一歩も動けずクロノ死す
今日は3話投稿です
「……やっと冒険者らしいことができるな」
書庫を読破した俺はさっそく冒険に出ようと思った。思ったのだが、初日から装備も道具も持っていなかったのである。足早に向かうのは市場から少し離れ、冒険者用の店が立ち並ぶ一画だ。
(店主、一番良い武器をくれ。なんて言ってみたいもんだなぁ)
無理である。手持ちから出せる金は銀貨3枚。武器、防具、薬品など必要装備一式の予算がそれなのだ。ギルドが貸してくれなかったら、『木の枝』で戦うことになっていただろう。
(棒じゃなくて枝だからな。目潰ししか出来ないぞ。しかも使い捨て)
最初に訪れたのは武器屋だ。看板には剣が盾を貫いているイラストがあり、目印にはピッタリだったが、ここで盾を買うのは止めようと思った。
「らっしゃい。あぁ、あんたは噂の新入りだな。店の隅にあるやつならひとつだけプレゼントしてやるよ。高いの買ったところですぐ不要になる」
なんと愛想のないおじさんは、無料で武器をくれると言う。控えめに言ってボロボロで、剣は欠けてるし杖は朽ちている。だが、何の問題もない。
(こういうところに掘り出し物があったりするんだよなぁ)
なかった。まじでない。どうしよう。腐った杖の先にはノミみたいに小さな魔石が埋め込まれているが、闇の魔石がない。
「すいません、定価でいいので闇の魔石の杖をください」
「そんなもんねぇよ。闇の魔術師なんて秒で辞めちまうからな。売れないから作ってる店なんてほとんどないぞ」
「えぇ……俺は一体どうすれば……」
「杖なんてどれでもいいんだ。他の属性の魔石だろうと、魔石には変わらん。素手と比べると魔術スキルの威力がほんのり上がるぜ」
「ほんのりって……」
「じゃあ、はんなりでどうだ」
「もういいです。これください。光の魔石が付いたやつ」
魔物を倒すとたまにドロップする魔石には属性があり、その属性と使用者の属性が一致したときに最大の効力を発揮する。だから欲しかったのだが、目の錯覚と思うほど小さな魔石なら確かにどれでも同じだろう。
「持ってけ泥棒。不要になったら捨てていいからな。もうお前の物だからな。絶対に引き取らないからな」
(どんだけゴミなんだよ)
次に向かったのは防具屋だ。魔物がはびこる外の世界は、しっかりとした防具で身を護る必要がある。看板には剣をへし折る盾と兜が描かれている。
「いらっしゃい。あー、あんたが噂の。ローブが必要だろ? うちのテーブルクロスで良かったら持っていくか?」
テーブルクロスは流石にいらん。愛想笑いをして店内を物色する。いかにも凄そうな金属の鎧には目を引かれるものがあった。
「おいおい、お前は魔術師だろ。せめてローブコーナーに行けよ」
「いやぁ、カッコイイなと思いまして」
「気持ちは分かるが魔術師には重すぎる。まともに歩けないぞ」
ゲームのように装備出来ないわけではないらしい。重量の問題があるのだから俺が身に着ける日はないだろう。だが、ローブは薄すぎる。頼りない。
「そんなに心配なら皮の防具だな。値段はピンキリだが、魔物の素材で作られているから丈夫だぜ。やや軽いし、動いたときの音も小さい。中古でいいなら、兜、胴体、手甲、足甲の一式で銀貨3枚でいいよ」
いきなり予算オーバーだが、物は試しで試着してみた。
(臭っ!! これ剣道の防具みたいな臭いがする!!)
