朝チュンでクロノ死す
「朝チュン!」
特に何もなかったが、言いたかっただけだ。眠い頭はバカな考えと、固いベッドで寝たせいで爆発しそうな腰が起こしてくれた。
「おじさん、おはようございます」
「あぁ、おはよう。金は払った! 約束通り、家に帰してくれ……」
「人を誘拐犯みたいに言わないでくださいよぉ!」
似たようなものだと思う。スネられたら困るので言わないが。
「そうそう、これどうぞ。宿に泊まった記念に差し上げます」
「これはライフポーションかな? おじさんにくれるのかい?」
「ライフっぽいポーションです。怪我したときに使えると思いますよ」
実に半端な説明である。はぐらかす気があるのか怪しいレベル。しかし、人から貰ったのだから笑顔で返事をするのが大人である。
「ありがとう。捨ててもいいかな?」
「そんなー! 飲んでくださいよぉ」
「いやだって、怪しいし。その半端な説明から察するに、良くてライフポーションのバッタモンでしょ?」
「本物より効く偽物です!!」
そこまで言うなら試す価値はある。もちろん、ミラちゃんの体でな!
「ミラちゃん、ちょっと口を開けてくれる? ずぼっとな」
「……むぐーっ!?」
「ライフっぽいポーションを飲んだ感想は? 体に痺れとかない? 吐き気や幻覚は?」
「ないですってば! おじさん酷すぎです!」
「いやいや、命に関わることで妥協はしないよ。それにおじさんは、マナポーションしか持たない主義なんだ」
「あっ、ヒールもメディックも使えますもんね。マナポーションは売れないから作ってないですし、また空振りです……」
(落ち込んでる姿は可愛いな。話だけは聞いてやろう)
およそ100年ほど前のこと。故郷を追われた小人族がアルバに避難してきたとき、薬師ギルドとある契約を結ぼうとした。ポーションの製法を教える代わりに、小人族が作ったポーションも買い取って貰うというものだ。
ことは順調に進んでいたが、当時の責任者が途中で死亡。担当が変わって契約はご破算になってしまったが、製法は先に渡していた。今の薬師ギルドが作っているポーションは、小人族の製法により作られている可能性が高いようだ。
体が貧弱かつ市民権を持たない小人族は、スラムで慎ましく暮らしている。ボロ宿に泊まった客に自家製ポーションを宣伝して、こっそり買って貰おうという計画があるらしい。売れ行きはあまり良くないそうだが。
(契約する前に切り札を渡すとか、頭ましゅまろぽんだな。どうせ製法に偽りがないかこちらで確認する、なんて言われて丸め込まれたか)
「小人族のポーションは、品質管理もばっちりです! 薬師ギルドのポーションと違って、効果にムラなんてありませんよぉぉぉ! お土産にいかがですかっ」
薬師ギルド。ポーション類の生産から販売を担っている組織である。仕事柄、冒険者ギルドと密接な関係があり、黒い噂も聞かない。当事者たちがクソだった可能性はあるが、不幸なすれ違いで終わったのだ。どんまいである。
認可されたポーションは効果にバラツキがある。もし本当に小人族の製法を元に作られたもので、ミラちゃんの話が真実ならば、バラツキの原因は生産者にあるということになるが、ぶっちゃけ知ったことではない。
俺なら怪我をしたとき、効果にバラツキがあるポーションか、怪しげなポーションのどちらかを選ぶとしたら、迷わずヒールを使う。ライフポーションを必要としない俺にはまじでどうでもいい話だ。
(めんどくせー。俺がどうこう出来るわけないし、適当に話を合わせて帰ろ)
「試しに5本だけ買ってみるよ。銀貨しかないから崩すか後払いでいいならね」
「ほ、本当ですかっ。5本で銅貨5枚です! 後払いでおっけーですよ!」
意外にも定価だった。認可されたポーションと同じ値段となると、ぼったくりなのか自信があるのか判断しかねる。ただ、ひとつだけ言えることがある。
(会って間もない人にツケを認めるなよ……)
「銀貨1枚を渡しておくね。お釣りは道案内のお礼ってことで」
「きゃー! 銀貨ですー! 輝きが違いますぅぅぅ! ポーションたくさんあげますね!」
「えっ、いや、いらな――」
受け取ったポーションをサイドポーチにねじ込んで宿を出て冒険者ギルドまで送って貰った。変な子だったな、そんなことを考えながら今日もヒーラーのバイトを始めた。
