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トレジャーハンターレイナ死す

「んが……昼チュン!」



 レイナの挑発に負けまくって明け方までトランプしていたら、起きたときにはもうすっかり昼になっていた。元凶のレイナは、今も眠っている。



「……買い物してくるか」



 図太いゴリラがまた転がり込んでくる光景が目に浮かぶので、食料品を買い込むために市場に向かった。



 水や食料を買えるだけ買って、マジックポーチにねじ込んだものの、まだ足りない気もする。もう一度、店内を歩き回っていると、店主から渋い言葉が飛んできた。



「それだけ買ったらもういいだろ? 他の客が怖がってるから早く帰ってくれ」


(おっ? 喧嘩か喧嘩か?)



 ケバブ騒動のあとは店の対応は普通だったので、久々の口喧嘩の予感である。とりあえずジャブをかまそうとしたら、後ろからゴリラの声がした。



「ごっめーん。あたしがお使い頼んだの。ぱぱっと買って帰るから、もうちょっとだけいいでしょ?」


「うっ、まぁ……そういうことなら……早くしてくれ……」



 追加で果物や干し肉を買い、レイナと店を出た。



「……助けたつもりか?」


「あんたの噂は聞いてるわよ。凄くねちっこいって。でもねぇ、誰これ構わず喧嘩売ってたら、そのうち困るのはあんたでしょ。穏便に済むならそれでいいじゃん」


「まともなことも言えたのか」


「そうやって、すーぐ煽るんだから。さっさと帰るわよ!」



 背中を引っ叩かれて、倒れ込んだ。バットで殴られたような衝撃だ。散乱した荷物に手を伸ばそうとしたら、まるで動かない。地面にめり込んでるね?



「うごぉ……ご、ゴリラめ……」


「あっ、ごめんって。半分持ってあげるから、お宝拾って帰りましょ!」



 同じくらいの荷物を抱えているはずなのに、レイナは軽々と運んでいる。それどころか、俺がよろけたところを支えられる始末であった。



「いや本当に凄いゴリ……力だな。助かった」


「あんたもレベル上げなさいよ。卵が終わったら手伝ってあげよっか?」


「……いや、遠慮しておく。俺には俺のペースがある」


「ふぅん? パーティー組めばやりやすいよ? 討伐系にはうってつけ」


「俺は史上最弱の魔術師だからな。変に焦ると死にそうなんだよ」


「自信持ちなって。GランクからFランクに上がったの、あんたがアルバ史上最速だってよ」


「へぇ、そうなのか。それはいいこと聞いた」


「言っておくけど、煽りに使うんじゃないわよ?」


「あぁ、もちろんさ」



 もちろん、使う。いつ使うかは分からないが、雑魚にランク越されて恥ずかしくないの? とストレートに煽りたいところである。



「嘘くさっ。何でもいいけど、冒険者とは仲良くしなよ?」


「俺は売られた喧嘩を買う主義なんだ。勝てそうなやつ限定で」


「呆れて言葉も出ないわ。それにしても、あんたの景色って面白いわね。人だかりがサッと避けていくんだもん。あたしが神よ!」


「歩きやすくて助かってるよ。俺が通行人だったら普通に歩くけどな。知りもしない人をよくここまで嫌えるもんだ」


「それ、本気で言ってんの? 怖がられてるのよ、あんた」


「はぁ? 冒険者は普通に接してくれてるぞ? 最初は、襲われたが……」


「あんたの呪い? 顔がゴブリンかオークに見えるわけでしょ。町の人が恐れるのは当たり前じゃん。あたしら冒険者と違って、魔物なんて見慣れてないし、戦う力だってほとんどないんだから」


「森に散歩がてらにゴブリンしばくもんじゃないのか?」


「ないって。別の町に移動するときは、冒険者を護衛として雇うのが常識なの。移動中に襲われて、ちらっと見たゴブリンの顔が恐ろしくて、しばらく眠れないって人だって珍しい話じゃないわ」



 俺はてっきり、この世界の住人は、魔物など見慣れていると思っていた。森に出かけた子供が、笑顔でゴブリンの頭をかち割るくらい強いものだと思い込んでいたのだが……。



「そうか。俺の顔が怖いのか。仮面でも被ろうか?」


「止めなさいって。顔を隠すのは犯罪者か訳ありよ。ますます怖がられてどうすんのよ」


「そうだよなぁ。常識的に考えて、怪しいよな……」


「あんたって変わってるわねぇ。記憶喪失? なんだっけ? 変なことは知ってるのに、当たり前のことを知らないんだから、呆れちゃうわよ」


「常識に詳しいレイナさんは、俺にどうしろって?」


「そう言われると困っちゃうなぁ。あたしら冒険者だもん。武器の携帯は義務みたいなもんだし」



 レイナの言葉でようやく分かった。町人からはオークかゴブリンに見えるだけでも怖いのに、完全武装しているから余計に怖いわけだ。



(相席の人が、刃物ちらつかせてるようなもんか。怖すぎだろ)



