた。
(足跡よーし。魔物の気配なーし。うむ、静かで平和な森だ。所々に血の跡があったりするけど……)
抜き足差し足忍び足。魔物の残党が居ないことを祈りながら、薬草採取に精を出す。地味で単調な作業だが、下手に魔物討伐をこなすより稼ぎが良い。見習い期間限定の隠し特典で、買取額が上がっているのだ。
(見習い期間の努力が、今後の生活を楽にする。地味だろうと笑われようと、最後に煽るのはこの俺だ!)
ドーレンのおっさんは俺を半端者と言ったが、それは間違いだ。俺は道半ばなだけで、諦めてないし投げ出してもいないのだから。
無心で薬草を集め続けた結果、支給されたふたつの小袋には薬草がぎっしり詰まっている。値段にして大銅貨1枚。いずれ中古の皮防具一式を揃えてゴブリンをしばきたい。
自分の想像と書庫で得た現実は、少々異なっていた。回復スキルの【ヒール】があれば怪我などすぐ治ると思っていたのだが、怪我の度合いや治療が遅れると古傷になって長期的な治療が必要になる。欠損すれば元には戻らない。
市民権を持たない駆け出し冒険者がそんなことになってしまったら、取り返すことすら難しくなる。雑魚であっても強敵。用心するに越したことはないし、万全の準備をしてから倒すのが大人の戦いというものだ。
(欲を出すのも危ない。そろそろ帰ろう)
薬草袋をサイドポーチのベルトにくくりつけて固定する。これで不測の事態に陥っても落とすことはない。そう何度も帰り際にゴブリンに遭遇しない……そう思った直後に、木陰からゴブリンが飛び出してきた。
「ひっ……ル、ルーティン!」
右手で剣を抜くと同時に、左手を前に突き出す。心臓は早鐘のように鳴っているが、恐怖に飲まれているわけじゃない! 弱虫の俺は死んだんだ!
「【ダークネス】」
暗黒の球体が、ゴブリンめがけて飛んでいく。離れた相手に当たるとは思っていないが、牽制になればそれでいい。だが、俺の狙いは予想外の結果を生んだ。
(ゴブリンの表情が緩んだっ!?)
ゴブリンはダークネスの威力を知らない。歩いても避けれる雑魚スキルだと油断している? だったら、このチャンスを物にする!
「お前には恨みがある! 死んで貰う!」
全力で走り、武器を構えて体当たり。耳障りなうめき声は、剣で貫かれてもまだ生きている証拠だ。反撃される前に追撃して確実に仕留めるんだ。
(密着した状態なら外さない。雑魚と侮ったスキルの威力、思い知れ!)
「【ダークネス】」
ゴブリンの横腹に手を当て、ぶち込んだダークネスの威力は凄まじいものだった。腹が消し飛び、上半身と下半身が分かれて悲鳴をあげることもなく絶命していた。瞳からは輝きが消え、緑色の血溜まりが広がった。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!」
周りのことなど考えず、ただ叫んだ。挫折し、自分を見つめ直し、苦難に耐えた末に手に入れた、初めての勝利だ。湧き上がる高揚感はなおも膨れ上がる。
(これがレベルアップの感覚か……)
目をつぶると、瞼の向こうに新たな文字が浮かび上がっていた。
白く輝くふたつのスキル。【ヒール】【メディック】。どちらを取るか迷いどころだ。自分の体を見渡してみると、突撃のときに小枝で切り傷がたくさんある。
習得するなら、やはり【ヒール】だろう。
スキルに手を伸ばし、握り潰す。粒子となった文字が体に吸い込まれていくと、胸のうちにほのかな温もりを感じた。
「【ヒール】」
右手が温かい光に包まれている。切り傷をそっと撫でると傷跡がなくなっていた。癒やしの力がどの程度のものか検証が必要だが、頼もしいスキルであることに変わりはなさそうだ。
(それにしても、後味悪いなぁ……)
倒したゴブリンは、初めての得物と言うよりは、無残な死体だ。耳を切って討伐の証を回収しても、憂鬱な気分になる。これはいくらなんでもあんまりだ。どうせなら【闇の喜び】で勝どきをあげよう。
「ククッ……クククッ……ハーッハッハッハ!!」
静かな森に、バカっぽい高笑いが響いた……。
激おこ早口おじさん