(おえっぷ……美少女の手のひらに吐きたい)
早朝組みを癒やしていると、何やら騒がしい。逆流しかけたものを飲み込んで、冒険者たちの会話に耳をすました。
「雑貨屋のばばあ、腰をやっちまって休業だとよ。ギルドに追加のポーションが届くのは昼過ぎになるらしい」
「まじで? 今日は朝から世界平和に貢献するつもりだったのに。誰かポーション余ってたら売ってくれねぇかな」
早朝組みのほとんどは、熟練っぽい冒険者だ。最初に雑貨屋でアイテムを準備して、ギルドで軽い情報交換をする。その後、依頼達成のために各地に出発するサイクルがある。
ポーションはギルドでも販売しているが、既に売り切れている。今こうして騒いでいるのは出遅れた早朝組みだ。そんなやつらが集まったところで、無いものはない。むしろ騒ぎが悪化するだけである。もはや掃き溜めだ。
「俺は他の店をあたってみるぜ」
そう言って出ていった冒険者は、きっと自分のポーションを所持している。それっぽい理由でこの場を離れ、そのまま探索に出るに違いない。残ったのは熟練っぽい真の負け組だけである。やかましいので退場して貰おう。
「ライフポーション、10本だけあるよ。銅貨1枚で、1本ずつ売ってやろうか? 無茶しなければ昼の入荷までは探索出来るんじゃないの」
俺がぼそりと呟くと、むさいおっさんたちが寄って来て、すぐに完売になった。そのうち理由を付けて誰かに売り払うつもりだったので好都合である。
(毒がないのはミラちゃんで確認済みだし、効果について文句言われたら返金すりゃいいしな)
余裕をぶっこいているが、俺もごく短時間のポーションショックの被害者である。マナポーションも売り切れだし、支給品を持ち出すわけにもいかない。今日は冒険者を休み、ヒーラーとして過ごすことになるだろう。
静かになった酒場で、朝食をいただきながら、ハゲに話しかける。
「なぁ、薬師ギルドってどうなの?」
「次は薬師にでもなるつもりか? 地味でつまらねぇ連中だが、悪い噂は聞いたことねぇな。ばばあがダウンとなれば、今ごろ慌てて追加を作ってるだろうよ」
「単純な知識欲だ。薬師ギルド以外にポーション作りに関わってるところはないのか?」
「さぁな。あったとしても、認可されてねぇのは誰も買わねぇな。酷いものじゃ色の付いた水だったりするしよ。薬師ギルドが出来るまでは、そんなの当たり前だったらしいぜ」
「それって捕まらないのか?」
「毒入りでもなければ罪にはならねぇな。買ったやつが間抜けなんだ。騙された側は、ほとんどが泣き寝入りだが、俺だったらそいつ〆るね」
「ふーん。まぁ、ブランドって大事だよな。消費者にとっては信頼の証だし、店としては期限通りに、まとまった数を安定して入荷できるわけだし」
「おうよ。ブサクロノは常識は知らねぇのにそういうことだけは知ってんなぁ」
小言は無視してダイナマイトプリンを食べる。下手くそが作ると爆発して口が消し飛ぶという、ぶっそうなデザートだ。たまごのまろやかな甘さと、弾ける食感が病みつきになるので愛好者は多い。
(ふぐみたいなもんかなぁ)
ちなみに、ダイナマイトプリンを店で販売するには国家資格が必要らしい。合格率は極めて低いそうだが、このハゲは持っている。知れば知るほどこのハゲ凄い。
「ダイナマイトプリンうめぇ。ポーションの効果がばらつく理由、知ってる?」
「雑貨屋のばばあが作るポーションは一定だ。だから生産者の技量不足ってことかもな」
「ふぅん、下手くそなのにクビにならないのか」
「さぁな、人手が足りないんだろ」
効果が低いポーションはおよそ2割。それらはハズレと呼ばれているらしい。通常のポーションの半分ほどの効果なので、10本買うと効能は9本分になる。そういうものだと割り切っているようで、不満も少ないようだ。
昼前になると、俺がポーションを売った冒険者たちが帰ってきた。俺に感謝しているらしく、お礼を兼ねてヒールを頼まれた。それは建前で、本当は入荷されたポーションも余裕がないらしい。
ポーションショックは、雑貨屋のばばあの腰が治るまで続くだろう。そうなると俺のバイトも大繁盛してしまう。これは吐き気との戦いなので、繁盛しても素直に喜べない。
(ばばあーっ! 早く来てくれーっ!)