「緊急事態になったとき、すぐに動けるようにだっけ。町にモンスターが出たとして、装備を取りに戻ってる暇なんてないもんなぁ」


「そうそう。装備を預けないと入れない店も多いのよ。盗まれたら困るし、居心地が悪いからギルドの酒場に集まるわけよ」


「へぇー、そんな事情もあったのか。もっと早く教えてくれればいいのに」


「しょうがないでしょ。あんたは武装したオークに見えてます、なんて言って恨まれたら何されるか分からないじゃん」


「……売られた喧嘩を買いすぎたか」


「それにあんたはバイトヒーラーでしょ? 助かってるから、あんまり強く出られなかったりするのよねぇ」



 お前の態度はデカいけどな。そう言ったらまたガイアとひとつになりそうなので黙っておいた。



「結局、俺はどうすりゃいいんだ? ボランティアでもしろと?」


「慣れるまで待つしかないんじゃない? ボランティアなんてされるとギルドがヒーラー不足で困るから、絶対にダメだからね?」


「後半はお前の願望だろ」


「願望込みでマジマジよ。ヒーラーが二人になったときあったでしょ? 片方は速攻でばっくれたのに、あんたは最後まで逃げなかったし」


「お前だったら逃げてたか?」


「もちろんよ。初日から逃げるわ! あんたが逃げなかったせいで、あたしのツケがとんでもない額になっちゃったんだから」



 さてはこの女、他の人にもツケ治療頼んでたな。人の数だけツケの額が分散されるから、治療拒否されるまで余裕があるわけだ。



「変に納得した顔をしないでよ。そこは突っ込むところでしょ」


「いやぁ、お前なりの処世術に関心しただけだよ。俺も落ちぶれたら真似させて貰おうかな」


「落ちぶれてないわよ。道半ばなの。いつか大金持ちになってやるんだから」


「ははは、道半ばか。だったら、トレジャーハンターはロマン職か?」


「分かってるじゃん! レンジャーだからって魔物を探して討伐しなきゃいけないってわけじゃないと思うのよ。あんたが戦士の格好をしてるようにね」


「闇もロマン職なんだよ。魔術師なのにインファイター。面白いだろ?」


「いいじゃーん! あんたが戦ってる姿も見たいわ。あたしのトレジャーハンティングも見せてあげる。卵の件が片付いたら、パーティー組みましょ。約束だからね、いひひっ!」



 お互いに冒険者としては厳しい位置に居る。それでも、腐らずに楽しむだけの魅力がある。【強運】さえなければ、こいつと組んでバカ騒ぎする未来もあったかもしれないな……。



「考えておく……よ!?」



 何となく感慨深くなって目を閉じたとき、【吸魔】の効果がアンロックされていた。




【吸魔】



スキルタイプ:パッシブ


キスすると、確率で発動する。相手のMPを1吸収する。自身のMP上限を超えて蓄えることが出来る。



(上限を超える? 最大MPが100でも、【吸魔】の効果なら101、102と貯められるってことか……?)



 確率で発動するパッシブスキル。吸収するMPはたったの1。不便極まりないが、根気さえあればLV5だろうと最強のスキルを使えるのだろうか。



(キスで強くなんの? それなんてエ○ゲ……?)


「どしたの? 落とし物は全部拾ったはずだけど」


「い、いや……荷物が重くて足にきただけだ」


「しょうがないわねぇ。そっちのも持ってあげる。感謝しなさいよー?」


「頼もしいねぇ。おじさん、うっとりしちゃう」


「変なこと言ってないで、さっさと帰るわよっ!」



 背中に張り手こそなかったが、グイグイ押されて急ぎ足で帰るはめになった。奇跡的に転ばず部屋に戻れた。両手に抱えた荷物をドンっと降ろして一息ついた。



「たくさん買ったわねぇ。どうするの、これ?」


「どこぞの疫病神が住み着く気がしてな。怒りを鎮める供物だ」


「へぇー、ふーん……? 期待してたんだ?」



 半分あげるから出ていってくれ。そう言おうとしたら、顔を覗き込んで来たので後ろに下がると、まさかの壁ドンされた。股のあいだに足を入れられてもう逃げ場なし。



「まだツケ残ってるけど、どうするぅ? 何するぅ?」


「で、でも……まだお昼だし……」


「昼なら、誰も居ないわよね? 敗者が勝者のお願いを聞くトランプ……してみたくない?」



 耳元で囁かれた。年甲斐もなくドキドキしちゃう。俺ってこんなに押しに弱かったんだなぁ……。





「はっ……昼チュン!?」



 目覚めたのは翌日の昼下がり。買い込んだ食料品を食い荒らしながらも朝までフルコースだった。



「……あれ? あいつどこ行った?」



 ベッドの上に置き手紙があった。がさつな性格からは信じられないほどきれいな文字だった。



――おはよー。昨日は楽しかったね。レンジャー仲間とパーティー組んで、赤竜の卵盗みの予行演習に行ってくるね。ワイバーンの巣に潜り込んで、卵をいただくの。数日は帰ってこれないけど、戻ったらでっかい卵焼きを作ったげる。



