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トレジャーハンター・クロノ死す

「レイナが死んだって、どういうことだよ!?」


「落ち着け。まずは座れ。お前らは仲が良かったらしいから話してやる」



 ハーゲルに言われるがまま、伸ばしかけた手を戻して、力なく椅子に座る。



「報告によるとレイナを含む四名のパーティーは、お前の話通り、ワイバーンの卵を収集するつもりだったらしい。だが失敗した」



 巣穴から卵を盗むのは簡単なことではない。ワイバーンを気を引いて巣穴から離す役に、潜んだふりをして囮となる役。そして、巣に入って卵を盗む実行役に分かれているらしい。



 レイナは実行役で、巣穴に入って卵を盗む途中でワイバーンに見つかり、襲われて死んだ。不幸な事故死だと言われた。



「本来ならワイバーンの卵盗みは、D級冒険者の依頼だ。レイナはE級でも隠密スキルに特化している。過去に何度か盗んだ経験があり、難しいクエストだが皆揃って無事に帰れると思っていた、だそうだ」


「……本当に、事故なのか?」


「他のメンバーの話を聞いても矛盾はなかった。仲間に悪いことをする連中じゃない。実行役のレイナが何らかのミスをして死亡したと結論付けたところだ」


「……そういう、ものなのか?」


「成功例があろうと、巣穴の地形、ワイバーンの個体差など不確定要素が多い。今までが幸運だったと考えるより、今回が不運だったと考えろ」


「……ひょっこり顔を出したりしないかね。あいつは図太いんだ。殺しても死にそうにないやつだった」


「気持ちは分かる。だがな、俺達は冒険者なんだ。こういう不運な事故は、必ずあるんだよ。今日はもう帰っていい。明日は顔を出せ」



 ハーゲルの言葉通り、とてもヒーラーに勤しむ気分になれなかった。寮に戻って部屋に入ると、まだレイナの残り香があった……。



『寂しいね。もう彼女の輝きが見れないなんて』


「トレジャーハンターの面白さとやらを聞いてみたかったな」


『そうだね。ボクらにはそれが分からない。だから彼女の話を聞ける日を楽しみにしていたんだ。その瞬間が、彼女が一番輝くはずだったから』


「ナイトメアは俺のこと、何でも分かるんだな。そうだよ、楽しみにしてたさ。だから部屋を提供して、飯も用意したのに……」



 乱暴に窓を開け放ち、淀んだ空気を入れ替える。レイナの私物を返す日は来ないのか……。



『……寝直すかい?』


「そうするわ。サンキュー、相棒」



 腕で日差しを遮り、目を閉じる。そのまま眠るつもりだった。瞼の裏に漂っていた【吸魔】の説明に、新たな一文が加わっていることに気付くまでは。




【吸魔】



スキルタイプ:パッシブ



キスをすると、確率で発動する。相手のMPを1吸収する。自身のMP上限を超えて蓄えることが出来る。吸い続けた相手のレベルを下げることがある。




「レベルが下がる……? どういうことだよ、これ!?」


『ボクにも分からない。だけどスキルの説明に嘘はないんだ』



 レイナはレベルが下がったことを知らない。吸魔の効果でレイナのレベルが下がり、隠密スキルが消えたとしたら……?