こんなことをぶっ通しで続けていたら、絶対に吐いてしまう。美少女の手の中でならウェルカムだが、吐き気を堪えているときは、誰も近寄って来ない。こうなったら手段を選んではいられない。
「いいポーション屋、教えてやろうか。スラムの小人族をあたってみろ」
多くの人が半信半疑といった表情で俺を見た。スラムのポーションなど偽物と考えるのは当たり前だ。
しかし、俺が勧めれば話は変わってくる。たった数日ではあるが、治癒師として真面目に活動した俺を信用する人なら居るかもしれない。
どうせ売ってないなら、とダメ元で買いに走った人も居る。効果にバラツキがあれば俺に文句が集中するのでリスクがある手段だったが、謝罪して誠心誠意リバースすれば許して貰えるだろう。
(それでも許して貰えないなら、家を一軒ずつ訪ねて、頭を下げてリバース。なるべく治療拒否だけはしたくないからな)
ミラちゃんには一応、道案内をして貰った恩がある……と思う。これで恩返しは済んだだろう。あとはミラちゃんたち次第である。
ばばあの腰が治り、ポーションショックが終わったのはそれから一週間後だった。冒険者たちの献身的なヒールのおかげで、腰そのものは早めに治ったそうだが、仕込みに時間がかかったようだ。
そのあいだ俺の吐き気は凄まじかったし、小人族のポーションのことで文句を言われるのではないかと身構えていたのだが、普通にお礼を言われた。
(まさかまともな物だったとはな)
実際のところ、どうだったのか気になったので、昨日の場所に向かってみたら、後ろから声をかけられた。
「おじさーん! また道に迷ったんですかー?」
「あぁ、人の道にね」
手を振りながら駆け寄ってきたミラちゃんの両脇に手を入れて、ぐっと持ち上げる。地味に重いのはレベル不足のせいだろう。
「えっ、えっ!? 何ですか、何なんですかーっ」
「いやぁ、なんとなく。元気そうで安心したよ。今晩、空いてる?」
「ふふん、全室空室です。ではでは、行きましょう」
ミラちゃんと腕を組みながらスラムを歩く。建物は老朽化が深刻だが、思っていたよりは臭くない。ガラの悪い男たちとすれ違っても肩をぶつけられてバトルに発展することもなかった。
「おじさん聞いてくださいよ。ポーションがバカ売れでウハウハですよ!」
「面白い言い方するねぇ。まぁ、良かったじゃないか」
「これもおじさんが紹介してくれたおかげです。お礼に今晩は、無料です!」
「そりゃ、嬉しい……かな……」
ボロ宿のベッドは固いが、腕を組んでくれるミラちゃんの手は柔らかい。どうせ寮に帰っても寝るだけなので、腕の感触を楽しむことにした。
「……あー、いらっしゃい」
「ティミちゃんってば! もうちょっと愛想よくしないと!」
「夢は不労所得。それなのにポーション作りで疲れたの」
頬杖とジト目のコンボで見られると、癒やされるなぁ。
「おじさんのせいだね。お詫びに添い寝してあげようか?」
「冗談は止めて。ちゃんと感謝はしてる。このお礼は必ず、ミラがする」
「わたしがするの!? うーん、だったら添い寝してあげますよ!」
まさかの展開である。グイグイと腕を引っ張られ、ベッドに誘導される。固く冷たいはずのベッドが極上のベッドに早変わりか!?
(うーん、何か違うな……)
何かこう、美女と添い寝でドキドキして眠れない展開なら嬉しいのだが、娘か孫と寝ている気分だ。なぜなら……。
「おじさーん、もう寝ましたかー?」
「いや、まだだけど……寝ようとしてるというか……」
「夜は長いんですから、お話しましょうよ!」
コレ、完全にお泊まり会でテンション上がってる子供だ。そして俺は大変なだけの保護者!
「おじさん疲れてるんだけど……」
「わたしだって疲れてますよ。でも、せっかくのお泊まり会なんですから」
仕方がないので半目でミラちゃんの話に相槌を打っていたが、一行に寝る気配がない。それは真夜中まで続き、大人の役目を終えたおじさんは気絶するように眠りについた……。