PS.あんたが買い込んだ食料品ね、半分貰っていくから。そのほうが、お腹が空いてワイバーンの卵焼きが美味しく感じられるでしょ? レイナより。



「絶食しろと!?」



 半分と書かれていたが、全部持って行きやがった。食い荒らしたので大した量ではないが……。



「えっ、半分って、買った当時の量が基準? ぱねぇわ……むむっ?」



 なぜか女物のおパンティーが落ちている。俺が寝ているあいだに着替えて出て行ったのだろうか。するとこの黒の紐パンは……? 確認のために、そっと触れてみる……。



「……冷たい。出かけてからずいぶんと時間が経っているようだな」



 略奪戦隊・ゴリラレンジャーに盗まれた食料は、今頃は馬車に揺られているのだろう。取り返すのは不可能だ。諦めて酒場に向かった……。





「昨日はお楽しみだったな」



 ギルドで昼飯の注文をすると、ハゲにそんなことを言われた。



「あぁ、凄いテクだった。スリやらせたら天才だね。ほとんど負けた」


「顔に落書きの跡が付いてるぞ。まぁ、来てくれて助かった。ヒーラー頼む」


「あいよ。ところで、ハゲに苦情とか入った? うるさくて眠れない、とか」


「相当にハッスルしてたらしいからな。バカ騒ぎは酒場でやれ」


「そういう噂もハゲに行くのか。俺に言えばいいのに」


「お前に喧嘩売ると、ややこしいことになりそうだとさ。あとは、E級冒険者のあいつと、F級冒険者のお前らよりランクが低いから、面と向かって言えない事情があるんだよ。見習い向けの寮だからな」


「そういう縦社会的なこと、このギルドにあるのか? まぁ、あいつは遠征に出たからしばらく戻らないらしい。ゆっくり眠ってくれと伝えてくれ」


「伝えておこう。階級による上下関係は、王都よりは緩やかだが、全くないわけじゃない。ランクが高いってことは、強いってことだ」


「俺が名ばかりのF級なのは知ってるだろ?」


「G級が赤竜に出会って生き延びただけスゲーってこった。ギルド長がお前から買った内容も、段階を踏んで公開するつもりだし、教育システムに組み込むつもりだって張り切ってたしなぁ」



 目の下にクマを作った美人か。悪くないな。



「なぁ、ハゲ。ワイバーンの巣ってどこか分かる?」


「毎年変わるから、具体的な場所までは知らんな。ワイバーンの習性として、切り立った崖の切れ目などに身を隠す。馬車を使って片道で丸一日はかかる距離だろう」


「ギルド職員なのに巣の在り処を知らないのか。最強のコックは、自ら卵を盗みに行くくらいのこだわりがあるもんだと思ってたよ」


「昔はそうしてたんだぜ。今は忙しくてなぁ。俺が抜けたらギルド長だけでこのギルドを運営しないといかん」


「そうそう、貧血で倒れた受付嬢はどこ行ったんだ? あれから見てないぞ? おじさんが、お見舞い、行こうか?」


「あー、辞めた。勤務態度も微妙な子だったから引き止めなかった」


「新しい子、募集しろよ。ギルド長が受付って、このギルド大丈夫なのかって不安に思ったことは数知れずだぞ」


「募集してるけど来ないんだよ。市民は冒険者のことなんて詳しくないし、若くて男受けのいい女冒険者は、冒険者なんだから受付なんぞしないわな」


「誰でもいいわけじゃないか。適任者は現役だからムリ、と」


「ままならねぇもんだよ。しばらくは俺とギルド長で踏ん張るさ。ヒーラー探さなくて済んでるから、お前にも感謝してるんだぜ」


「いや、そこは探してくれ……」


「ダイナマイトプリン、おまちぃ!!」



 俺の切実な思いは、ハゲのバカデカい声で誤魔化された。今日も明日もヒーラー決定である。散財したばかりなので、しっかり蓄えるとしよう。



(ただし、脂肪……てめーはダメだ)



 数日後、いつものようにギルドにやってきた俺の耳に届いたのは、レイナの死の知らせだった……。


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