「待て、待ってくれ。レイナが死んだのは……俺のせいなのか……?」


『レベルが下がったのは間違いない。でも、消えたスキルが隠密スキルかどうかなんて、ボクらには分からない。もう誰にも分からないんだ』



 レイナが単純にミスをした可能性もある。俺の吸魔が原因の可能性だってある。考えがまとまらないので、ナイトメアと身を寄せ合うように眠った。



 目覚めた俺は、スライムの洞窟に出かけてレベルを上げた。マナポーションを飲みながら討伐を続け、日が暮れた頃にはLV.10になった。たぶん……。



「……ふぅ、良いスキルがありますように」



 目を閉じ、触れた文字は【ナイトスワンプ】だ。これがきっと、俺が求めたスキル。そう信じて、握りつぶした。




【ナイトスワンプ】



スキルタイプ:アクティブ


消費MP:5


任意の場所に見えない沼を作り出す。




「それじゃ、さっそく【ナイトスワンプ】」



 発動させても地面に変化は見られない。恐る恐るつま先を置くと、ずぶりと地面に沈んだ。



「おぉ、沼っぽい感触だ。黒い沼じゃなくて、見えない沼をどこにでも作り出せるわけか。インビジブルスワンプじゃないんだ……?」


『夜の沼……暗闇に覆われて何も見えないはず。足を取られてようやく沼の存在に気付く。ナイトは透明ではなく、擬態や保護色を表しているのかもね』


「う~ん、詩的だなぁ。つーか、俺の言おうとしたこと全部取っちゃって。このこの~」


『ボクと話したかったくせに~。このこの~』



 肩に乗っていたナイトメアと、指先で頬を突き合って、ぶにぶにとした感触を楽しんだ。



「それじゃ、検証しますか」



 その辺に転がっていた長い木の枝を沼に突っ込むと、ずぶずぶと飲み込まれていく。やがて固い感触がして、底が知れた。



「深さは1メトルと少し。範囲も同じくらい、と」


『大体のことは分かったね。それじゃ、行こうか』


「あぁ、赤竜の巣にな。トレジャーハンタークロノ、爆誕だぜ!」





 最近、冒険者のあいだで北の森に魔物が少ないという噂が飛び交っている。オスの赤竜から逃げた魔物が、まだ戻っていないと結論付けられているが、俺はレイナの話を信じている。メスが居るから、戻れないに違いない。



 夜の森は暗く、木の根などに足元を取られがちだが、魔物に襲われるよりよほどいい。こんな丸々と肥えたオークが歩いているのに魔物一匹現れない。どこかに赤竜が居る。これは確信だ。



(あれだけの巨体だ。身を隠せる場所なんて知れてるわな)



 森の奥深くに、大きな洞窟があった。きっとこの中に、赤竜の未亡人が居る。ただ一匹、卵を抱えて。



「そろりそろり……あひんっ!」



 天井から落ちてきた水滴が首筋に当たり、艶めかしい声が出てしまった。幸いにも赤竜には気づかれていない。きっと夜の団地妻は、もっと奥深くに居る。



(……ドキドキしてきた)


『諭吉を握り締めて、初めていやんばかんなお店に行ったあの日を思い出すね』


(おぃぃぃ!? そういう暴露話は止めろって!)



 しょうもない話をする余裕があるのは、魔物一匹見かけないからだ。この規模の洞窟ではありえない。それが赤竜の存在と、強さを証明している……。



(あ゛ー、寝息みたいな音が聞こえるんですけど……)



 開けた空間の中心に、卵を守るように赤竜が丸まって寝ていた。



『物音を立てないようにね。気づかれたら終わりだよ……』



 暗い洞窟ではナイトメアの光だけが頼りだ。ここからは細心の注意を払って行動しないといけない。もっと強い光源が欲しいところだが、火を付けたら気づかれるだろう。



 肩に乗っていたナイトメアを掴んで、足元を照らす。小骨が散乱しており、水たまりも見える。それらを避けながら少しずつ進んでいく……。



 生暖かい風が肌をくすぐる。前髪がふわっとした。ついでにちょっと生臭い。



「……ぶぇっくしょい!!」


『アーッ!?』



 力強い寝息が、砂埃を巻き上げていたようだ。鼻がむずりとしたなと感じたときにはもう遅かった。あれだけ主張していた寝息が聞こえなくなった。赤竜のお目覚めである。



(ちくしょーっ!!)



 赤竜が大口を開ける。喉の奥で炎が揺れている。逃げたところで上手に焼かれてしまう。赤竜へと一心不乱に走り、巨大な卵を持ち上げた。その直後、赤竜のブレスが俺に襲いかかる!