「あのー、この防具の元の所有者は――」
「もちろんおっさんだ。女用はデザインから別物だよ」
皮防具は臭すぎて諦めた。結局、覗けば先の景色が見えるほど薄いローブを無料でいただき、それらしくローブを翻しながら店を出た。そうしたら引っかかって少し破れた。
(ふっ、砂埃からの絶対耐性を得たぞ……)
最後にやってきたのは冒険者御用達の雑貨屋である。看板には薬品が入った瓶が描かれており、変な対抗意識は燃やしてないようだ。
「ひゃっひゃっひゃ……見慣れない顔だね。あんたがブサイクかい」
「惜しい。クロノです。店に入ってもいいですか?」
「いいとも。マナポーションはうんと買っておきな。ダークネスも数撃ちゃ当たるかも知れないからねぇ」
嫌味のようで、助言とも取れる。年季の入ったくそばばあの言うことは素直に聞いておこう。HPを回復する緑色のライフポーションと、MPを回復する青色のマナポーションを手に取る。しかし持ち辛い。
(うっかり割りそうで怖いな……)
「あんた、サイドポーチも買っておきな。ポーション含めて銀貨1枚でいいよ」
買ったポーションが割れても困る。おばあ様の言う通りに購入し、装備する。
少し古いが皮の手触りが良い。これはお買い得だ。
(こいつは最高の防具になりそうだな。言ってて悲しくなってきた)
店内を物色していると、なにやら黄色い液体のポーションらしき瓶があった。
「おばあさん、このポーションは何に効くんですか? 状態異常回復?」
「周辺のオークやゴブリンを呼び寄せるよ。中身は知らないほうがいいねぇ」
きっと独自の製法で作られているのだろう……。世の中、知らないほうがいいこともあるのだ。
「だったら、この白いポーションは?」
「状態異常回復のポーションだよ。森には毒を持つ魔物も居るが、あんたには無縁のポーションだろうね」
光の適正を持つ俺は、状態異常を回復する【メディック】を習得できる。今はまだレベルが低くて取れないが、優先的に取りたいスキルだ。
「まぁ、効果を知っておくのは良いことさ。2本くらい持っていきな」
「ありがたい話ですが、ポーチが一杯で……」
「押し込んでみな。見た目よりは入るよ。元はマジックバッグだからね」
(凄いな。まるで未来の道具。3.5次元ポケットだ)
思いの外しょぼく感じたので素直にマジックポーチと呼ぼう。
「ひぇっひぇっひぇ……あんたにひとつ忠告だよ。何があってもポーチは手放すんじゃないよ。それは冒険者にとってもうひとつの命だと思いな」
このばあさん、見た目に似合わず親切だ。アルバを拠点にしている限り、薬品はこの店で買うことにしよう。
「もうお行き。あんたの顔を見てたら飯が不味くなるよ」
(やっぱり止めようかな)
読めないばばあだ。ライバル店があるなら次はそちらで買うとしよう。店を出たのはいいが、次の店に寄るべきか迷っていた。
(装飾屋は高そうだし、冷やかしになるかも知れん。オーダーメイドで武具を作ってくれる工房も今の俺には早すぎる)
ゴミと言われて貰った装備が本当にゴミなのか確かめよう。使う前から捨てるのはもったいないからな。いざ往かん、魔物が住む南の森へ!
「ここがやつのハウスね」
やつとは不特定多数のことである。そもそも、今日は様子見なので戦うつもりはない。そろりそろりと森を歩きながら、薬草を摘んで納品を目指す。
(くくく……あったぞ。人の足跡だ)
薬草を集めるなら早朝が最適だと言われている。だが、それは人による。土地勘がない俺には、摘まれる前の薬草を闇雲に探すより、経験者の足跡を追ったほうが得られるものが多い。
早朝組によって生きの良い魔物は討伐され、比較的安全な道筋も分かる。仮に迷っても足跡を辿ればすぐに帰れる。薬草が欲しくなれば、足跡から逸れて茂みに入れば見つかる可能性は高い。
(得難い経験を信条とする俺だけど、基礎あってのことだからな。薬草の集まりも順調だし、遅れなんてすぐ取り返してやる)
遠くで茂みが揺れた。木の陰に隠れて様子を伺っていると、頭から一本角を生やしたうさぎのような生物が飛び出してきた。
(あれがホーンラビットってやつか)
ホーンラビット。最弱と言われる魔物だが、小動物に近い。それでも鋭い角を使った体当たりを受けたら普通に死にそうだ。
(どうする? しばくか……?)
迷っているうちにホーンラビットは姿を消し、ほっと息を吐いた。最弱だろうと小さかろうと、動物のような姿には逆に抵抗がある。いかにも悪そうな魔物なら何の躊躇いもなくしばけるのだが。
(見逃して良かった。血抜きも剥ぎ取りもまだ分からないからな。薬草なら軽いし摘むだけだし、そっち優先するか)
目標をひとつに絞れば達成も早い。小袋いっぱいに集めた薬草を見てニヤけてしまう。足跡をたどって帰ろうとすると、木の影から人が飛び出してきた。
(違う。人じゃない! 緑色の肌……ゴブリンかっ!?)
ゴブリン。背丈や体格は子供と同程度の人型モンスター。顔面は確かに醜悪で、薄汚い腰巻きに、折れた直剣を持っていた。
(出くわしたからには殺るしかない。殺るんだ……ひっ!?)
大口を開け、ゴブリンが咆哮する。血走った目が俺を睨む。剥き出しの殺意を向けられ、その恐ろしさに呼吸さえ忘れた。
(殺らなきゃ、殺される……っ!)
杖を握りしめると、木片がぼろりと落ちた。それは俺の心を折るにはじゅうぶんだった。
「うわぁぁぁぁっ!」
悲鳴を上げ、その場から逃げ出した。足跡のことも忘れて闇雲に走り続け、気づけば冒険者ギルドまで帰って来ていた。
「おい、どうした!? 何があった!?」
「ゴ、ゴ……ゴブリンが出た……」
ハーゲルの問いかけに、力なく答えた……。