「うおおおおっ! 卵バリアァァァァァッ!」



 この赤竜は卵が近くにあるのに、何の躊躇いもなくブレスを放とうとしていた。ならば、卵は炎に高い耐性を持っているに違いない。決して、目玉焼きを作ろうだとか、人質にしようなんて考えてない。



 俺の予想は当たり、熱気に包まれているものの、俺のジューシーな体には焦げひとつなかった。



――GRR……? GYAAOO――。


「おっと、声を出すんじゃねぇぞ! こいつがどうなってもいいのか?」



 ただでさえ音が響く洞窟なのに、至近距離で咆哮されたら鼓膜が消し飛ぶ。赤竜に卵を見せつけ、脅迫するしかあるまい。なぜなら竜は、人の言葉を理解する賢い生物なのだから。



「よーし、良い子だ。俺の話を黙って聞きな。少しでも妙な素振りをしたら、お前の可愛いベイビーがダークネスの餌食になるぜぇ?」


『清々しいまでの外道』



 手のひらにダークネスを出し、卵に近づける。赤竜は喉を鳴らし、持ち上げた首を地面に付けた。今のところ抵抗の意思はないらしい。ダークネスの凄さが分かるとは、何と良いやつなのだろうか。



「お前はひとつ、大きな勘違いをしている。俺は、卵を盗むつもりはない。赤竜が町で暴れてな。討伐したのはいいが、生態系が狂ってないか調査にきたわけ」


『息をするように嘘を吐く!』


「お前がいきなりブレスをしたもんだから、卵を盾にするしかなかった。ここまでは分かって貰えたか?」


――GRR……。


「まぁ信じないだろう。そこで、取引をしようじゃないか。俺を無事に帰してくれるなら、お前らのことは見なかったことにする。生態系が戻るまではもうしばらく時間がかかります、そう上司に伝えるつもりだ」



 竜は何も答えない。琥珀のような巨大な瞳で、俺を見つめてくる。真意を見定めようとしているのだろう……。



「賢い竜なら分かるはずだ。俺の言葉の意味が。俺が戻らなかったら、どうなるか。母親のあんたの答えひとつで、この子の命運も決まる」



(好きなだけ考えろ。俺は相手の目をまっすぐ見つめて、淀みなく嘘をつける人間性の塊なんだよ)


――GRRRRRRRRRR……。



 やがて竜は目を閉じた。上位種である竜が、人間という下等生物の脅しに屈したなど受け入れられるはずがない。だからこれは、見逃してやる、そういうアピールなのだろう。



「交渉成立だ。俺は何もかも忘れて帰る。さらばだ」


『本当はヒャッハー! したいんだけどね。相手が悪すぎだね』



 去っていくことを知らせるために、散らばった小骨を踏みしめながら歩く。あと少しで広場が終わる。そう思って振り返ったときには、赤竜がブレスの準備をしていた。



「だと思ったよ。ゴミクズトカゲウーマン! 【ナイトスワンプ】」


『竜も君にだけは言われたくないんじゃない?』



 自分で作り出したスワンプに潜り、ブレスを避けた。こもった音の中でナイトメアのツッコミだけは、はっきりと聞こえた。



「【ナイトスワンプ】」



 ごぼごぼと息を漏らしながら、何度もナイトスワンプを使う。息が続く限り洞窟を泳ぎ続けて、顔を出したときには赤竜の姿はなかった。



「はぁー、マナポーションうめぇー」


『赤竜は追って来ないようだね。どうしようか?』


「そんなの決まってる。帰るんだよ。追って来ないのは見逃して貰ったからさ。去り際に煽れたし俺は満足だ」


『あれって君の基準だと悪口だよね』


「余裕なかったんだよ。あれだけ緊張感のある場面でよく言えたと褒めて欲しいもんだね」



 レイナの真似事をしてトレジャーハンタークロノになったが、どうも俺には合わないようだ。やはり、こういうスリリングなことは、脚色を交えて語って貰うのが一番面白い。



「はぁ……レイナじゃないとダメだな。いつか地獄で会ったら、土産話として語ってやるか。ククッ、クククッ……ハーッハッハッハ!」



 間抜けな笑い声をあげながら、洞窟をあとにした……。


クロノなりの弔いです

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